第157話 無意味な称号
ジェイウォン・ミラーズは最強という名の王冠に手を伸ばしていた。
しかし、その手はいまだ王冠に届いてはいなかった。
完璧に制御された魔力を発することで対象の内部に魔力を流し込み、あらゆる物体を内側から破壊する。
これが気も狂わんばかりの修行を気が遠くなるほどに積み重ねた果てに手にしたジェイウォンの奥義、浸透勁だ。
これを繰り出せばどんな相手であろうともたちどころに打ち砕くことができた。このときまでは。
ジェイウォンは地面を踏みつけて魔力を流し込み、周囲一帯を一気に破壊した。
街路樹も建物も内側から弾け飛んだ。
続いて気配を頼りに魔力を込めた右手をつきだした。
地面を踏みつけたときはカロルをしとめた手応えがなかった。今の一撃から逃れるためには地面から飛び上がるほかない。
つまり、剣帝はいま空中にいる。
ならば、着地までの間は身動きがとれないはずだ。
ジェイウォンの右手から放つ魔力は今度こそ最強の剣帝を打ち砕くはずだった。
つきだした右手から放った魔力は直線上にあるものすべてを破壊した。
だが、またしても敵をしとめ損なった。カロルには避けられてしまったのだ。
どういうわけか、剣帝は既に着地しており、横に動いてジェイウォンの攻撃から逃れたのだった。
カロルが持つ陽光を固めたような剣が輝きをますのが見えた。
剣帝の姿が消えたかと思うと、ジェイウォンの頭上から日の光が降り注いだ。
太陽の光と錯覚しそうになるが、これはカロルの剣だ。
本物の光とは違い、浴びれば死ぬ。
そして、剣帝の剣は避けることも止めることも出来ない。
だが、浸透勁を使いこなすジェイウォンはこの最強の剣をいなすことが出来た。
光刃が腕に食い込む瞬間を見極めて魔力を発する。陽光の刃はほんのわずかの間、動きを止める。それに合わせて腕を動かし、剣筋をそらすのだ。
こうして、ジェイウォンはカロルに捉えられながらも斬り捨てられずに済んでいた。
紙一重の防御をしながらも、ジェイウォンは反撃の機会をうかがっていた。
剣を振り抜いたカロルに手を伸ばした。直接魔力を流し込んでしまえばいかな剣帝といえども耐えられない。
しかし、カロルは陽光の剣を投げつけてきた。
ジェイウォンは飛んできた剣をかわしたものの、カロルはその隙に踏み込んできた。
カロルの左手にはもう一本の光の剣があった。
「そうきたか……!」
ジェイウォンは先ほどまでと同じようにして剣をそらした。
ところが、そらした剣は、突如として折れ曲がり、ジェイウォンの体を切り裂いた。
ジェイウォンはあり得ない形に折れ曲がった剣を持つカロルから距離をとった。
「形状は自在に変えられるのか……実にやっかいじゃな」
「どうした? 音を上げるのか?」
曲がった剣を元に戻したカロルが聞いた。
「バカを言え。避けられないのならば避けなければいいだけじゃ」
ジェイウォンは両手を合わせて全身に魔力を行き渡らせた。
「守りを固めるか」
「それだけではない」
カロルに対して、ジェイウォンはにやりと笑った。
「浸透勁を会得したワシにもひとつだけ出来ない技があった。魔力の消費が激しすぎるせいでワシの老いた体では使ったとたんに死んでしまうんじゃよ。じゃが、この肉体であればこの技にも耐えられる。攻防一体の秘技「絶界」。目に焼き付けて死んでゆけ!」
ジェイウォンは練り上げた魔力を全身を覆う膜のように展開した。
先ほど吹き飛ばした街路樹の葉っぱが風に乗ってジェイウォンの方に飛んできた。
木の葉はジェイウォンを覆う魔力の膜に触れたとたんに弾け飛んだ。
「触れたものすべてを破壊する魔力の鎧。それがお前の切り札か」
カロルが言った。
「その通りじゃ。じゃが、ひとつだけ間違いがある。この絶界、鎧と呼ぶには少々大きいんじゃよ」
ジェイウォンは魔力の膜を大きく広げた。
膨らんでいく膜は触れるものすべてを破壊しながら剣帝に迫っていった。
カロルは膜から距離をとった。
「無駄じゃ。ワシが動けばそれに合わせて絶界も動く」
ジェイウォンは悠然と歩いてカロルを追いかけた。周囲にあるものは次々と弾け飛んだ。
「そして、絶界を出したままでもワシは浸透勁を使えるんじゃ」
ジェイウォンは地面を踏みつけた。背を向けて逃げていたカロルの前方で地面が弾けた。
カロルは足を止めてジェイウォンを振り返った。
「さて、最強の座から降りてもらおうか。カロル・ロストム・ラグナイル!」
ジェイウォンは駆け出すとともに両手をつきだした。
両手から放たれた魔力は破滅をもたらす疾風となってカロルに吹き付けた。
勝利を確信してジェイウォンの頬がゆるんだ。
剣帝の体は魔力の風にさらされた。
にもかかわらず、いつまで経ってもカロルの体が弾け飛ぶことはなかった。
「なんじゃ……お前……なにをした……」
ジェイウォンは思わず尋ねてしまった。
「僕の体に入ってこようとしたお前の魔力を内側から押し戻しただけだ」
カロルは冷ややかに答えた。
「そんな……そんな真似が出来るわけが……」
ジェイウォンは否定しようとした。否定しなければならなかった。
浸透勁を破られたなどとは認られなかった。
「お前を倒すためならば、出来るさ」
カロルは光の剣をジェイウォンに向けた。
ジェイウォンは身構えたが、陽光の剣はカロルの手の中に吸い込まれるようにして消えていった。
そして、剣帝の体からは太陽と同じ色の光があふれ出した。
「剣を……飲み込んだじゃと……!」
ジェイウォンはカロルにこんなことが出来るとは知らなかった。
「ワシが、ワシこそが最強じゃ! 浸透勁を極め、強靱な肉体を手に入れたこのワシこそが……」
「ならばなぜ僕から離れようとするんだ?」
問われて初めてジェイウォンは気づいた。
皇帝が一歩近づいてくる度に自分が一歩下がっていたことに。
「こんな……こんなはずはない……ワシは恐れてなど……」
「お前は最初から恐れていた」
歩みを止めることなくカロルが言った。
「僕を恐れたからコルビンの体を奪ったんだ。全力で戦えないからじゃない」
「違う……ワシは……」
「お前はその技を手にするまでの長い年月が無駄になるのが怖かったんだ」
「無駄などではない! この力こそが最強の証だ!」
ジェイウォンは踏みとどまってカロルをにらみつけた。
「そうか。僕にはどうでもいいことだ。誰がもっとも強いかなんて僕は興味がない」
「なんじゃと! それほどの力を持ちながら強さに興味がないと言うのか!」
「僕は大切なものを守れるだけの力があればそれでいい。そして、大切なものを守るためなら最強を越える力だって手にしてみせる」
カロルが纏う陽光が輝きを増した。
「戯れ言を……最も強いのはこのワシじゃ!」
ジェイウォンは太陽の輝きに突っ込んでいった。
絶界ですべてを砕きながら突き進み、カロルが纏う光に達した。
だが、すべてを砕くはずの奥義は、陽光を侵すことが出来なかった。
カロルはジェイウォンの絶界の中にまで踏み込んできた。
その手には体から放たれているのと同じ光で出来た剣があった。
ジェイウォンは最強へと手を伸ばした。
しかし、その手はなにもつかめなかった。
陽光が瞬き、ジェイウォンの体は光の剣に切り裂かれた。
ジェイウォンは膝を屈して陽光を纏う男を見上げた。
「これが……最強の力か……なんと美しい……」
「力そのものに意味なんてない。それがわからないうちはお前の手は届かない」
カロルが持つ陽光の剣が胸に突き刺さった。
死をもたらす光の剣は、ジェイウォンには不思議と温かく感じられた。
「ほっほっ……意味などなくとも……手を伸ばさずにはいられんのじゃよ」
ジェイウォンは力なく笑った。
カロルに剣を引き抜かれると、その体はゆっくりと前に倒れていった。
倒れ伏したジェイウォン・ミラーズの手は伸ばされたままだった。
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