第106話 中央にて
フェイラム伯爵による投石が平原の北にある丘に炸裂した。
その様子は反乱軍の天幕からもよく見えた。
「始まったようだな」
既にカエアンを身につけているエイドレスが言った。
「偵察に行ってもらったローネンによると、伯爵様がアルヴァンに集中できるように一家総出で反乱軍を蹴散らしに来るんだとさ」
通信機でローネンとやりとりしていたベリットが顔を上げた。
「ワシらの読み通りじゃな」
ジェイウォンが言った。
「そうだね。数ではあちらが有利だが伯爵軍は色々と無理をしているから士気は低い。伯爵一家さえどうにかしてしまえばボクらの勝ちだ」
グレースが言った。
「で、その厄介な伯爵一家をどうにかするのがアタシ達の仕事ってわけね」
戦場には不釣り合いな派手な服を着たクルツが言った。
「アルヴァン様に心置きなく楽しんでいただくためにも頑張らなくてはいけませんわね」
ヒルデが言った。
「事前の打ち合わせ通り、中央はジェイウォン殿とクルツ君に任せるよ。左翼はヒルデ君、右翼はエイドレス殿だ。雑兵を派手に蹴散らしてフェイラム伯爵に向かって進んでくれ。そうすれば伯爵家の面々が現れるはずだ」
グレースの言葉に全員がうなずいた。
「何かあったら通信機で連絡ヨロシク」
ベリットは各自に小型の通信機を手渡した。
「では、ボクらも楽しもうか」
「なんだあ、あのバカみてえな格好した奴は」
伯爵軍の中央で反乱軍を次々と仕留めていた若き隊長は吐き捨てるように言った。
今日の戦はまたとない好機だ。
フェイラム伯爵がこれほどまでの無茶をしてまで倒したい相手との戦で自分が活躍したとなれば褒美もたんまりもらえるだろう。
いや、もっといいものが手に入る。名声だ。
伯爵は無理をしすぎた。この戦に勝ってもワイルドヘッジは長くは保たない。
ワイルドヘッジが崩壊したとなれば大混乱が生じるだろう。
そして、その混乱を勝ち抜いた者が新たな覇者になるのだ。
混乱に備えて名を上げておかなくては。
次なる覇者はこの俺なのだから。
あのおかしな格好の男は反乱軍に参加している領主のひとりだろう。その証拠に馬に乗っている奴を護衛とおぼしき連中が取り囲み、向かってくる輩を仕留めている。
それにしても舐めた奴だ。剣も持たずにのこのこ戦場にやってくるとは。
まあ、戦場を舐めていなければあんな格好で出てきたりはしないだろうが。
なんにしても敵は領主だ。見逃す理由はない。
若き隊長は愛用の槍を手にバカな領主に向かっていった。
護衛の攻撃をかいくぐり、槍をなぎ払って反撃する。ふたりの護衛が倒れ、包囲に穴が開いた。
「その首もらい受ける!」
若き隊長は勝利を確信していた。
派手な身なりの領主は迫ってくる隊長を見た。
そして、にやりと笑った。
「あらあ、イイオトコじゃない」
「止めてくれ! 頼むから俺を止めてくれよ!」
若き隊長は槍を振るいながら叫んでいた。
隊長の槍がきらめく度に兵士達が倒れていった。
ただし、隊長が倒していったのは味方である伯爵軍の兵士達だ。
若き隊長の顔は恐怖に染まっていた。
しかし、その技は冴えていた。
普段の彼からは想像も出来ないほどに。
「思った通り、いい感じじゃない」
クルツ・ガーダループは伯爵軍を次々と倒していく隊長の後ろでにこにこと笑っていた。
「丹精込めて最高の一体を作り上げるのもいいけど、こういう偶然の出会いってものいいものよねえ」
クルツのしなやかな指からは糸が伸びている。
目に見えないほど細い糸だがクルツの魔力によって強化されており、鋼の剣を持ってしても切ることは出来ない。
そして、その強靱な糸は若き隊長の体とつながっていた。
「あいつを殺せ!」
味方を襲い続ける隊長に業を煮やした伯爵軍から声が上がった。
弓を構えた兵が隊長に矢を放った。
矢は隊長の首に当たり、頸動脈を切り裂いた。
隊長はもう止めてくれとは言わなくなった。
しかし、その体は止まらなかった。
首からは血が噴き出し、顔は死人のように真っ白になっている。
それでも若き隊長は槍を振るって味方を倒し続けた。
「こんなバカな……」
死んでいるとしか思えない相手が襲ってくることに歴戦の強者達も恐怖していた。
「お人形になれば死からも解き放たれるの。素晴らしいでしょう」
クルツは自分に付き従っている兵士達に言った。
隊長と同じように真っ白な顔をしている彼らは、皆うなすいた。
「やーん、共感されるってキモチイイわあ」
クルツは体をくねらせた。
「いい年をして人形ごっことは……相変わらず気色悪い男だな」
クルツとともに反乱軍の中央についているジェイウォンが言った。
「アタシはピュアなハートを持ち続けているだけ。気色悪いのはあんたのわけわかんない技の方よ」
クルツが言い返した。
「ほっほ、褒め言葉と受け取っておこう」
ジェイウォンは近くにいた兵士に向かっていく。
兵士は攻撃に備えて盾を構えた。ジェイウォンは盾に軽く手を当てた。
すると、盾を持っていた兵士の左腕が破裂した。
続いてジェイウォンの手が鎧で守られた兵士の胸に当てられた。
銀色の鎧の中で兵士の胸が破裂した。
おびただしい量の血を吐きながら兵士が倒れた。
「ホントわけわかんない技だわ。盾も鎧も無傷なのに……」
クルツは死んだ兵士の盾と鎧を不思議そうに見ていた。
「浸透勁。破壊の奥義じゃよ」
ジェイウォンは魔力を込めて右手を突き出した。
離れたところにいた伯爵軍の一団が巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛んだ。
今度は左足で地面を踏みつけた。
すると近くにいた兵士達の両足が破裂した。突然両足を失った兵士達はわけも分からず泣き叫んだ。
「……あんた、アタシとやり合った頃より強くなってない?」
「ほっほ、この体にも馴染んできたからな」
ジェイウォンは奪い取った弟子の肉体を惚れ惚れと眺めた。
「……アタシもアルヴァンちゃんに頼んでみようかしら……」
クルツは少しばかり揺れていた。
「それにしても思いきったことしたわよねえ。一歩間違えばコルビンちゃんじゃなくてあんたの方が消えてたんじゃないの?」
「万全の状態であの男と戦うことが出来ないのならば消えてなくなる方がマシだからな」
「年寄りの考えることにはついていけないわ」
「お前さんに分かってもらおうとは思っとらんよ」
「やだやだ、頑固ジジイはこれだから――」
クルツが優雅に肩をすくめたとき、糸で操っていた若き隊長の体が粉々に吹き飛ばされた。
「あらあら、激しいじゃないの」
クルツは隊長の方に目を向けると、そこには粉砕された隊長の断片が転がっていた。
「ほっほ、ようやくお出ましじゃな」
ジェイウォンの視線の先には華奢な体つきの少年がいた。
戦場にいるよりも部屋で本を読んでいる方が似合いそうな少年だったが、彼は金属製の大きな棺を担いでいた。
棺の先からは太い杭が突き出していた。
「姉さん、この人って……」
クルツの顔を見て、少年は隣にいる少女に言った。
長い髪を左右でくくっているものの、少女は少年とよく似た顔をしていた。しかし、おとなしく見える少年とは異なり、活発で気が強く見えた。
「クルツ・ガーダループ……」
少女は少し驚いているようだった。
「エルウィンちゃんにアウローラちゃんじゃない。相変わらずカワイイわねえ。元気だったかしら?」
クルツは久しぶりに会ったフェイラム伯爵の三男と長女に手を振った。
「ひとつだけ聞くわ。あんたはあたしの敵?」
「もちろんよ」
クルツが答えた。
「そう」
アウローラは愛剣オロチを抜いた。
「そんなに怖い顔しちゃダメ。美人が台無しよ」
「みんな殺してやるわ……ひとりも逃がさない……」
仇敵を討てることの喜びにアウローラは震えていた。
「兄さんの敵……」
エルウィンも普段は穏やかなその瞳に復讐の炎を燃やしていた。
「いいわねえ。ゾクゾクしちゃうわ。隣にいるのがあんたでさえなければ」
クルツは不満そうにジェイウォンを見た。
「安心しろ。ワシも同じ気持ちだ」
「じゃあ、さっさと終わらせましょうか」
ふたりは伯爵家の双子に向かっていった。
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