第131話 笑うニンジャ
王の手であるサルトビはグロバストン王国の全ての砦に転移門を設置している。
終の戦団を攻撃するための兵の準備をエステバルロに命じると、バーニスはすぐにグランとパトリシアを引き連れて転移門でハーカーの砦に渡った。
転移門が設置された部屋ではハーカーが出迎えてくれたが、バーニスはろくな挨拶も無しに用件を切り出した。
「終の戦団に動きはあったか?」
「敵は未だに我が軍から奪った砦に陣取っております。偵察に行かせた兵によれば彼らも転移魔法陣を使って兵を砦に集めているようです。今のところ、数は八百ほどです」
ハーカーは丁寧に報告した。
「雑兵などいくら集まろうとわらわがひねり潰してくれる。王都からの兵の移動が終わり次第、敵の砦に攻撃を仕掛けるぞ」
バーニスは今すぐにでも終の戦団を、クルツ・ガーダループを殺しに行きたかった。だが、バーニスには女王として守らねばならない一線があった。
「女王陛下、王都からの兵が到着するまでにはまだ時間があります。その間に終の戦団を追い続け、彼らと一戦を交えてなお生き延びたエリヤフ中佐の話を聞いていただけないでしょうか」
「必要ない。奴らのことを知らせてくれたのには感謝するが、どのみちわらわが奴らを殺す。話など聞かずともよい」
バーニスは頭を下げているハーカーの脇を通り抜けた。
だが、部屋の扉に手をかけようとしたとき、外から扉が開いた。
「お願いいたします、陛下。どうか、エリヤフの話を聞いていただきたい」
扉の外にいたのはタルボット家の跡取りであるラウルだった。ラウル・タルボットはいま、バーニスの前にひざまずいていた。
「お前……」
バーニスもタルボット家の御曹司であるラウルがひざまずいて懇願する姿など見たことがなかった。
「陛下、お願いいたします」
ラウルは額を床にこすりつけてバーニスに頼み込んでいた。
流石のバーニスにも王家に連なる大貴族がここまでやっているのを無視することは出来なかった。
「……兵がこちらに着くまでの間だけなら話を聞いてやる」
バーニスが苛立ちを込めてそう言うと、タルボットはぱっと顔を上げた。
「すぐにエリヤフを連れて参ります!」
タルボットはバーニスに頭を下げるとすぐに駆けだした。
バーニスはグラン、パトリシアとともにハーカーの部屋に案内された。
レイモンド・エリヤフ中佐はすぐにやってきた。そして、やってきたのはエリヤフだけではなかった。
「なんだ、その娘は?」
バーニスに問われると、エリヤフとともにやってきた娘は顔を上げた。
「私はマヤと申します。アルヴァンに簒奪する刃を与えた隠れ里の生き残りです」
この言葉にはバーニス達も目を見張った。だが、決して驚きを表に出しはしなかった。
「お前が今回の騒動の原因を作ったわけか。それで、わらわに何の用だ?」
バーニスは厳しい目でマヤを見据えたが、マヤは臆することなくバーニスに向かって口を開いた。
「私にはアルヴァンが持つ簒奪する刃を無力化する術があります。今回の攻撃に私も参加させていただきたいのです」
「ならぬ。これはグロバストン王国の問題だ。お前はロプレイジ帝国の遺物探索部隊の子孫であろう。攻撃に参加させるわけには――」
「アルヴァンを解き放ってしまったのは私です! 私にはアルヴァンを止める義務があります!」
バーニスを遮って話し出したマヤを見てエリヤフが慌てて止めに入った。
「マヤ君、よすんだ。今は――」
エリヤフはマヤの肩に手をかけたが、マヤはそれを振り払った。バーニスの横に控えるグランとパトリシアにも緊張が走った。
「ごめんなさい、中佐。ですが、私はもうこれ以上誰かがアルヴァンの犠牲になるのには耐えられないんです。私にはアルヴァンを止められる力があります。だから――」
マヤの言葉はそこで途切れた。世界最強の魔術師が放つ驚異的な魔力に圧倒されたからだ。
「わらわは認めぬと言ったはずだが」
バーニス以外の全員が動きを止めた。
誰が王であるのかを知らしめたバーニスが改めて口を開こうとしたとき、マヤが一歩前に出てきた。
「私も言ったはずです。これ以上誰かがアルヴァンの犠牲になるのには耐えられないと」
マヤの体は震えていた。バーニスの魔力を浴びせられた顔は土気色になっていた。
それでもマヤは引こうとはしなかった。
「お前……」
怒りを露わにした自分に反旗を翻す人間など、バーニスはもう何年も見た覚えがなかった。
「私は……アルヴァンを……止めなくては……」
言葉が途切れ途切れになり、マヤの体がぐらりとかしいだ。
バーニスはとっさに手を伸ばそうとしたが、エリヤフの方が速かった。
エリヤフはマヤを守るように支えながらバーニスを見た。
「陛下、お願いいたします。マヤ君の願いを聞いてください」
「……どいつもこいつも……」
バーニスは発していた強い魔力を抑えた。
「じきにツバキやサルトビが来る。そのときまでにその娘を起こしておけ」
「陛下……」
エリヤフの目は驚きに見開かれていた。
「……全員下がれ。わらわはひとりになりたい」
バーニスがそう言うと、エリヤフはマヤを抱えて部屋を出て行き、グランとパトリシアもなにも言わずにそれに続いた。
「わらわは、一体なにをやっているんだ……」
バーニスはマヤの思いを否定できなかった。
彼女が自分と同じものを抱えていたからだ。
それは自分自身に対する深い憤りだった。
それから一時間ほど経った頃。
サルトビとツバキも到着し、砦の会議室には全員が集まっていた。
「マヤ、お前の話を聞いてやる。だが、あくまで話を聞くだけだ。お前を攻撃に参加させるかどうかは話を聞いた上でわらわが判断する」
バーニスは楕円形の大きなテーブルを挟んで正面に座るマヤを見た。
「機会を与えてくださったことに深く感謝いたします」
マヤはバーニスに頭を下げると、アルヴァンの動きを封じたときのことを語り出した。エリヤフとタルボットはときおりマヤの説明に補足を加えた。
話が終わると、マヤはバーニスを見つめた。
「いかがでしょうか?」
マヤの問いかけにパトリシアはうなずいた。
「お話の通りであれば、十分な戦力になると思います」
グランも同意した。
「うむ。マヤ君の術は終の戦団最強の戦力と思われるアルヴァンへの切り札となりましょう」
ふたりはマヤの参加に賛成のようだが、バーニスにはまだ聞きたいことがあった。
「……マヤ、お前が出来るのはアルヴァンの動きを封じることだけか?」
バーニスの鋭い視線をマヤは真っ向から受け止めた。
「いいえ。私はアルヴァンを無力化できます」
マヤは自分の術の本当の効果を明かした。
「そのようなことが可能なのか……」
グランは驚きを隠せなかった。
「にわかには信じがたい話ですね」
パトリシアも疑念を持っているようだった。
それでもマヤは怯まなかった。
マヤはなにも言わずにバーニスを見つめていた。
「いいだろう。わらわはお前を信じる」
バーニスがそう言うと、王の手達は驚いてバーニスを見た。
「よろしいのですか?」
グランが尋ねた。
「構わん。アルヴァンはフェイラム伯爵を倒したほどの使い手だ。払う犠牲は最小限に抑えねばならん」
「ありがとうございます」
マヤはバーニスに深く頭を下げた。
「感謝するのは奴らを倒してからにしろ」
バーニスは冷ややかにそう言ったが、マヤの顔は明るくなっていた。
「マヤが参加するのはいいんだが、一度その術でアルヴァンの動きを封じたことがあるとなると、相手も警戒してそうだな」
問題を指摘したのはツバキだった。
「その点に関しては拙者がなんとかして見せよう」
それまで黙って話を聞いていたサルトビが言った。
「なにか手があるのか?」
ツバキが聞いた。
「ああ。アルヴァンに警戒させなければ良いのだろう?」
「そりゃそうなんだが、それが簡単に出来りゃあ苦労しねえぞ」
「マヤ、アルヴァンと遭遇したときのことははっきりと思い出せるか?」
サルトビはツバキを無視してマヤを見た。
「……忘れようにも忘れられません」
マヤは気丈に笑っていたが、その瞳には隠しようもない恐怖があった。
「お前には気の毒だが、今回は好都合だ」
黒装束のニンジャマスターは不敵に微笑んだ。
クルツとベリットは仕事の成果を発表するために全員を砦の会議室に集めていた。
「アタシとメガネちゃんで砦の周辺を探ってたんだけど、やっぱり王国の連中が偵察に来てたわ」
集まった面々を見回してクルツが言った。
「メガネちゃん呼ばわりやめろや!」
ベリットはバンバンとテーブルを叩いて抗議した。
「あら? なぜあなたがメガネさんと手を組んでいますの? いつものようにフクロウさんを使えばいいではないですか」
いつもと対応が違うことにヒルデが疑問を呈した。
「今回はグロバストン王国の正規軍が相手だもの。ローネンちゃんでもちょっと危ないわ」
「私はお役御免ですかのう……」
グレースの肩にとまったローネンは少し寂しそうだった。
「まともな軍隊が相手となれば慎重になるべきだろうな」
白い骨をくわえたエイドレスがうなずいた。
「ほっほ、おぬしらのことだ、単に偵察部隊を発見して終わりではなかろう?」
ジェイウォンは笑いながら尋ねた。
「当然だろ」
ベリットは大きなメガネを押し上げてにやりと笑った。
「そんなことばかりしているからメガネちゃん呼ばわりされるのですわ」
頬杖をついたヒルデが呆れた顔で言った。
「う、うるせえ! コホン、とにかく、あたしが手を加えた人形を使ってクルツは偵察部隊がどこから来たのか突き止めたんだよ」
ヒルデの指摘に狼狽えつつもベリットは成果を語って聞かせた。
「お手柄じゃないか」
グレースは満足そうに笑った。
「その人達はどこから来ていたんですか?」
アルヴァンが尋ねた。
「王国の国境を流れるサレッタ川の下流域にある砦よ。確か、ハーカーとかいうオジサマが管理してたはずね」
記憶をたぐりながらクルツが答えた。
「下流域の砦か……ヒルデ君、アルヴァンが倒れたとき、逃げた連中はサレッタ川に飛び込んだと言っていたね?」
グレースはヒルデを見た。
「ええ、そうですわ」
アルヴァンが倒れたときのことを思い出したヒルデは目を伏せた。
「となると、彼らは川を流されて下流まで行き、ハーカーの砦に助けを求めたわけか」
グレースがつぶやいた。
「ガスリンによると、あの連中はこの砦ではまるで相手にされなかったそうだが、今回は別だろうな」
エイドレスは骨をしゃぶりながら言った。
「そうね。砦の指揮官の命を救ったとなれば王国もちゃんと対応してくれたはずよ」
クルツも同意した。
「ハーカーの砦から偵察部隊が来ているのが何よりの証拠じゃな。いよいよグロバストン王国が動き出したと見ていいじゃろう」
ジェイウォンは昔の癖で、今の体にはない顎髭を撫でる動きをした。
「ボクらのことが正しく伝わっているのであれば、クルツ君の元同僚である王の手が出てくるね」
グレースが言った。
「それだけじゃすまないわよ。アタシが生きていることを知ったなら、あの女は必ずアタシを殺しに来るわ」
クルツの言葉には最強の女王への畏怖の念があった。
「バーニス・マルフロント・グロバストン……」
ヒルデはこの世界で望みうる最高の獲物の名をつぶやいた。
「偵察部隊の後をつけたそうだが、女王や王の手の姿は確認できたのか?」
エイドレスが聞いた。
「流石に警戒が厳しくてな……砦の中までは……」
ベリットは申し訳なさそうに言った。
「砦の外の転移門から兵士がわらわら出てくるのは確認できたんだけどね……」
クルツはため息をついた。
「いるよ」
口を開いたアルヴァンに全員の目が向いた。
「みんな、もう来てる」
アルヴァンは嬉しそうに笑っていた。
「アルヴァン様が仰るのであれば間違いありませんわ」
ヒルデも笑っていた。
「頼りがいがあるわ」
クルツが言った。
「だな」
ベリットもうなずいた。
「グロバストンと再び相まみえる時が来るとは……長生きはするもんじゃな」
ジェイウォンが感慨を込めて言った。
「ローネン、こちらも兵隊の準備は出来ているな?」
エイドレスが尋ねた。
「もちろんですのう。アルヴァン殿の転移魔法陣で兵を移動させてあります。数は八百といったところですのう」
ローネンが答えた。
「……すまんが、その数からふたりばかり引いておいてくれ」
骨をくわえたエイドレスはローネンから目をそらした。
「自制の効かない狼殿には後できつく言っておくとして」
じろりとエイドレスを見てからグレースが続けた。
「こちらも準備は万端だ。後は彼らがやってくるのを待つだけだね」
「楽しみですね」
アルヴァンの言葉に全員がうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます