第54話 攻守交代

「さて、何か言うことはあるかなアルヴァン君?」

 にっこり笑ってグレースが聞いた。

「ええと……」

 アルヴァンはグレースから視線をそらす。

「アルヴァン様、人と話すときはちゃんと相手の目を見るものですわ」

 ヒルデも優しく言った。

 しかし、二人の目は獲物をなぶる肉食獣のようだった。

 

 エイドレスとの会話を終えて部屋に戻ったアルヴァンを迎えたのは不正を行った審判への怒りに燃える二人の戦士だった。

「ヒルデ君の言うとおりだよ、さあ、ボクの目を見てくれ。ああ、ボクの目を見るのがいやならヒルデ君の目を見ていても良いよ」

 ヒルデの指摘を受けてグレースが言った。


「…………」

 アルヴァンの目はこの場で唯一自分に味方してくれそうな存在であるローネンを探していた。

「ローネンさんはこの場にはいませんわ。今はぐっすりと休んでいますの……ぐっすりとね……」

 ヒルデが人差し指を立てながら笑みを浮かべて言った。立てた指の先では炎が燃えていた。

「そうそう、ローネンにも困ったものだよ。君を逃がすことに協力するだなんてね……」

 グレースも笑いながらやれやれと肩をすくめる。

「そういえばあの焼き鳥……もといローネンさんは最後に面白いことを言ってましたわね」

 ヒルデがグレースに目配せする。

「ああ、面白いことを言っていたね……なんでも、責任はアルヴァン君がとることになっているとか……」

「うふふふふ、本当に愉快なことを言う焼き鳥さんでしたわ」

 共通の敵への怒りに燃える二人の少女が顔を見合わせて笑う。

「そ、そう……」

 共通の敵である青年はこわばった笑みを浮かべた。


「さて」

 グレースが前に出る。

「アルヴァン様」

 ヒルデも一歩踏み出す。

「どう責任をとるのか」

 グレースがさらに前に出る。

「じっくりとお聞かせ願いますわ」

 ヒルデもさらにもう一歩前に出た。

「それは、その……」

 迫る二人に追い詰められたアルヴァンは途方に暮れた。

 その後、二人によるアルヴァンへの詰問は夜遅くまで続いた。




「では、行ってきます」

 翌朝、晴れやかな表情でグレースがエイドレスに言った。

「ああ、楽しんでくると良い」

 エイドレスも笑顔で応じた。

「楽しんで参りますわ。ね、アルヴァン様?」

 ヒルデもまた清々しい顔をしていた。

「ああ、うん、そうだね……」

 この四人の中で、アルヴァンだけが疲れ切った顔をしていた。エイドレスもそれに気づいてはいたが何も言わずに三人を見送った。




「アルヴァン様、のどが渇きましたわ」

「アルヴァン君、ボクも」

 城がよく見える公園のベンチにどっかりと腰を下ろした二人の少女がけだるげに言った。

「た、ただいま……お持ち……いたします」

 アルヴァンはグレースとヒルデが買いまくったアクセサリーや衣服、靴が詰まった袋やら箱やらを両手に抱えながら言った。

 昨日の深夜におよんだ裁判においてアルヴァンに言い渡された判決は今日一日の間、二人の言うことを何でも聞くというものであった。そして、ヒルデもグレースも自分の権利を行使することに対して一切のためらいがなかった。

「ど、どうぞ……」

 公園で開かれている市場で、ライムホーン産の果物を搾って作ったジュースを買ってきたアルヴァンは二人のご主人様にジュースを手渡した。

「ご苦労様」

「ご苦労様ですわ」

 グレースとヒルデから心のこもっていないねぎらいの言葉がかけられる。

「お、お気になさらず……」

 ひざまずいてアルヴァンが言った。


「こういうのもたまには悪くないですわね」

 ジュースに口をつけるとヒルデが笑う。

「全くだね、押してばかりというのも芸がないからね」

 グレースも笑っていた。

 ジュースを飲みながら笑顔で歓談する二人の少女の姿は絵になるものだった。少女たちの傍らでうなだれている青年の姿がなければ。


「ええと……」

 おずおずとアルヴァンが口を開いた。

「なにかな?」

「なんでございましょう?」

 二人の少女がじろりとアルヴァンを見た。

「そろそろ……許してくれないかな……」

 アルヴァンはご主人様に許しを請う。

「アルヴァン君、まだ一日は始まったばかりだよ」

 それほど高い位置にはない太陽を指さしながらグレースが言った。

「そうですわ。エイドレスさんが紹介してくれた工房はほかにもありますもの」

 ヒルデもそう言った。

「アルヴァン君は」

「責任を」

「取ってくれる」

「はずですわよね?」

 二人の少女はにっこりと笑って念を押した。

「も、もちろんです……」

 アルヴァンはうなずくことしかできなかった。




「わたくしこんなに楽しい買い物は初めてでしたわ」

 心底うれしそうにヒルデが言った。

「ボクもだよ。ライムホーンに来たのは正解だったね」

 グレースも笑顔だった。

「それは、よかった……」

 すっかり軽くなった財布を懐に収めながら力なくアルヴァンが言った。

 太陽は海の彼方に沈みつつあった。アルヴァンは一日が終わることに初めて喜びを覚えていた。

「いやあ、こんなに楽しいと毎日アルヴァン君に責任を取ってもらいたくなるね」

 グレースが軽い調子でアルヴァンの喜びをたたきつぶす。

「そうですわね。毎日がこんな風だったらとても楽しそうですわ」

 ヒルデもまたグレースに同意見だった。

「……ははは、そんな顔をしないでくれよアルヴァン君」

「アルヴァン様ったら、まるでこの世の終わりが来たみたいな顔ですわよ」

 二人はアルヴァンの顔を見て笑った。


「もう、許して……」

 アルヴァンは懇願した。

「まあ、許してあげても良いかな」

 グレースがヒルデの方を見る。

「これはこれで楽しいですが、わたくしはやっぱり追いかける方が好きですわ」

 ヒルデが肩をすくめた。

「決まりだね」

「決まりですわね」

 二人の少女はうなずき合った。

 アルヴァンはほっと胸をなで下ろした。

「お疲れ様」

「お疲れ様ですわ」

 二人の少女はそれぞれアルヴァンの左右の頬にキスをしてアルヴァンをねぎらった。

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