第39話 救護室
コンコンと救護室のドアがノックされる。
「どうぞ」
ガラっと扉が開き、仁とコロに加え見覚えのない中年男性が一緒に入って来た。
「げっ! 変態親父じゃねぇか! ここはてめぇの来るような所じゃねぇ! 出て行け!」
「おっ! 咲ちゃーん! 久しぶり~! 相変おこちゃま体系だねぇ!」
そう言って一瞬で咲の後ろへ回り込み、尻を撫でる。
「てめぇ! 殺す!」
咲の拳を避け、元の位置へ素早く戻る中年親父。
そこで、コロが中年親父に拳骨を食らわす。
「いてっ」
「何やってんだよ! 恥ずかしい事すんなよ! 父ちゃん!」
『父ちゃん!?』
「驚かしてごめんな皆。この方はコロの父さんで、対龍軍中将 狗神 ポチさんだ」
((ポチ!?))
「おいお前ら、この変態親父は主人に付けてもらった、ポチって名前を大事にしてる。だから間違ってもポチちゃんとか言うんじゃねぇぞーーーいでっ! 何で殴るんだよ変態親父!」
「お前が言うな!」
「ちゃんと説明してやってんだろうが! 殺すぞ!」
ポチは咲を無視して辺りを見回す。
「で、大地君は君だね。そして、そちらの方が櫻姫様だな」
「そうだよ父ちゃん。父ちゃんならこの生意気な、櫻姫って奴の正体分かるかなってーーーー」
ポチはコロの頭の天辺を鷲づかみにし、そのまま床へ思い切り押し伏せる。
勢いのあまり床に亀裂が入る。
「カハッ!」
「お父さん! 何するんですか!?」
「いや~こんなもんで勘弁してはもらえませんか? 櫻姫様」
「ならん。お主が今の狗神の長ならその身をもって償え」
「身をもってですか・・・。いや~・・・まだ俺は死ぬ訳にはいかないんですよ」
「言い訳などーーーーひゃっ!」
スパーンといい音を立て、大地は櫻姫の尻を叩いた。
「なっ・・・! 何をなさるのですか大地様!」
「許してやれよ。櫻姫がどんな偉い奴か知らねぇけど、その2人は友達だし、一度は一緒に戦った戦友だ。・・・俺を主と呼ぶなら俺のいう事を聞いてくれよ。頼む」
「大地様がそうおしゃるのなら・・・。狗神の責は問わない事とする」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるポチ。
「ふんっ。それより大地様・・・初めて余の御尻に触れて下さいましたね。 余はこの御尻を一生洗いません!」
顔を赤らめお尻をさする櫻姫。
「洗えよ! 汚ねーな!」
「余は排泄など必要ありませんので常に綺麗でございます! 清めるために洗っているのですから、大地様によって清められたこの御尻を、これ以上清める必要などございません!」
「ほう、櫻姫様の御尻興味がありますな・・・!」
手で揉みしだく仕草をみせるポチ。
「調子に乗るな」
「あはは、これは失礼! 咲ので我慢致します!」
そう言いながら咲の尻を触る。
「人の尻を妥協して触ってんじゃ無ぇ! クソ親父!」
振り払う咲。
「はっはっは。では諸君! 去らばだ!」
走り去る際入り口に立っている仁に、すれ違い様に呟く。
「コロを、しかと頼んだぞ」
「はい」
そしてそのまま立ち去って行った。
「父ちゃんは!?」
気絶していたコロが目を覚ます。鼻からは血がボタボタと滴り落ちていた。
「もう行ったぞ。ほら、コロ。顔を見せてみろ」
そして仁はコロの流れる血を自らの舌で舐め回し始めた。
一同は男女が顔を舐めまわすという見慣れない行動に、顔を赤らめている。
「や・・・やめろよ仁! 人前だぞ!?」
「お前そんな事気にするのか? だって、こうしなきゃ血止まらないだろ?」
「そ・・・そうだけど・・・」
「よし! 血は止まったな。後は・・・と」
仁はポケットから一枚の札を取り出し、コロの顔に貼り付け、何やら呪文を唱える。
「これで痛みも無くなったはず! どうだコロ」
「うん。大丈夫」
「ほう。陰陽術も使えるのか・・・仁とやら、大地様にも教えてくれぬであろうか?」
「いいですよ。ただ・・・2学期からでよろしいでしょうか? 夏休みに入ったら出雲へ向かいますので」
「なるほど、元服の儀式であるな。では休暇が明けたら頼むぞ」
「いいかな? コロ」
「好きにすれば?」
「いいそうです」
「うむ」
「では、俺たちもそろそろ部屋に帰りますので・・・失礼します」
そう言って、部屋を立ち去って行った。
「あの2人、仲が良くて・・羨ましいな」
「本当羨ましいよな~! 俺も怪我したら血を舐めて欲しいぜ!」
「そこ、羨ましいポイントなのか?」
「大地様がケガをなさったら。余が舐めて差し上げます・・・いや、是非舐めさせて下さい! 大量出血でも飲み干して見せます!」
「吸血鬼かよお前!」
「大地は血を舐めるプレイが好き・・・メモメモ」
「変な事メモるんじゃ無ぇ沙耶!」
救護室に笑いがこだまする。
「おいお前ら、そろそろ表彰式だぞ、さっさとモニター広場へ戻れ、治療は又明日だ」
モニター室へ移動する一同。
広場に到着するなり歓声が巻き起こる。
「え? 何だこれ・・・歓声?」
「当然ですわ。皆が皆、恐怖している訳ではありませんわ、恐怖するほど強いという事は、対龍戦の時心強い見方になるという事。結果を残せば必ず認められるのですわ」
「いやーどもども!」
大地は笑って手を振る。
「は・・・恥ずかしいよ・・・」
モニターの下には表彰台が設けられ、その端で優香姉が拡声器を持って皆に呼びかける。
「では優勝した【Eチーム+α】壇上へ」
壇上への上がった一同の前に誠が立つ。
「ほっほっほ。良く頑張ったのう。これからの活躍も期待しておるぞ」
横に立っていたアリーチェが勲章を胸に付けていく。
キャロルの前に来るアリーチェ。
「本当に良く頑張りましたわね。そして良い仲間にも恵まれました。その絆、大切になさい」
「アリーチェ御姉様・・・!」
「では、優勝者に祝福の拍手を! これにて定期昇給試験を終了する!」
会場は大きな拍手に包まれた。
放課後。一度部室前に集合した一同。そこへ、アリーチェとエレナが現れた。
「ちょっといいかしら? キャロル・・・それと守君」
そして少し離れた所へ連れ出す。
「わたくしと守を呼び出して、何か御用ですの?」
「守君。いつも、我侭なキャロルに付き合ってくれて、ありがとうございます」
「いえ、そんな・・・お世話になっているのはこっちで・・・」
「そうですわよ! わたくしは、お世話をしている方ですわ!それに我侭でもありません!」
「お前なぁ・・・」
「はっはっは! いやはや、仲のよろしいこって!」
「エ・・・エレナ御姉様!?」
「こほん。とにかく・・・いつでも屋敷にいらして下さいね。メイド達にも良く言っておきます。ですが・・・間違っても一線を越えてはいけませんよ?」
『なっ!』
頬を赤らめる2人。
『あ・・・ありえません!』
「息ぴったりだな~! まぁキスくらいならいいぜ!」
「何言ってますのエレナ御姉様!」
「ま・・・その忠告に来ただけだよ! 次いつ会えるか分からないしな」
「そういう事です。ふふっ。半分は冗談。可愛い妹を、からかいたくなったのです。許してね。では、又会いましょう」
「まったく・・・アリーチェ御姉様は・・・。では又」
「失礼します」
キャロルと守は振り返り歩き出す。
「ちょっと守君」
「何です?」
呼び止められた守にアリーチェは近づく。そして耳元で
「キャロルはこれから多くを悩む事でしょう。その度に支えになって上げて下さいね。それと、キャロルは脈ありだと思いますよ。先ほどはああ言いましたが、あの子が望むなら・・・押し倒してしまってもかまわないからね」
(貴方達に残された時間は、少ないのかも知れないのだから・・・)
「ななな・・・何言ってるんですか!? そんな事出来る訳無いでしょう!?」
「ふふ・・・可愛い子ね。キャロルをよろしくね、では、又会いましょう」
顔を真っ赤にして、キャロルの元へ戻る守。
「御姉様に何を言われましたの?」
グイっと顔を近づけてくるキャロル。
(キャロルが脈ありって・・・つまり!?)
ますます顔の赤くな守。
「な・・・何でも無ぇよ!」
顔を逸らし歩き出す。
「教えなさいよ!」
「うるせぇ!」
「ほんっと・・・仲が良さそうですね~・・・!」
「げっ! 優香姉! 来てたのか!?」
「悪いですか? ラーメン食べに行くんでしょう? なら私も同行します」
「それはいいんだけど、誠校長は来ないのか?」
「校長先生は今回、試験に挑んだ生徒達をねぎらう立場にありますので、個別の祝いには参加しないという事ですよ。私は家族との食事に《《たまたま》》その友達が付いてきてるというだけです」
「大人って、めんどくせぇんだな」
「そういうものです。さ、参りましょうか!」
ー豚骨ラーメン誇乃豚野郎ー
それぞれが注文したラーメンが運ばれて来る。
「では、優勝を祝しまして、乾杯!」
『カンパーイ!』
水の入ったグラスで乾杯をする。
「では・・・守。お願いしますわ」
「は? 何をだよ」
「見て分かりませんの!? わたくしは両手が使えませんのよ! 貴方が口に運んで下さいまし!」
「ええ!?」
『ちょっと待ったーーー!』
優香と千里が同時に声を上げる。
「・・・キャロルちゃん、私が食べさせてあげるよ? ね? そうしましょう?」
「いや! 私がやります! ほら、守はラーメンを食べてなさい!」
「折角ですがお断りしますわ。これは、訓練で手を抜いた守への罰ですので、お2人に食べさせて頂く訳にはいきませんわ。さ、守」
そう言って口を開ける。
『むむむ・・・』
優香と千里は悔しそうに口をつぐむ。
「それを言われると・・・仕方無ぇな・・・」
麺を箸ですくい、キャロルの口元へ持っていく。
「冷まして下さいまし」
「お前、口は使えるだろ! 自分でやれよ!」
ムッとしかめっ面をしたキャロルが、仕方なさそうにフーフーして口に入れる。
「次!」
「待てよ! 俺はいつ食べたらいいんだよ!?」
「わたくしが終わってからですわ!」
「伸びるだろ・・・」
守は悲しさを胸に、キャロルにラーメンを差し出し続けた。
「守はモテていいなぁ・・・あれ、俺、塩ラーメン頼んだっけ・・・」
「大地、涙が入ってる。フーフーして欲しいなら・・・はい」
沙耶はその小さな口で自分のラーメンを冷まし、大地に差し出す。
「ありがとう・・・。ブフッ!ゲホッ、ゲホッ! 辛ぇ!!!」
「あ・・・。コショウ一本入れちゃってた・・・ごめん大地」
「いや・・・ありがとう」
今度は物理的に涙を流す。
それをよそに、太は5杯目の替え玉を注文する。
「ドスコイ」
「あ、すみません!替え玉お願いしますー。」
ラーメンを食べ終わり、店の前に出る一同。
「皆さん今日は本当にお疲れ様でした。明日は1学期の終業式ですわ。夏休みに入っての一週間は武活道はお休みとしますわ。これまでの激しい訓練を疲れを癒して下さいまし。では又明日」
家の方向が同じメンバーで別れ、それぞれの帰路につく。
「さ、私達帰りますわよ、守」
「そうだな」
2人ともしばらく無言で並んで歩く。
「・・・キャロル。ごめんな、俺がもっと早く嫌われるなんて怯えずに、ドラゴンの力を使っていれば、お前の腕もそんなにならなかったのに・・・」
「これは、わたくしと猩猩さんと1対1の戦闘の結果ですので、貴方が気に病む必要はありませんわ」
「だけどよ・・・」
「それに、先にやられてしまったのは不本意ですが、面白い言葉を聞けた事ですし・・・えっと・・・『キャロルの髪の毛はな・・・さらさらで綺麗なんだぞ・・・それをあんな風に掴みやがって・・・』だったかしら?」
「ななな・・・! 何でお前、気絶してたんじゃ!?」
守の顔が真っ赤に染まる。
「戦闘中の会話は全て、後で参考にするために録音しておりましたので、なんならここで流して差し上げましょうか?」
「恥ずかしいだろ! やめろよーーーー・・・えっ」
キャロルは自分の頭を守に差し出していた。
「今日、優勝を決めていただいた、御礼ですわ。少しだけですわよ」
「いいのか・・・?」
「はい」
守はキャロルの髪の毛を優しく撫でる。
(やっぱりすごく綺麗な髪だ。ずっと触っていたいくらい細く、柔らかい)
守からは見えなかったが、キャロルは顔を真っ赤に染めていた。
「・・・さ、そろそろ帰りましょうか」
「・・・そうだな」
2人は再び歩き出す。
しばらく歩いた後、キャロルは突然立ち止まる。
「ま・・・守」
「なんだよ?」
「えっと・・・その・・・明後日から一週間、お父様の所有する島で・・・修行するのですが・・・貴方も一緒に来てくださらないかしら・・・?」
「えっ!? 突然だな・・・一週間か・・・そうだな、武活道も休みだし・・・ってお前まさか!?」
「さぁ? 何のことかしら? まぁ、貴方に拒否権はありませんけどね。これも手を抜いた罰ですもの!」
「と・・・とにかく、俺の長期外出には母さんと神代校長の許可がいるんだよ!」
「そ・・・そうですわよね・・・」
少し悲しそうな顔をするキャロル。
「だから、行っていいか聞いてみてやるよ」
「ーーー!・・・必ず外出許可をもらって来なさいよね! 命令ですわ!」
「努力するよ」
残りの道を歩いて帰る2人。心なしかキャロルの足取りは軽いように見えた。
「では、又明日。本日は絶対お母様の許可を取って下さいまし」
「分かったって。じゃ、又あしたな」
「絶対ですわよ!」
「うるせぇな! じゃあな!」
守は手を振り家路につく。
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