第60話 動き出す者たち

 最初に倒されたのは尖塔の見張りについていた兵士だった。

 隠し通路を使って背後から忍び寄ったシグルが兵士の後頭部を手刀で一撃した。一瞬で意識を失った兵士を手早く縛り上げるとシグルは物陰に隠れていた仲間に合図した。

 はぐれ者はリーダーの合図にうなずくと素早く行動を開始した。シグルは仲間をサポートしつつ領主エイドレス・ライムホーンの元へと急いだ。

 シグルは笑っていた。今の自分は紛れもない英雄だ。




 ヒルデとグレース、ローネンも行動を開始していた。

「ああ、ちょうどよかった、ちょっと手伝ってもらえないかな?」

 パインデールの領主である少女からそう問いかけられれば兵士たちは従わないわけにはいかなかった。

「すまないね。私のメイドに荷物を運ばせていたんだが、かなり苦労していてね……」

 そう言ってグレースは兵士たちを先導する。グレースが廊下を右に曲がる。兵士たちは何も疑わずにグレースについて行った。燃えるような赤髪の少女が兵士たちを迎えた。


「わざわざお手伝いに来てくださりありがとうございます……では、死んでくださいまし」

 兵士たちには少女の言葉に疑問を持つ暇はなかった。ヒルデの魔術の発動は一瞬だった。炎の熱さを感じることなく、彼らは焼かれた。

「そういえばヒルデ君が戦うところは初めて見るね」 

 廊下に漂う肉の焼けるにおいを手を振って散らしながらグレースが言った。

「あら、この程度は戦闘のうちに入りませんわよ」

 ヒルデは余裕の笑みを浮かべる。

「ふむ、やはり前よりもキレが良くなっておりますなあ。私の指導の賜ですのう」

 うなずきながらローネンが言った。

「さて、今度は僕の番かな?」

 長剣を腰に差すとグレースが言った。

「お手並み拝見といきますわ」

 ヒルデが言った。

 二人の少女は次なる獲物を求めて城を進んでいった。


「…………ちょっとくらい私の言葉に反応してくれても良いんじゃないですかのう……」

 ローネンの嘆きは誰の耳にも届かなかった。




「ペテュール様! ペテュール様!」

 ペテュールの部屋のドアが乱暴にたたかれた。

「何があった?」

 ペテュールがドアを開けて兵士を中に入れた。

「そ、それが……」

 兵士は混乱しており、うまく言葉が出てこないようだった。

「これを飲むんだ。少しは落ち着く」

 ペテュールは水差しからグラスに水を注ぎ、兵士に手渡した。

 兵士は受け取った水をのどを鳴らして飲み込んだ。


「た、大変です! 城のあちこちからはぐれ者が侵入してきてます!」

 水を飲んで少し冷静になった兵士が報告した。

「そうかそうか、あの奴隷はうまくやっているのだな……そうでなくては困るがな」

 ペテュールは意地の悪い笑みを浮かべた。

「ペテュール様?」

 怪訝に思う兵士の前に短い杖がさっとが突き出された。

 ペテュールが杖を振る。すると、兵士は腹を押さえて苦しみだした。あまりの苦痛にたまらず膝をつく。

「おまえが飲んだのはただの水ではない。我が一族が作り上げた流体生物だ。そいつは私の命令通りに動く。おまえの腹の中でな」

 ペテュールの言葉はもはや兵士には届いていなかった。体の内側を蹂躙される痛みに耐えられず、彼はすでに息絶えていた。

「なんだ、この私が丁寧に説明してやっているのに聞く耳持たんとは……これだから雑種は……」

 やれやれと首を振り、兵士を葬った流体生物を回収する。

「さて、行くか」

 豹の獣人にしてライムホーン最強の魔術師であるペテュールが動き出した。




 何もかもがうまくいっていることにシグルは満足していた。

「シグル、尖塔は三つとも確保したぞ!」

 仲間のはぐれ者から報告が入る。

「よし! よくやった!」

 シグルは力強くうなずく。

「見つけたぞ! 侵入者だ!」

 シグルが次の指示を出そうとしたとき、城の警備兵たちが押し寄せてきた。

「ちっ、めんどくせえなあ!」

 シグルは兵士の集団に真正面から突っ込んでいく。

「おい! シグル!」

 リーダーのみを案じた仲間たちが声を上げる。

「はっ、心配すんなよ!」

 鋭い爪をむき出しにしたシグルが兵士たちを次々と切り伏せていく。

「強い! なんだあいつは!」

 シグルのは速さ、そして強さに兵たちは驚愕していた。

「おまえらとはできが違うんだよ。俺は英雄だからな」

 両手の爪から血を滴らせてシグルが凄絶な笑みを浮かべたとき、兵士たちは皆倒れていた。

 リーダーの雄姿にはぐれ者たちは雄叫びを上げた。




「……やっているな」

 獣人たちの雄叫びを聞きながらエイドレス・ライムホーンが言った。

「で、おまえはいつまでそうしているつもりだ?」

 狼の獣人の視線の先には、中庭に横たわる銀髪の青年の姿があった。

「そろそろ立ちますよ」

 そう言ってアルヴァンはゆっくりと立ち上がった。

「やはり並の使い手ではないな。私の爪の一撃を受けて立ち上がるとは……」

「仕留めていないことくらい分かっていたんじゃないですか?」

 倒れた際に服についた汚れを手で払いながらアルヴァンが聞く。

「実際に目の当たりにすると衝撃が大きくてな……」

 エイドレスがかぶりを振る。

「ああ、なるほど」

 エイドレスの言葉に納得したアルヴァンがうなずく。


「じゃあ、そろそろ本格的に始めましょうか」

 アルヴァンが簒奪する刃に手をかけると漆黒の剣からどす黒い魔力がわき出した。

「それがおまえの力の源か」

「うーん、どうでしょうね?」

 アルヴァンが首をかしげる。

「まったく、訳の分からない男だな」

 エイドレスが構える。その体からは力強い魔力があふれ出していた。

「自分ではわかりやすい性格だと思うんですけどね」

 アルヴァンがエイドレスに向かって駆けだした。




「この感じは……」

「アルヴァン様ですわね」

 グレースとヒルデは親しみのある魔力の波動を感じていた。

「でも、いったい誰と戦っているんだろうね?」

 グレースは兵士がつきだした拳を体をひねって交わしつつ、長剣で首をはねる。

「城の兵隊さんたち相手にアルヴァン様が本気になるとは思えませんわ」

 突き出されたナイフのように鋭い兵士の爪は、ヒルデの桁違いに強力な魔力障壁と衝突するとガラス細工のように砕けた。

「ボクらはたいしたことない連中としか当たってないけど、中には優秀な兵士もいるのかもね」

 爪が砕け散ったことに驚愕している兵士を横から串刺しにする。

「そうとは思えませんわ」

 ローネンから教わった真空波を放つ魔術でグレースに飛びかかろうとした兵士の両足を空中で横一文字に両断する。上下に分かたれた兵士の体が城の廊下に落ちた。

「ほかに考えられることなんてあるかな?」

 グレースがあごに手を当てて考えながら、腕で床を這って逃げようとする兵士に長剣を突き立てる。

「ぬぬぬ、そう言われると苦しいですわね……」

 ヒルデがうなる。


「……あなたがたはいつからそんなに仲良くなったんですかのう……」

 ローネンは息の合った二人の連携に目を丸くした。




「ずいぶんと薄気味悪い魔力を持った奴がいるな……」

 ペテュールもまた、まがまがしい魔力の存在を感じ取っていた。

「まあいい、何もかも食ってもらえば良いさ。領主様にな」

 短い杖を握りしめ、すべてが崩壊する瞬間への期待に心を躍らせた。

「ペテュール様! こんなところにおられましたか」

 ペテュールの姿を認めた兵士が三人駆け寄ってきた。

「また雑種か……」

 ペテュールが短い杖を一振りすると空中に二つの魔方陣が出現した。

「ペテュール様? いったい何を……」

 兵士たちは目の前に現れた魔方陣に戸惑いの声を上げた。


「出てこい」

 ペテュールが命じると魔方陣から毛むくじゃらの巨大な腕が二本飛び出した。二本の腕は兵士の一人の頭と足をつかんで苦も無く持ち上げる。謎の腕に持ち上げられた兵士が悲鳴を上げるのを仲間の兵士たちは呆然と見ていた。

 腕たちは持ち上げた兵士の体を互いに引っ張った。

「痛い! 痛い! 痛い! 離してくれええ!」

 体が引きちぎられそうな痛みに兵士が絶叫する。そして、仲間の目の前で彼の体は本当に引きちぎられてしまった。

 死んだ兵士の体から吹きだした血が降り注ぐ中、仲間の兵士二人はあまりの恐怖にがちがちと歯を鳴らしていた。

「おやおや、大の大人がみっともないことだな。私の部下に軟弱者は要らん」

 ペテュールがため息をついて杖を振ると、二本の巨大な腕は喜々として獲物に襲いかかった。




「シグル、なんか寒気がしねえか?」

 はぐれ者の一人が言った。

「何言ってやがる、今になって怖じけついたってのか?」

 シグルは笑いながら言った。シグルは禍々しい魔力を感じ取ることはできなかった。

「そうじゃねえけどよう……」

「おまえらは黙って俺についてくりゃあ良いんだよ! 言い夢見せてやるぜ!」

 恐れを知らないシグルは力強くそう言った。

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