第98話 終焉の日
神の書の終焉の日まで残り数日。病院より退院した守は再び避難が完了し静まり返った町へと戻ってきた。町ではすでに戦闘態勢が整っており、軍の部隊・機材が所定の位置に配置されていた。
「おっ。守! もういいのか?」
「すまんな大地。迷惑かけた」
「なぁに。お前が居なくても太が十分働いてくれてるって。まぁ当の本人は美神先輩がいるからやりにくそうだけどな・・・おっと噂をすれば」
向こうから太と千里が歩いて来る。
「あっ! 守くーん!」
「おお。千里に太! ごめんな色々あって遅くなった。 太もありがとな」
「ドスコイ」
「気にしないでいいよ。だって」
「所で何でそんなにボロボロなんだ?」
太のスーツは酷く汚れていた。
「これはね・・・向こうで美神先輩とエルダちゃんが暇だから手合わせしろって言われて・・・ね、太君?」
「ドスコイ・・・」
守は落ち込む太の肩をポンポンと叩く。
「いつ侵略が始まるかも分からないのに、無駄な体力の消耗は避けて欲しい所ですが・・・。まぁ実力を把握出来るので助かりはします」
「キャロルから見てあの2人はどうだ?」
「美神さんは実力を隠しているようですが、それでもかなりの実力者ですわね。エルダについては底が見えませんわ・・・。しかし、性格が子供過ぎるのが扱いにくいですわね・・・」
「そういえば、聖や三四郎達はこっちの部隊に合流しないのか? あいつらはかなりの戦力になるだろ?」
「聖・三四郎・司・妙・アリシャ・ヴァレット・仁・コロは部隊を組んで別の地区の警備に当たっていますわ。Eチームへの合流を申請したのですが人員不足だそうで・・・許可されませんでした」
「そうか・・・色々あんだな・・・」
「仕方がありませんわ。今ある戦力で何とか戦うしかありませんもの。それより最近不気味なくらい静かですわね」
「嵐の前のなんとやらか? ・・・勝てるのかな俺達」
「神代元帥の指揮を信じるしかありませんわ。この日本を長年守り抜いてきた、日本軍鬼と言われる彼ならきっと・・・」
そしてついに【終焉の日】前日。日を跨いだ瞬間襲ってくる可能性も十分にあったので、夜中を徹して警備が続けれられた。【京都大災厄】の襲撃は早朝だった為、今回もその時間を念頭に置き交代で仮眠を取りながらの警備を続ける手筈になっている。学生もドラゴンの出現があるまでは同じように待機し、出現の規模に応じて撤退か攻撃の指示があるのを待つ。
いつもの屋上に簡易のテントを張ってチームを3つに分け交代で見張りをする守達。【1班】キャロル・守・千里。【2班】 大地・沙耶・太・朝。 【3班】 美神・剣・エルダ。
守への人型の襲撃はこの厳戒態勢の中では無いと判断され、有沈は元の部隊へと戻り学生だけの警備となった。
キャロルは時計をしきりに確認しながらゲートを見つめる。
「零時を回りましたわね。異常はみられませんわ・・・」
「おいキャロル。あんまり気を張ってると持たないぞ。千里がケーキ作って来たみたいだから食べようぜ」
「この非常事態にケーキですって・・・? まったく緊張感が・・・」
「でも現れたら何時間戦闘になるかわかんねぇだろ・くれる時に食っておいた方がいいんじゃないのか?」
「まぁ一理ありますわ」
テーブルに置いてある。葡萄のタルトを見て、キャロルは手際よくコーヒーを淹れ始める。
テーブルに座ったキャロルは皿にケーキを取り分けると紙エプロンをつけ、ナイフとフォークを取り出した。
「相変わらず用意がいいな・・・」
「淑女の嗜みですわ」
そう言ってキャロルはタルトを口に運ぶ。旬の葡萄は味が乗っており、その芳醇な香り、そして濃厚な甘さが口に広がる。生地のタルト、クリームは甘さが控えめで、果物の邪魔をせずむしろ引き立てていた。
「どう・・・美味しい?」
「どんな時でも美味しい物は美味しいですわね」
「・・・良かった!」
「おお! これは旨いな!」
「ありがとう守君! お代わりあるからね」
「いるいる!」
千里がタルトを持ち上げ、守の皿によそう寸前でベチャっと音を立てタルトはテーブルに落ちた。
「ご・・・ごめん。これは私が食べるから・・・」
それを手で掴み自分の皿へと乗せる千里だったが、その手は小刻みに震えていた。
「千里・・・? 大丈夫か?」
「大丈夫・・・。ちょっと手が滑っただけだから・・・」
「千里。しっかりしてくださいまし。怖いのは分かります。ですが貴方はこのチームの主砲にして要。そうですわね、貴方がそのタルトでわたくし達が葡萄といった所でしょうか。貴方が落ちるという事はそのタルトのようになってしまいますわね」
「おい! キャロル、こんな時に不安を煽るな!」
キャロルはぐちゃぐちゃになったタルトの乗った千里の皿を自分の手前に引き寄せて、それを食べ始めた。
「キャロルちゃん!? 汚いよ!?」
「ま、貴方が失敗してもわたくしがこうして何とかしてみせますわ。安心して下さいまし」
「・・・」
「さ、手を洗って来て下さいまし。その手にはわたくし達の未来がかかってますのよ」
「うん・・・」
千里は席を立ち下の階に下りていった。
「お前なぁ・・・もうちょっと素直に励ませないのかよ。言い方も回りくどいし・・・」
「うるさいですわね・・・千里は本当に要。少しでも不安を払拭しようというわたくしの考えがわかりませんの?」
キャロルはそっと先ほどのタルトの皿を守の前に差し出す。
「何だよこれ」
「お腹一杯・・・」
「まさかこのために手を洗いに行かせたのか・・・」
「うるさいですわ! さっさと食べて下さいまし!」
千里も帰ってき、3人は待機するも何も起こらず交代の時間となった。
「さ、交代の時間だ行こうぜキャロル」
「私はもう少ししてから参ります。先に千里と仮眠を取っておいて下さいまし」
「次は大地がいるから心配すんなって。・・・大地じゃ不安か?」
「あーもうっ! 鈍いですわね!」
キャロルは守に耳打ちする。
「千里を頼みましたわよ」
「えっ?」
「いいからさっさと行って下さいまし! 蹴られたいですの!?」
守と千里は追われるようにして下の階へ降りる。2班の部屋に行き大地達を起こし、守と千里は用意されていた3班専用の部屋に向かった。そこで支給された布団を広げる2人。
「ねぇ守君」
「ん? 何だ千里」
「隣に・・・寝てもいいかな?・・・怖くって・・・」
千里は相変わらず少し震えていた。2人は布団を並べて敷く。
布団に入った2人は天井を見上げる。
「守君。今日私達みんな死んじゃうかもしれないんだよね」
「そうだな。怖いよな。俺だって怖い。痛いとか苦しいとかもあるけど・・・それ以上に残された人達の事を考えると胸が苦しくなるっつーか・・・」
「それ・・・分かるよ。私も同じ。それが怖いの」
「それじゃあお互い頑張って生き残ろうな。皆生き残れば問題ないだろ?」
「あはは・・・そうだね。ありがとう。やっぱり守君といると一番落ち着くよ」
「俺も千里と話すと楽しいよ」
「ねぇーーー」
「さて寝るか! ん?どうした千里」
「ううん。何でもない。お休み」
「お休み」
しばらくして部屋にキャロルが降りてくる。千里と守は並んですやすやと眠っていた。その2人の少し乱れた薄い毛布を優しく掛けなおし、部屋の一番奥の片隅に毛布に包まって座った。その視線の先には仲良く眠る2人の姿。
(2人は本当にお似合いの2人ですわね。大地と沙耶もそう。他の皆さんもわたくしには勿体無いほどの優秀でいい方々。入学したときはこのような友人に恵まれるとは思いもしませんでしたわ。しかし・・・目が覚めればわたくしは命令しなければなりません。その結果彼らが死ぬ事になろうとも。それでもわたくしは堂々と声高らかに『行け』と言うのでしょうね・・・。わたくしは死ぬ事より殺して尚生き残らなければならないのが恐ろしい・・・)
キャロルは毛布を握り顔をうずめる。
(神代元帥・・・貴方はこの重圧をどれほど長い間背負い続けて来たというのですか・・・)
「・・・どうした?」
いつの間にか守がキャロルの横に座っていた。
「あら、起きてましたの? 千里は落ち着きまして?」
「ああ。俺なりに話してみた」
「そうですか」
「お前も布団でしっかり寝た方がいいんじゃねぇか? 持たねぇぞ」
「お邪魔かと」
「何言ってんだよ」
「・・・こうして話すのも今が最後かもしれませんわね」
「だから何言って・・・」
「今日死ぬかもしれないって言ってますの。わたくしの下した命令で」
キャロルは守を真剣な眼差しで見つめる。
「・・・お前勉強しすぎて馬鹿になったのか?」
「なっ!?」
「確かに命令するのはキャロルだけどよ、最後までどう足掻くかは俺らが決めることだ。キャロルは最善の配置を、俺らは最善の戦いを、結果死ぬのは実力不足ってだけで誰もお前を責めたり恨んだりはしないはずだぞ」
「・・・馬鹿は気楽でいいですわね」
「天才は嫌味たらしいな」
「あら、口が達者になりましたわね」
「お陰さまでな」
キャロルは立ち上がり守の用意した布団と毛布を持って、守の布団の横に敷き、守に背を向けてその布団に潜り込んだ。守も戻って自分の布団へ入る。と、すぐさま隣の布団からキャロルの脚蹴りが飛んできた。
「何すんだよ」
「あら、つい」
「ついって・・・」
その時布団の中で守の手をキャロルの手が優しく握った。
「キャロル・・・?」
「おやすみなさいませ」
「ああ。お休み」
2人はお互いの手のぬくもりを感じながらゆっくりと眠りに付いた。
早朝6時。交代の時間になり3人は屋上へと向かう。夜もうっすらと明け始めていたが、辺りには今までとは違う不穏な空気が佇む。
「剣。皆を起こしてくださいまし。来ますわ」
剣に呼ばれ2班のメンバーが屋上に上がってくる。
辺りにピリピリと空気が張り詰め始め、そして・・・
ゲートが開き始めると同時にけたたましい音のサイレンと赤いランプがいっせいに光り出し、町を赤く染めた。同時に町に設置されているスクリーンに、ゲートからゆっくりとドラゴンの頭が姿が映し出される。その巨大な頭だけで残りの体が巨体であろうことが伺える。
「おい、このデカさ・・・マジかよ!?」
「ええ。恐らくクラス5・・・」
(これは・・・本当に終焉の日になりかねませんわね・・・)
キャロルの握るその手には汗が滲んでいた。
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