第106話 決戦8

屋上に設けられたライブステージの上では膝に手を付き、息を切らしている凛達の姿があった。


「はぁ・・・はぁ・・・。嘘でしょ・・・もう無理!!!」


凛の声は長く続いた戦闘によってひどく枯れており、とても歌える状態ではなくなっていた。


「大丈夫ですか!?」


ステージに駆け寄ろうとする男を親衛隊長の男が手で遮って止める。


「いかなる場合もファンがステージに登る事は許されん!!! それがファンたる者の掟だ!」


「流石隊長・・・!・・・ウッ・・・頭が・・・」


ファンの男達が次々と頭を抱えて倒れ始める。


「凛・・・クラス5の洗脳波が出てる・・・。私達が何とかしないと・・・」


「ホワイトスター・・・でも・・・」


その時、目の前のクラス5のドラゴンが凛達に気が付き、火球を放つ。

迫り来る火球の前に親衛隊長が両手を広げて立ちはだかった。


「俺達の希望の星は決して消させんぞ!!!」


灼熱の火球が直撃する寸前、目の前に何者かが現れそれを受け止めた。


「アンタ中々いい根性してるわね」


目の前に立つ女性は片手には火球を防いだ大鍋を、もう片方には巨大な麺切り包丁を握っている。

割烹着姿のその女性はけして若くなく、顔には皴が目立つ。その姿に凛達は見覚えがあった。


『ラーメン屋の誇乃さん!?』


そこへもう1人同じ位の年齢の女性と男性が降り立つ。


「って・・・食堂のおばちゃん!?・・・と、誰!?」


「俺らの事を知らんとは・・・時代だな・・・」


「知らなくていいんだよ私らの事なんて、なぁ志乃?」


「そうね、誇乃姉さん。とにかく戦闘開始よ」


志乃は片手に持った巨大な解体包丁を構える。


「遅れを取るんじゃないよ志乃」


「こっちの台詞」


誇乃と志乃はドラゴンに向かって飛び立った。


「何で・・・あの人達は何者なの!?」


「元対龍軍大将 【赤い割烹着】甲斐 誇乃、同じく中将 【皮剥ぎ】 今西 志乃」


「元!?大将と中将!? でも何でそんな人がここに!?」


「誠が言っただろう出撃と。それが俺らロートル組出撃の合図だった。個人用にカスタムした武器を再度加工するのはコストがかかるからな。人も武器も再利用って訳だ。ま、出番が無いのが一番だったがな」


「それじゃ貴方も・・・?」


「元中将【コブシのげん】とはこの俺の事だ!」


「コブシ・・・? 武術家!? すごい!!!」


「違う!!! 貸せっ!」


そう言って凛からマイクを取り上げ、歌い始めた。スピーカーから大音量の演歌が流れ始める。


「コブシってそっち!?」


倒れていたファンが起き上がる。


「あれ・・・頭が・・・痛くない!!!」


「すごい声量で洗脳波を乱してる・・・しかもクラス5をソロで・・・!」


弦はポケットから何かを凛に投げて渡す。


「・・・? これはのど飴?」


「俺は歳だ。長くは持たん。凌いでいる間に回復しとけ」


「・・・はい!」


戦力を温存していたのは相手だけではなかった。誠もまたひそかに全国各地に散らばる引退した実力者という相手からも想定しにくいであろう戦力を集め武器を渡し、この時に備えていたのだった。


再度戦闘を開始した守達だったが、疲労の色は隠せない。集中力の切れた一瞬、ドラゴンの尻尾が守を捉え、守は地面へと激突した。追撃を仕掛けようとするドラゴンに突然現れた大きな人型のロボットのような物が拳を突立てた。その拳は爆発しドラゴンは怯む。


そのロボットはドラゴンの攻撃をひらりとかわしながら反転し、キャロルの元へ降り立つ。

コックピット部分が開き中から栄斗の顔が覗く。


「無事かキャロル!?」


「御父様!? ええ。それよりも御父様その機体は一体・・・?」


「人型搭乗戦闘機【C2】試作機だ。因みにC2とはCarol carinaという意味だよ。これはキャロルのために開発したんだ」


「御父様・・・」


「そんな体質に生んだのは私のせいだ。自己満足かもしれないが私は親として出来る限りの事をしたい。この機体をキャロルが使えば戦略の幅も広がるはずだ」


「・・・いりませんわ」


「ええっ!?」


「・・・わたくしはこの体だからこそ得たものが沢山ありますの。だからそれは今はいりませんの」


「・・・そうか。強くなったなキャロル」


「ま、必要であれば使って差し上げますわ」


「お前な・・・」


栄斗は嬉しそうに困った顔をしてキャロルに笑いかけた。


一方瓦礫から起き上がった、守に手が差し出される。


「大丈夫?守」


その手を取り立ち上がろうとした守はその人物を見て、慌てて手を離し尻餅をつく。


「かっ・・・母さん!? 何やってんだこんな所で!!! 危ないだろ!?」


「あら、心配してくれてるの? 嬉しいわぁ」


「そういう事言ってるんじゃ・・・って、そのガントレット・・・まさか母さん・・・!?」


「ふふっ。大和さんに巫女が居なくなっちゃってそれでも守が私達の元に居ていいと判断された。それは私と優香2人いればもしもの時対応出来る。そう判断されたという事よ。さ、立ち上がって、行くわよ?」


守は再びその手を取り立ち上がり、瑞穂は両手のガントレットを打ち鳴らす。


全国各地で増援の報告があがり疲弊していた軍の士気は上昇する。ロートル組はパワーこそ衰えたものの、物資も乏しく死亡率の高かったその時代を生き抜いた知恵、テクニックで相手を翻弄し現軍をサポートした。



激しい戦闘を繰り広げる洗脳された調査隊と軍将校達。戦闘中、人型は常に誠を注視していた。誠もまた指揮を執りつつも人型の動向を常に意識している。


「もうやめてお父さん!!」


優香は父、大和に声を掛け続けるが、その声が届くことは無かった。


「戦わねぇなら消えろっつってんだろ優香ちゃん! あと、おい卓雄テメェ!!! 何で遠くから援護射撃ばかりしてやがる!!! 殺すぞ!」


「そんな事言ったって行動パターンの分析してるんだよ・・・ってあれ? 操作が・・・出来ない!? 外部ハッキング!? そんな馬鹿な!!! セキュリティは完璧なはず・・・」


慌てる卓雄の横で風船ガムがパチンと弾ける音がした。


「借りるよ」


「歩さん!? そうか!!! 田中先生から設計図を見せて貰ったんだな! て言うか歩さん強いでしょう!? データ取りなら自分で戦えばいいじゃないですか!」


「私はまだ人間の部分があるからな。そこが壊れたら戦いに支障が出るだろ? その点フルマシーンは便利だよな。・・・替えがきく」


「やっぱり壊す気じゃないですか!!!」


歩の機械式眼球の瞳孔が動き、パチンというガムの音と同時に特級ドールは敵に向かって一直線に飛び立った。


「卓雄てめぇ!!! ドール寝取られてんじゃねぇぞボケェ!!!」


「ひっ・・・! 大丈夫だよ咲姉ちゃんプロトタイプあるから・・・ってどうせならプロトタイプを使ってよ歩さん!?」


大和と対峙する本田中将は息を切らし消耗していた。大和も傷を負っているものの余裕が見える。


「あれから6年・・・貴方は年を取り私は腕を上げた。実力の差は縮まった。むしろ俺の方が勝ってると思ったくらいなんですがねぇ・・・」


大和は言葉を発する事無く再び構える。


「アリーチェ御姉様! この槍使いの人・・・誰ですか!? めちゃくちゃ強いんですけど!?」


「えっと、桐藤きりふじ元大佐。 二つ名は【無槍むそう】突きが早すぎて見えない事から来たそうよ? 大丈夫。階級下ですからエレナなら勝てますよ。それとも相手代わります?私の相手は【龍殺し】花岡はなおか元中将ですが」


「えっ。元ランカーの相手は無理ッス」


「じゃあ頑張りましょうね」


「うへ~・・・死ぬかも・・・」


指揮を執る誠は腕を組みながら、戦況を見つめている。


(概ね互角。いや・・・僅かに劣勢か。巫女は雪乃が、大和は博皇が相手をしておるがいつまで持つか・・・。優香が戦力として見込めない以上。この状況を打破するにはワシが出るしか・・・)


そこへ咲が誠の元へ弾き飛ばされて来る。誠は咄嗟にそれを受け止めた。咲を弾き飛ばした拳護はさらに追撃を仕掛けようとする。


「させないわよ~ん」


有沈が横から現れそれを阻止した。

抱き止められた咲は顔を赤く染めながらも立ち上がり、口の中に溜まった血を地面へと吐き捨てた。


「ジジィ。くれぐれも自分で戦おうなんて思うなよ。安心しろ。大和のオヤジはこの俺様が死なねぇように殺してやっからよ」


咲は武器を構える。


「有沈! 上等だてめぇ! 下がりやがれ! 大和のオヤジは俺が何とかする! テメェは他の援護をしろ!」


有沈は咲に投げキスをして援護に回った。飛び立った咲はインカムを触り回線を繋ぐ。


「あら咲ちゃん?」


回線を繋いだ先は瑞穂だった。


「・・・そう。大和さんがね。で、確認なんだけどその命令は誠さんからの指令?」


「いや・・・これは命令じゃねぇ。俺個人からのお願いだ」


「貴方、この状況で配置戦力を動かす独断を下す意味分かってる? 誠さん怒るわよ?」


「例え怒られても俺は一秒でも長くジジィに生きていて欲しい。俺なりに考えた結果だ」


「将校としては失格ね・・・いいわ。私と守はそちらに向かう。でもキャロルちゃんには一報いれなきゃだめよ?」


咲はキャロルに通信を繋ぎ移動の旨を伝えた。

キャロルはため息をつき、頭を抱えた。


『元帥命令を無視しての個人的な感情に従えと? いくら上官とはいえ従えませんわ』


『・・・俺が守を抜いたのは守が戦力になるからってだけじゃねぇ。ジジィに認められたテメーがそこにいる。そしてテメーを認めてんのはジジィだけじゃねぇって事だ。頼んだぞ


咲は一方的に回線を切断した。


『・・・守。貴方はどうしますの?』


『・・・・向こうには俺の父さんや他の人が敵として戻ってきているそうなんだ・・・。俺は父さんを止めたい』


『そうですか・・・』


『でも・・・キャロル。お前が行くなと言えば俺はここにいる』


キャロルは一瞬通信を切り小さく呟く。


「馬鹿」


再び通信を入れたキャロルは真っ直ぐと前を見る。


『いいですわ。ですが行くからには完璧に仕事をしてきてださいまし。守のお父様や他の帰還者が誰も殺めないよう。そして守。貴方も無事で』


『おう』


通信を切った守は、瑞穂と共に誠の元へと急ぎ向かった。


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