第60話 二学期

二学期も始まり、まだ収まる気配の無い蝉時雨の中登校する守。

少し先でキャロルが歩いている姿が目に入り、駆け寄る。


「おはようキャロル」


「おはようございます」


「あれ、お前寝不足か? 目にクマが出来てるぞ?」


「・・・少し寝不足なだけですわ。昨夜は熱帯夜でしたので」


「確かに暑かったよな・・・。クーラー入れなかったのか? 確かお前の部屋にはあったろ?」


「朝からうるさいですわね・・・。黙って歩いて下さいまし」


「はいはい」


並んで学校へ向かう2人。

教室に入ると千里と大地、そして沙耶が3人で話をしていた。

守達に気がついた大地は手を振る。


「おっす! キャロル! 二学期の初登校は俺の勝ちだな!」


「相変わらず馬鹿ですわね。勝手に謎の勝負をしないで下さいまし」


キャロルはやれやれといったように自分の机に鞄を置く。


「おはよう守君」


「おはよう千里」


「きょ・・・今日はキャロルちゃんと一緒だったんだね」


「おう。さっきそこでたまたま会ってな」


「そっか」


顔には出さなかったが、心の中で少しホッとする千里。


「なぁキャロル、今日は暑いからアイスコーヒーがいいな」


大地がキャロルに言う。


「朝から調子に乗らないで下さいまし」


キャロルはそう言いながらボトルと紙コップを取り出し、人数分注ぐ。

大地はカップを一つ手に取り驚く。紙コップに注がれたコーヒーはキンキンに冷えていたのだ。


「お前天才かよ・・・。何で冷えたの作ってきてんだ? 俺は予約なんかいれてないぞ!?」


「今日は暑いですので、どこぞの馬鹿がアイスコヒーがいいとか言い出すと思いまして。朝、豆を挽いて水出し致しましたので、少々時間がかかってしまいましたわ。貴方より遅く登校したお詫びですわ」


キャロルはそう言ってコーヒーを口に含む。


「うっ・・・。ごめんなさい・・・。」


「ふんっ」


始業式も終わり、教室にて優香が教壇に立つ。


「皆さん。夏休みは如何だったでしょうか?・・・といっても武活道漬けという人も多かったと思います。その成果を明日の休暇明けの試験で存分に発揮してくださいね。勿論、この試験で特Aを取れば軍曹階級への昇級も出来ます。そして既に特Aの方はこの試験でも特Aを取れば、クラス1のコアが贈呈されますので頑張って下さい」


「おいキャロル。俺らは特Aだから頑張ればクラス1のコアが貰えるってよ」


「そうですわね」


そう返事したキャロルは浮かない顔をしていた。


「どうした?」


「うるさいですわね・・・黙って黒田先生の話をちゃんと聞いて下さいまし」


昼休み、守達は教室で食事とる準備をしていた。

その頃、一年生の教室のある廊下は1人の女性の登場によってざわついていた。

長い髪の毛をなびかせ颯爽と歩くその女性は、あるクラスの前に止まる。


「守はいるか?」


ドアを開けて旋風が入って来る。

生徒会長の登場にクラスはさわめく。


「氷雪会長? どうしたんですか?」


「む。昼食中か。すまんが急ぎだ。パートナーの申請に行くぞ」


旋風は守の手を取って歩き出す。


「ちょっ・・・ちょっと氷雪会長!? まだ食事中・・・ごめん! ちょっと行って来る!」


「安心しろ~! お前の弁当はちゃんと食べといてやるから!」


大地は手を振りながら守の弁当のから揚げとつまむ。


「あっ! 大地てめぇ! ふざけんな!」


「まったく・・・会長ときたらほんと自由な方ですわね」


キャロルはそう言いながら、守の弁当のから揚げを口に運ぶ。


「あっ! キャロルお前!? 守の弁当は俺のだぞ!?」


「言ってる事がおかしいですわよ」


「ちょ・・・ちょっと2人共・・・守君が可愛そうだよ・・・」


事務室にてパートナーの申請を手続きを行う守に、事務のおじさんから一枚の紙が渡される。


「ではこれに署名を」


その内容は色々と書いてあったものの、要は『死んでも文句は言わない』という内容だった。

署名をしながら守は改めてキャロルの言った通り、高クラスのドラゴンとの戦闘は死ぬ可能性があるという話に現実味を持つ。


申請も終わり廊下を歩く2人。


「すまないな守。これから君を危険な目に合わせてしまう事になる。しかし私には君が必要だ。必ず君を死なせるような真似はしない」


「いえ、俺も全力で氷雪会長を守りますよ」


「はは。やはり頼もしいな君は」


その時、旋風の腹からグゥ~という音が鳴り、旋風は慌てて恥ずかしそうにお腹を押さえる。


「き・・・聞こえたか?」


「はい。ばっちり」


旋風は更に赤くなる。


「なぁ守。一緒に学食へ行かないか?」


「え? いや、俺弁当が・・・って多分残ってないか・・・。いいですよ」


2人は歩いて学校の学食へ向かう。学食には昼時とあって多くの生徒が食事をとっていた。


「さ、守。どれが食べたい? 私の奢りだ。好きな物を言ってくれ」


食券機の前に立つ守はそれどころでは無かった。食堂にいる生徒達の多くの視線が守に注がれているのだ。


「いや・・・やっぱり俺・・・あんまりお腹減ってなくて・・・」


「そうか・・・。なら肉うどんにでもするといい。するっと入るし、なにより旨いんだ」


旋風は肉うどんのボタンを2回押す。

そのチケットを手に奥にある調理場へ向かい、そこで学食を作っているおばちゃんにそれを手渡した。


「あら、珍しいわね旋風ちゃんが誰かと一緒なんて」


「うん。この子、私のせいで昼食逃しちゃって。」


「そうなのかい・・・旋風ちゃんの連れならサービスしなくっちゃね!」


「いつもありがとう。おばちゃん」


肉盛り盛りのうどんを手に2人はテーブルに座る。


「さぁ食べてくれ、守」


「い・・・いただきます」


守は割り箸を割り、食べ始める。


「どうだ? 美味しいだろう?」


「はい・・・とっても・・・」


周りからの視線で、味なんて正直分からなかった。


食事を終え再び廊下を歩く2人。二階へ上がる階段の所で旋風は立ち止まり、守の方を向く。


「守。これから君には色々な迷惑をかけると思う。戦闘の事だけでは無く、今日の学食のような学校の皆の視線を集めるような事も多くなるだろう」


「・・・分かっててやってたんですか・・・?」


「うん。私は生徒会長という立場上、有事の際は生徒会役員や、学校の生徒全ての指揮権の権限を持っている事は知っているだろう?」


「はい。有事の際は生徒会長を指揮官とし、生徒会以下生徒達によって一個大隊とする・・・でしたっけ?」


「そう。今の私は生徒会長であり大隊長でもある。その私に突然パートナーが出来たとなると当然注目を集めるし、私のパートナーになりたがっていた者達からは恨まれるかもしれない。君には辛い思いをさせてしまうかもしれないが、この通りだ。これからよろしく頼む」


旋風は改めて深々と頭を下げる。


「か・・・会長!? 何やってるんですか!? わかりましたから顔を上げて下さい!」


顔を上げる旋風。


「ありがとう。本当に心強い。」


「こ・・・こちらこそよろしくお願いします。」


手を前に差し出す守。その手を旋風が両手で握り返す。


「うん。頑張ろう!」


2人は別れ、それぞれの教室へ戻って行った。


教室に帰ってきた守を千里が空の弁当箱を持って出迎えてくれる。


「ごめん守君・・・お弁当守れなかった・・・」


「いやー! ごっつぉーさん!」


「大地てめぇ覚えてやがれ! キャロルお前もだぞ!」


「何の事ですの?」


「てめぇ~・・・!」


「もうすぐ授業が始まりますわよ? 早く席に座ったらいかがかしら? 肉うどんさん?」


「・・・何で知ってんだよ!?」


「学校中の噂ですわよ?」


「まじかよ・・・」


守は力なく椅子へ座る。


放課後、再び旋風は守の元を訪れる。


「さ、行くぞ守」


「行くってどこへですか?」


「生徒会室だ」


生徒会室の大きな円卓に座る旋風と守。円卓には各委員の代表である委員長の腕章を付けた生徒会役員と各武活動の代表が、それぞれ用意されている席に座っている。皆、守が気になるらしく、ひそひそと小言で何か話している者も多い。そんな中、時計を見ていた旋風がおもむろに立ち上がる。


「皆、時間になったので2学期最初の会議を始めさせてもらう。その前に紹介したい人がいる。守、立ってくれ」


守は立ち上がる。


「紹介する。一年の 黒田 守 だ。今日私達はパートナーの申請を行ってきた」


生徒会室がざわめく。


「ちょっと待ってくれよ会長! そんな弱そうなガキがあんたのパートナーなんて俺は認めねぇぞ!」


腕に【無手術部 部長】の腕章を付けた大男が立ち上がり叫ぶ。


「何だと・・・むぐっ」


反抗しようとする守の口を旋風が塞ぐ。


「会長に失礼でしょう! 座りなさい哲也てつや!・・・それともお座りさせて欲しいのかしら?」


1人の女性が哲也と呼ばれた男性を睨みつける。その女性の腕には【風紀委員長】の腕章が付けられていた。


「うるせぇ! 黙ってろりつ!」


「なんですって!?」


「2人とも落ち着きなさい。」


副会長の腕章を付けた眼鏡をかけた男性が2人を止める。


「副会長は納得出来るのかよ!?」


「納得も何も会長が決めた事だからね。それに君達が騒ぐから旋風も説明出来ずにいるじゃないか。さ、説明を続けてくれ旋風」


「すまない秀人ひでひと。・・・この守には特別な能力があり、私の能力に元から耐性がある上に高い攻撃力・防御力・機動力を兼ね備えている。だからパートナーを組んだ。以上だ」


「なるほど・・・。それはいいパートナーを見つけたね。よかったな旋風」


秀人は旋風に優しく微笑む。


「ありがとう。秀人」


「・・・やっぱり納得いかねぇ! 俺には特別な耐性はねぇが、他がそいつに劣ってるとは思わねぇ!」


哲也は再び大声をあげる。


「ふむ・・・それなら【決闘】してみるかい? 私が立会人になろう。負けないという自信があるんだろう?」


その提案に生徒会室がどよめく。


「あ? 上等だ! おいてめぇ表に出やがれ!」


哲也は守を指差す。


守は言い返そうと旋風の手を口から外そうとするが、旋風の手には妙な力が入っており簡単には外せない。

守が本気になれば外せるのだが、争わせたくないという旋風の意思を尊重した。


「ちょっとあんた分かってんの!? それとも脳みそまで筋肉になっちゃった!? 自分より下の階級に決闘を申し込んで負けたりでもしたら、相手との階級入れ替えに加え1年間決闘禁止になっちゃうのよ!?」


「俺がこんなヒョロいガキに負けるかよ!」


「さぁ、決まりだ。では【条件】をそれぞれ述べてくれ」


「副会長!? 本当に彼と哲也を決闘させる気!?」


律も立ち上がり叫ぶ。


「彼もやる気満々だし、個人的にも守君の実力は気になるしね。一年生大会の決勝戦では圧倒的で参考にならなかったし。さ、【条件】を」


「俺の条件はそのガキに代わって俺が旋風のパートナーなる事だ」


「わかった。守君は? 旋風。手を離してやってくれ」


旋風は守の耳元で何かを囁き、守の口を押さえていた手を離す。


「・・・俺の条件は、氷雪会長の命令にその男が従う。で」


「どうだい哲也?」


「ケッ! どうせ負けねぇんだから何でもいいんだよ」


「では両者の【条件】が出揃ったので決闘を執り行う。場所はグラウンドでどうだろう?」


守と哲也はうなずく。

グラウンドへ移動する生徒会メンバーと守。

旋風と守は並んで歩く。


「すまない守。巻き込んでしまって・・・こんなはずでは・・・」


「いいですよ別に。それより氷雪会長。彼、別に倒してしまっても問題ないんですよね?」


「うーん・・・。あれで彼は無手術部の中での信頼は厚い。正直失いたくない逸材なんだ。適当に戦って君を認めて貰い、彼が最終的に勝つ。これが理想なんだが・・・」


「そしたら旋風会長は彼と組む事になりますけど・・・」


「・・・」


旋風は手を顎に当て考える。


「・・・旋風先輩は俺と彼、どっちと組みたいんですか?」


旋風は迷わず守を指差す。


「君だ。私は君がいいんだ。君じゃなければ意味が無いんだ」


「・・・分かりました。ブッ倒せばいいんですね」


守の口から青い炎がほとばしる。

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