第108話 決戦10

潰れた守をビルの上から見下ろす誠と雪乃。


「これで本当に良かったの?」


その問いに誠は答えない。


これこそが守に与えられた仕事。守を育成するという名目で黒田家へ預けた時から。

ある程度成長させ終焉の日に戦力として使えるなら使い。負けるようものなら圧倒的な戦力を持つ黒田家の起爆剤として使う。そう決まっていた。


(唯一ワシが子供としてでは無く。目的のための手段として心を鬼にして割り切った命。じゃが・・・)


「誠?」


誠。自身気が付かなかった。自分が涙を流している事に。

その大粒の涙は頬を伝い次々とビルのコンクリートへと吸い込まれてゆく。


「馬鹿ね・・・。割り切れる訳無いでしょ。あんたはあの子を小さい頃から見守ってきたなんだから」


そういう雪乃も同じく涙を流していた。



瑞穂は構え、耳を澄ます。先ほどビルに激突した大和が姿を現さない。


(当然の対策、この技には正確な距離感が必要。目視出来なければ転拳は当てられない。これはビル内から近接狙ってくるわね)


その時上空から音がし、ビルの瓦礫が降り注いできた。


「上っ!? じゃない!!! 抜虎による囮!?」


目の前のビルから現れた大和はすでにすぐそばまで迫っていた。

瑞穂は大和に顔面目掛けて拳を放つ。大和はそれを首を捻って交した。と思ったが、大和は再び出てきたビルへと弾き飛ばされた。


「顔面に拳飛んで来たら誰でも反射でよけちゃうものよね」


そう言う瑞穂の腹部の少し前から拳が突き出ていた。


(手ごたえはあった。けど・・・。)


突然瑞穂の足元がまるで爆発したかのように弾け飛んだ。慌てて飛び上がる瑞穂。

さらに足元から空いた穴から大和が飛び出し、空中の瑞穂への距離を一気に詰めた。


瑞穂はシールドで足場を作り出し。両拳を組んで大きく振り上げた。

そのがら空きの腹に大和の拳が突き刺さる。同時に大和の頭上に瑞穂の拳が振り下ろされ、両者は激しく弾け飛んだ。何とか地面に降り立った瑞穂だったが、負傷した腹を押さえ蹲る。


「カハッ・・・。元より一方的に勝てるなんて思ってないわよ。そして手合わせして分かったわ。今の実力はあなたの方が上。私の相打ちは金星ものよ」


しかし、無常にも大和は地面から立ち上がってきた。少しふらつき口を切ったのか血が滴り落ちる。


「ええ、付き合うわよ最後まで」


瑞穂は立ち上がり再び構えた。




優香は上空の巫女に向かってシールドを足場にしつつ駆け上がってゆく。

その途中、巫女がシールドを出し、落とそうとするがそれを優香は出現と同時に叩き割る。


(どんな困難な時も、そのシールドで幾多もの命救ってきた、私が憧れた強くて優しい巫女姉ちゃん。私に魔術の才能がそれほど無い事も知ってた。それでもそうありたいと願った私は、巫女姉ちゃんに色々と教わった。だからタイミング。予兆。その全て分かる)


優香の頭上から複数のシールドが降り注ぐ。拳で破壊していくものの、捌ききれず優香はそのうちの一つが直撃し地面へと叩き落されてしまった。


そこへ大技【御神槌みかづち】が再び襲う。


(ッツ!!! 又、御神槌っ!? 避ければ守が・・・)


足元に横たわる守を見て、優香は意を決す。

握った拳で胸をトントンと二回叩き、再び気合を入れる。


そして、振り下ろされた御神槌に向かって拳を突き立てた。しかし、巫女は更にシールドで御神槌が何度も打ち込む。その度に優香の脚は地面に沈んだ。


「・・・本当の巫女姉ちゃんは・・・もっと強かった!!! こんなの・・・巫女姉ちゃんじゃ無い!!!」


巫女の御神槌にヒビが入る。そして、そのヒビは広がり、巫女の御神槌は音を立て砕け散った。

優香は再び足場を作りながら上空の巫女目掛け飛び上がる。

降り注ぐシールドを拳で砕き、駆け上がり、ついに巫女の正面にまで上り詰めた。


正面に立った優香を無表情で見つめる巫女。その虚ろな瞳に生気は感じられない。


巫女は突然後方へと跳躍した。それを追う優香。巫女の周囲には小さいシールドが多数表れ、それが伸び、優香の猛追を邪魔するも、それを砕き、前進する優香。2人の攻防を重ねながら距離は少しづつ縮まってゆく。


そしてついにその拳が巫女を捉える。拳が突き刺さった巫女の肩からは鈍い音が響く。

集中力の切れた巫女のシールドは砕け、そのまま地面へと落下し始めた。


「巫女姉ちゃん!!!」


手を伸ばす優香の右肩に衝撃が走った。その肩には巫女のシールドがめり込む。


「しまっ!!! 遅延発動・・・」


落ちながらも攻撃を加えて来る巫女。右手の自由が効かず、左手一本で捌く優香。激しい空中戦でも攻防、しかし地面が迫ってくる。が、巫女は依然攻撃を続けてくる。


(巫女姉ちゃん・・・まさか・・・このまま!?)


優香は慌てて地面へとシールドを展開する。しかしその隙に巫女のシールドが優香の顔面を襲う。


「つっ!!!」


優香は咄嗟に頭を引き、そのまま頭突きで巫女のシールドを砕き、そして先ほど設置したシールドで跳ね返った巫女のに向かって思い切り左拳を突き立てた。


その拳は巫女の左肩を砕き、そのままシールドの上にねじ伏せた。巫女は少し痛みで唸った後、気を失ってゆっくりと倒れ込んだ。


「はぁ・・・はぁ・・・。起きたら、守の事しっかりと受け止めさせるんだからね・・・。」


誠はその様子を見てゆっくりと目を瞑る。

再び開いた目からは涙は消え、元の元帥神代誠の瞳へと戻っていた。


「これで先に進めるのう・・・。頼むそ、雪乃」


「さて・・・それじゃぁ先に行ってるわね」


「うむ」


雪乃はシールドを展開しながら上空の人型に向かって、上昇する。

人型はそれに気が付き、その場から離れようとするが、シールドに囲まれ身動きが取れない。加えて手足、や羽に固定版ロックが施されている。


人型が思い切り力を込め、固定版を力ずくで外す。


「流石の力ね。こうも簡単に外されちゃうなんて。でもね・・・私もこれで生き残ってきたのよ」


突然人型が咆えた。その気合により取り囲んでいたシールドにヒビが入り始める。

しかし、既に雪乃は人型の目の前にまでたどり着いていた。そのシールドが砕けたと同時に今度は2人を囲むようにシールドを張り直す。


「昔だったらこんな物に頼らなくても良かったんだけどね」


雪乃の手にはしっかりとクイックボムが握りこまれていた。それを人型の胸へと押し付ける。

眩いばかりの閃光と共に大爆発が起き、煙の中から人影のようなものが弾き出され地面へとゆっくりと落下する。誠はビルから飛び降り、地面すれすれで雪乃をキャッチした。


「雪乃・・・!」


雪乃の右腕はそこには無く。体は酷く損傷していた。


「あはは・・・。ごめんね、上手く出来なかった」


「すまぬ・・・このような重荷をお主に背負わせて・・・。」


そこへ咲が慌ててやって来る。


「おい・・・ババァ・・・嘘だろ・・・!? 待ってろ今治療して・・・」


治療を施そうとする咲の手を左手で掴み、小さく首を横へ振った。


「無駄な治療はしない。そう教えたはずよ」


「無駄かどうかは俺が決めーーー」


雪乃はその血だらけの左手を咲の頬へ当てた。その手には暖かい涙が伝う。


「ほら、もっと喜ばないと。今日から誠の妻は貴方よ。誠を支えてあげ・・・て・・・ね」


雪乃の手は力なく地面へと落ちた。


「畜生!!! 何が喜べだ・・・。自分の母親が死んで喜べる訳ねぇだろうが・・・。母さん・・・」


咲は立ち上がると、ポケットから注射器を取り出し、それを自分の腕に突き刺し、充血する瞳で歩き出す。


「・・・てめぇはこの俺様がぜってぇ死なねぇように、生かさず殺さず。地獄の方がまだましだったと思えるように、ありとあらゆる方法で苦しめて苦しめて苦しめて、泣こうが喚こうが命乞いしようが、ぜってーーーー許さねぇ!!!!」


二本・三本と次々と注射を繰り返す咲。次第にその目は真っ赤に染まっていた。


「咲! やめんか!!!」


「止めるなジジィ!!! 母さんの敵打ちだ」


咲は武器を手に取る。そこへ拳護が有沈の脇を抜けて咲へと殴りかかってきた。


「邪魔すんじゃねぇええええ!」


拳護の一撃をかわしながら強烈な蹴りを叩き込む。拳護は吹き飛び地面を転がりながら遥か後方へ吹き飛んで、そして動かなくなった。


咲が上空を見るとそこには、体中傷だらけになった人型現れた。咲はビルを駆け上がり、そして人型に向かって思い切り跳躍した。


咲は小さなメスを取り出し、それを投げつけながら接近する。人型は最初の数本を尻尾で打ち落とそうとするも、その切れ味は凄まじく、鱗に突き刺さる。人型は慌てて距離をとろうとするも、先ほどの爆発で羽を損傷しており、いつも通りのスピードは出ない。


力の増した咲のスピードは凄まじく、足場のシールドを蹴りながら距離を詰めていく。

追いつかれると分かった人型は反転し、咲を迎え撃つ事にした。


「やっと諦めやがったか!!!ぶっ殺す!!!」


2人は空中で激しくぶつかり合う。両者一歩も譲らずの攻防を繰り広げるが、次第に咲の息が切れ始める。


(ッチ・・・ドラゴンの血全てをぶち込んでも勝てねぇってのか・・・畜生!!!)


咲は手に持った大きなメスを思い切り人型に向かって投げつけた。人型はそれをギリギリで交わす。


「馬鹿が」


「ケッ! 初めて喋る言葉がそれか? なめやがって!!!」


咲は小さなメスを取り出し投げつける。人型はそれに気をつけながら武器を持っていない咲に向かって一気に接近戦を仕掛けた。と、同時に咲も前に出て迎え撃つと同時に、羽に固定板を仕掛け人型に抱き着いた。


「何っ!?」


後方から先ほど投げたメスが回転しながら迫る。


「ざまーみろ。一緒に串刺しだぜ」


人型は体を捻り、何とかそれを交わす。しかし固定板が邪魔し、背中を通り過ぎたメスは人型の羽をそぎ落とす。


「なっ!?交わし・・・カハッ・・・!」


咲が腹を見ると人型の尻尾が背中から突き抜けていた。


「ち・・・畜生・・・」


2人はゆっくりと上空から地面へ降下する。体制を立て直し地面へと着地した人型。一方咲は誠が地面際で受け止めた。


「くそっ・・・すまねぇジジィ。だがな、予定通り最低限羽は持っていけたぜ・・・飛んでなきゃ・・・何とかなるはずだ・・・」


「喋るでない!!! 有沈手当てを!!!」


有沈が慌てて駆け寄る。


「咲ちゃん!? 今治療してあげるからね!」


有沈は咲に治療を施す。


「ちょっと・・・待ってろジジィ。治療が終わったらすぐ俺が行く。いいか、絶対自分で戦うんじゃねぇぞ」


「戦うのは無理よん。この傷、治療しても下手したら・・・」


「うるせぇ、俺は医者だぞ。自分の体は自分が一番分かってる。とやかく言うんじゃねぇ」


その時、羽を切り落とされた人型は激昂し、治療中の咲に向かって一気に飛び掛る。

しかし次の瞬間、地面を転がっていたのは人型の方だった。体制を立て直し立ち上がった人型。何が起こったのか分からないといった様子だったが、何故か痛む腹部を押さえる。


「やめろ・・・頼むから・・・やめてくれよジジィ・・・」


咲の前に立つ誠は人型を蹴り飛ばした脚をゆっくりと地面に下ろした。


「もうやめじゃ・・・これからは元帥神代誠としてでは無く、一兵士として戦わせてもらう。ワシは・・・もう我慢の限界じゃ!!!」


拳を握り、立つその誠の姿は老人ではなく、若々しい二十台の姿。額からは小さなツノが二本生え、その背後には凄まじい形相をした、謎の鬼が現れた。


その姿を見た優香は、父、大和から昔聞いた事を思い出す。


「鬼憑き・・・」


神憑きでも精霊憑きでもない日本に数えるほどしかいないとされる、【呪い】ともいえる能力。

その中の1人が神代誠。その力故に京都大災厄の戦士に選ばれたのだと。

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