第81話 年はいくつだ?
「……痛いんですが……」
頬をさすりながらアルヴァンが言った。
「アルヴァン君、君のことは大好きだよ。でもね、女の敵はボクの敵なんだ」
グレースは悲しげに首を振った。
「話はすみましたか?」
様子を見に来たコルビンが言った。コルビンの隣にはベリットもいた。
「ああ、終わったよ。ベリット君も苦労したね」
グレースはベリットに気遣うような目を向けた。
「……心遣いに感謝するよ」
すべてを理解した目でベリットが言った。
「それで、アルヴァン君の話によると君は格納庫への隠し通路の入り口を知ってるみたいだね」
グレースが聞いた。
「隠し通路があるんですか!」
コルビンが声を上げる。
「まあね。備えあれば憂いなしってやつよ」
ベリットが得意気な表情を浮かべる。
「案内してもらえるかな?」
アルヴァンが聞いた。
「オッケー。任しといて」
ベリットの案内に従って、格納庫近くの林の中にあった地下への扉を開けると、四人は下へ続く階段を降り始めた。
ベリットがローゼンプールで開発された小型で強力なランプを手にアルヴァンたちを先導した。四人の足音が狭い通路に反響した。
「ベリットさんはブロンダム博士の娘さんなんですね」
足下に気をつけて進みながらコルビンが言った。
「そうそう。あたしはお父さんの助手だったんだ」
前方に目を向けたまま、ベリットが答える。
「ベリットさんのためにも早く博士を見つけ出さないといけませんね」
使命感に燃えた目でコルビンが言った。
「うーん、まあ、そうだね……」
燃えるコルビンにベリットは言葉を濁した。
「それはジェイウォンさんたちの任務だよ。ボクらは機動鎧の方に集中しないと」
グレースが言った。
「そうですね。師匠が向かってるなら安泰だ」
「……ん? 帝国軍のジェイウォン? それって……ひょっとしてジェイウォン・ミラーズのこと? あの五帝剣の?」
ベリットが恐る恐る聞いた。
「おお! ベリットさんもご存じなんですね! さすがは師匠だ!」
コルビンは喜んだ。
「……コルビン、悪いんだけど先頭変わってくんない? あたし疲れちゃってさ……後はもう道なりに進むだけだから」
立ち止まったベリットがコルビンに言った。
「いいですよ。じゃあ、俺が先頭を走りますね」
ベリットからランプを受け取るとコルビンが走り出した。
すれ違いざまに、ベリットはグレースに目配せした。
「いやあ、こんなところにまで名声が及んでいるだなんて君の師匠は本当にすごいね」
ベリットの狙いを察したグレースはコルビンの注意を自分に向けようとした。
「そうなんですよ! 師匠は本当にすごいんですから! 俺が弟子にしてもらおうとしたときもですね……」
コルビンは喜々としてジェイウォンとの思い出を語り出した。
コルビンが話に夢中になっているのを確認すると、ベリットはアルヴァンの隣についた。
「おいおいおいおい、やべえって、『五帝剣』はやべえわ」
声を潜めてベリットがアルヴァンに言った。
「大丈夫。ジェイウォンさんは僕の味方だから」
「……え? そうなん?」
ベリットの疑問にアルヴァンはうなずいた。
「……あんた、意外と人望があるんだな……」
感心した様子でベリットがアルヴァンを見た。
「ベリットもついてきてくれたしね」
「あ、あたしはただ、あんたといると面白そうだなって思っただけで……」
ベリットはアルヴァンから目をそらした。
「僕もベリットといると楽しそうだなって思うんだ」
「お、おう……よく本人目の前にして恥ずかしげもなくそんなこといえるな……」
「本心だからね」
笑みを浮かべてアルヴァンが言った。
「…………あ、あたし、足が痛いなあ……」
ベリットは突然立ち止まるとアルヴァンを見ながら言った。
「じゃあ、僕が運ぼうか」
ベリットはこくりとうなずいた。
アルヴァンはベリットの小柄な体を抱え上げた。
「……お、お姫様だっこ……」
ベリットがつぶやいた。
「いやかな?」
「そ、そんなことない! い……いやじゃ……ないから……」
ベリットは消え入りそうな声で訴えた。
「じゃあ、行こうか」
ベリットを抱きかかえたまま、アルヴァンはグレースたちの後を追った。
「……やべえ、思ってたよりずっといい……どうしよう……」
ベリットのつぶやきはアルヴァンには聞こえなかった。
「……というわけで師匠の活躍によって見事事件は解決したんですよ!」
「へえ、そう……」
コルビンの話を聞いているふりをしていたが、グレースの注意はしっかりとアルヴァンとベリットに向けられていた。
「ヒルデ君だけでもやっかいなのにここに来てさらにライバルが増えるとはね……」
「ん? なにか言いましたか?」
「いや、なんでもないよ」
グレースは笑ってごまかした。ちらりと後ろに目を向けると、アルヴァンに抱えられているベリットの姿が見えた。
「……いいなあ……」
グレースのつぶやきは誰にも聞こえなかった。
「……はっ! この嫌な感じ……アルヴァン様が女狐さんに迫られている気配! こうしてはおられませんわ!」
何かを察したヒルデが本能の命じるままに駆け出そうとする。
「あとにしろ」
エイドレスはヒルデの首根っこを捕まえて、彼女を制した。
「はーなーしーてーくーだーさーいーまーしー」
恨みがましい目で狼の獣人を見ながらヒルデが言った。
「アルヴァンから離れてたかだか一時間ほどだぞ。その間おまえはいったい何度仕事を放り出そうとしたんだ?」
ため息をついてエイドレスが問いただした。
「六回ですわ!」
「正確に数えているのは褒めてやるが、堂々と言うことではないだろう……だいたい、おまえの勘が正しければグレースは十分に一度はアルヴァンを誘惑していることになるぞ……」
「あの女狐さんにしてはおとなしいくらいですわ」
「おまえはグレースをなんだと思っているんだ……というか、少しはアルヴァンを信用してやったらどうだ?」
らちがあかないことを悟ったエイドレスは攻め方を変えることにした。
「ぐぬぬ……確かにわたくしとアルヴァン様は真実の愛で結ばれておりますが……」
「で、あるならば心配は無用だろう。堂々と構えていろ」
「……そうですわね。わたくしとアルヴァン様の間にある強い絆は女狐さんごときには決して引き裂けないものでしたわ。こんなことを狼さんに諭されるだなんて……一生の不覚ですわ」
悟ったような顔でヒルデが言った。
「お嬢さんの説得は終わったかね?」
監獄の偵察から戻ったジェイウォンが聞いた。
「なんとか済みましたよ。だいぶ手こずりましたがね」
疲れきった様子でエイドレスが言った。
「ほっほ、若いというのはいいものだな」
笑いながらジェイウォンが言った。
「それで、博士は見つかりましたの?」
ヒルデがジェイウォンに聞いた。
「おう。しっかりと見つけてきた。警備は厳重だがなんとかなるだろ。ただな……」
「どうかしたのか?」
エイドレスが聞いた。
「どうも様子がおかしいんだ。博士はローゼンプールの領主であるゲルダ・ハーマンと一緒にいる。しかも、奴らワイルドヘッジと縁を切ってロプレイジ帝国側に寝返るつもりらしい」
「……やっかいだな……」
エイドレスは考え込んだ。
「何でですの? わたくしたちにとっては好都合でしょう?」
ヒルデが首をかしげる。
「このお嬢さんにはワシのことはどこまで話してあるんだ?」
「申し訳ない……まだ事情を説明していなかった……」
エイドレスはジェイウォンにわびた。
「このおじいさんもわたくしたちの仲間だって言うんですの!」
エイドレスから説明を受けたヒルデがジェイウォンを指さした。
「人を指さすんじゃない」
エイドレスが注意した。
「なんで説明してくれなかったんですの!」
「コルビンには秘密だからな。お嬢さんの態度であいつが感づくのは避けたかった」
「でも、エイドレスさんは知ってたんですわよね」
「私はおまえとは違うからな」
「……ほかに知らされていたのは誰なんですの?」
「アルヴァンは当然として、あとはエイドレス、グレース、その場に居合わせたローネンだな」
ジェイウォンが説明した。
「わたくしだけのけものですわ!」
「そうだな」
淡々とエイドレスが認めた。
「いったいどこの誰がこんなことを考えたのですか!」
「アルヴァンだ」
怒りに震えるヒルデにジェイウォンが答えた。
「……ほんとですの?」
ヒルデの問いかけにジェイウォンとエイドレスがうなずく。
「アルヴァン様はわたくしに余計な負担をかけまいと気を遣ってくださったのですね! ああ、なんてお優しい方なのでしょうか!」
アルヴァンの気遣いにヒルデは涙を流した。
「アルヴァンの奴は『ヒルデは嘘がつけそうにないから黙っておきましょう』って言っとったんだがなあ……」
「彼の読みは正しかったでしょう?」
ジェイウォンとエイドレスは顔を見合わせた。
「わたくしを気遣ってくださったアルヴァン様のためにもなんとしても博士を確保しますわよ!」
やる気十分なヒルデが言った。
「その通りだな。ゲルダ・ハーマンとブロンダム博士が帝国側と接触するのは止めなくては。おまえさんたち、ブロンダム博士の確保を任せても良いかな?」
長いあごひげを撫でながらジェイウォンが言った。
「それはかまわないが、あなたはどうするんだ?」
エイドレスが聞いた。
「なに、ちょっと冷や水でも浴びてみようかと思ってな……」
ジェイウォンの目は怪しく光っていた。
「本当に任せても良かったんですの?」
不安そうにヒルデが聞いた。
「一応リーダーは彼だからな。従わないわけにはいくまい。それに……」
エイドレスが言った。
「それに?」
「私も彼の力がどれほどのものなのか見てみたくてな」
「ああ、それもそうですわね」
ヒルデは監獄に向かって悠々と歩いて行くジェイウォンに目を向けた。
ジェイウォンは正面から監獄に向かっていく。ジェイウォンが近づいてくるのを見た門番が声をかけてきた。
「じいさん、ここは立ち入り禁止だよ」
「おまえさん、年はいくつだ?」
柔和な笑みを浮かべたジェイウォンが聞いた。
「はあ?」
思いもよらないジェイウォンの質問に門番は困惑した。
「いいから答えてくれんかね? 減るもんでもないだろう?」
「……今年で三十五だ。それがどうかしたか?」
首をかしげつつも門番は質問に答えた。
「そうかそうか……三十五か……若いな……」
うんうんとうなずきながらジェイウォンは門番の答えを反芻した。
「ほら、答えてやったんだからとっとと帰りな」
門番は持っていた槍を振ってジェイウォンを追い払おうとした。しかし、門番の槍はジェイウォンに掴まれた。
「何のつもりだ!」
門番は槍をもぎ取ろうとするが、ジェイウォンの手はびくともしない。
「もし、おまえさんが風邪でもひいて家で休んでおれば、ここで死ぬこともなかったのにな」
門番がジェイウォンの言葉に反応するよりも早く、槍を通して強烈な魔力が門番の両腕に流れ込んだ。流し込まれたジェイウォンの魔力は一瞬にして門番の両腕を破裂させた。
自分の肉と骨がはじけ飛ぶのを呆けたように眺めていた門番は、ようやく我に返って、激烈な痛みと直面することになった。
門番の口から悲鳴がほとばしる。立っていられずに地面に倒れ、肩の付け根から血を吹き出しながらのたうち回った。
「おうおう、大の男がみっともない……」
やれやれと首を振りながらジェイウォンが片手で門番の頭を掴み、軽々とその体を持ち上げた。
ジェイウォンに掴まれた門番は不思議と痛みが薄れていくのを感じていた。
ジェイウォンは手から注ぎ込んだ魔力が門番の脳を破壊下のを確認すると手を離して門番を解放してやった。
「ふむ、やはり年には勝てんな」
手を握ったり開いたりしながらジェイウォンが不満そうにつぶやく。
「おい! 何をやっている!」
門番の悲鳴を聞きつけて、監獄の警備員たちがジェイウォンの元に駆けつけた。
「死んでるぞ!」
倒れた門番を見た警備員の一人が叫ぶ。
警備員たちの目がジェイウォンに向けられた。
「気をつけろ! このジジイ、何か武器を隠し持ってやがる!」
警備員のリーダーらしき人間がそう言うと警備員たちは油断なくジェイウォンを取り囲んだ。
「おうおう、老い先短い年寄り相手に容赦ないな……もっとも、先が短いのはおまえさんたちのほうか」
ジェイウォン・ミラーズは愉快そうに笑った。
「騒がしいな、いったい何があったんだ?」
帝国軍側との通信の準備をしていたゲルダ・ハーマンが異変に気づいた。ゲルダとブロンダム博士がいる部屋の外から大声で指示を出しているのが聞こえた。
「まさか、ベリットが……」
ブロンダム博士が思い浮かべたのは娘のベリットのことだった。
「確かめてみよう」
ゲルダが部屋の外に出ようとしたとき、扉が勢いよく開かれ、警備員が駆け込んできた。
「ゲルダ様! 逃げてください! 侵入者です!」
警備員は必死の形相でそう言った。
「相手は何人だ?」
ゲルダは冷静に聞いた。
「一人です!」
「ならば――」
「ですが、相手はすでに警備員二十名以上を殺害しています! 尋常な腕ではありません!」
ゲルダの反論を遮って警備員が言った。
「二十人以上やられただと……いったい何が起きているんだ……」
ゲルダの顔から血の気が引いていく。
「しかたない、博士、ここはいったん――」
ゲルダがブロンダム博士に呼びかけたとき、博士は部屋にかかってきた通信に応答していた。
「ゲルダ様! 大変です!」
通信をおえた博士が血相を変えてゲルダに言った。
「今度は何だ!」
「パインデールのグレース・コンラッドがこの都市にやってきたそうです」
「なんだと……」
博士の報告にゲルダは言葉を失った。
グレース・コンラッド。ゲルダの兄の敵だ。あの女はゲルダの兄を殺し、パインデールとローゼンプールの間で戦争を起こそうとした。しかし、その陰謀が暴かれ、当時のパインデールの領主であったマクシム・コンラッドの手によって投獄されたはずだ。そのグレース・コンラッドがのこのことこの都市にやってきたというのだ。しかもこのタイミングで。
「……とにかく退却するぞ」
ゲルダはブロンダム博士の手を取ると警備員とともに走り出した。ゲルダの胸の中では不安が渦巻いていた。
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