第345話

 紅葉くれはにビデオ通話を掛けた僕は、画面に映し出された顔を見て首を傾げる。

 だって、それは電話の持ち主ではなかったから。


狭間はざまくん、どうしたの?』


 バケツさん……もとい愛実あみさんだ。彼女は紅葉たちと同じ部屋だし、きっと見覚えのある名前だから代わりに出てくれたのだろう。


「寝る前に話をと思ったんだけど、紅葉と麗華れいかは居る?」

『2人とも寝ちゃってるよ。ふふ、慣れない場所だから寝れないなんて言ってたのに』

「そっか。それなら仕方ないね」


 僕がそう言って頷くと、彼女は苦笑いしながら『それにしても……』と瞳をキョロキョロさせた。


『男二人で仲良さそうだね?』

「バケツくんがくっついてくるんだよ」

「別に何の問題もないだろ?」

『はぁ。距離感が分からないと嫌われるよ?』

「瑛斗はそんな酷いやつじゃないだろ」

「それは分からないよ、小宮こみやくん」

「名前で呼ばれたら急に距離が……」


 漫画なら背景にガーンと書かれていそうな落ちこみ様のバケツくんに、愛実さんは『ほら、言わんこっちゃない』と呆れて首を振る。


『狭間くんは私たちみたいなタイプは苦手でしょ』

「よく分かってるね」

『転入早々悪いことしちゃったから。反省はしてるんだよ、でも印象は変えられないだろうし』

「確かにそうかも。僕の中では2人ともいつか裏切る系の元悪役枠から抜け出せてないもん」

『あはは……あの頃は私たちもランクのことで切羽詰まってたから。八つ当たりしてごめんね』

「切羽詰まってたって、何か事情があるの?」


 僕の質問に画面の中で小さく頷いた彼女が説明しようと口を開くが、バケツくんがそれを止めて代わりに話し始めた。


「俺たちが将来スイーツ店を開きたいって話は、文化祭の時にしただろ?」

「してたね」

「でも、店を開くには費用がかかる。その話をしていた時、学園長から『ランクが高ければ支援してくれる企業もある』と聞いたんだ」

「だからランクにこだわってたんだね」

「俺たちはCとD、お世辞にも高いとは言えない。かと言って、ランクの上げ方も分からないんだ」

「なるほど」


 要するに、夢のために必要な条件は分かっているものの、それを達成するのに苦労して擦り切れてしまっていたということだ。

 いくら疲れていたからと言って、人に攻撃をしていい理由にはならない。でも、僕は鬼じゃないからね。


「まあ、その件は許すよ。文化祭の時にちゃんと借りは返してもらったし」

『ほんと?』

「本当だよ。水に流して忘れることにする」

「瑛斗、お前は心が広いな! さすが俺の友達だ!」

「はいはい、友達ってことにしといてあげるよ」

『狭間くん、ありがとう』

「気にしないで」


 夢のために頑張る人は応援する主義だ。

 僕はランクの上げ方は元Cランクの麗華に、お菓子作りに関しては料理部の浜田はまだ先輩に相談出来ないか、今度聞いてあげると約束してから電話を切った。


「まあ、愛実さんもバケツくんも、次のランク測定では少し数値が上がってると思うけどね」

「どうしてだ?」

「だって優しくなったんだもん。優しさのパラメーターは無くても、そういう目に見えない変化だって影響してるよ」

「……ふ、そうかもな」

「まあ、僕は次もFだろうけどさ」


 そんな自虐をしつつ、「お風呂入ってくる」と着替えを片手にユニットバスの部屋へと向かう。

 その後ろから着いてきて「背中流してやろうか?」なんて聞いてくるバケツくんを追い出し、僕はどう足掻いてもびちゃびちゃになる床と奮闘するのであった。


「うん、やっぱり家のお風呂が一番だね」


 お風呂とトイレが別々の場所という構造を作った人はきっと天才だね。こんなことを言うと、卵が先か鶏が先かになっちゃうけれど。

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