第32話 コンラッドの三騎士

「頼りないところもあるけどさ」

 エドワルトが言った。

「ああ、意外と根性がある」

 エバンスが続ける。

「こんなところで死なせるわけにはいかん」

 ヘクトルが言い切った。

「そういうわけだ。あんたにはくたばってもらう」

 エバンスの言葉とともにコンラッドの三騎士が臨戦態勢に入った。


「コンラッドの三騎士……あなたたちはいい」

 対峙するヘクトルたちをうれしそうに見ながら銀髪の青年が言った。

 青年は漆黒の剣を無造作になぎ払った。

 振り抜かれた剣からは先ほど石橋を粉砕したのと同じ、三日月型をした大きな魔力の刃が放たれた。  

 三騎士は方々に飛び下がり、青年の魔力の刃を躱した。

魔力の刃は地面をえぐり、舞い上がった土煙が三騎士の姿を覆い隠した。


 エドワルトは弓を構え、黒い矢筒から三本の矢を引き抜いた。

 土煙の壁を貫いて、三本の矢が飛び出した。

 青年は身構えたが三本の矢は青年の手前で急激に曲がり、一本目は青年の左後方に生えた太い木の幹に突き刺さり、二本目は地面に刺さった。そして、三本目は天高く舞い上がっていった。


「よし、始めますか」


 そう言って、エドワルトは白い矢筒から矢を抜き、弓につがえると飛んだ。

 一本目の矢を目印に転移したエドワルトは枝に足を絡めて体を固定すると、あらかじめつがえていた矢を放った。青年の後ろから強力な魔力が込められた矢が飛来した。


 青年の反応は早かった。

 一瞬のうちに反転し、漆黒の剣を盾にして矢を防いだ。

 しかし、矢に込められた魔力は青年を大きく押し込んだ。


「エバンス!」


 エドワルトが声を掛けると、青年の体に向かって二本の鞭が触手のように伸びた。

「頼むぜ、蛇姉妹」

 エバンスは巧みに鞭を操って、エドワルトの矢によって体勢を崩した青年を攻める。

 青年は剣を振るって鞭を弾くが二本の鞭は意思を持つかのように青年を襲い続けた。

 鞭と剣の攻防が続く中、エドワルトは白の矢筒から矢を抜くと地面に刺さった矢の元へ転移し、再び死角から青年を撃った。


「今度はどうかな?」


 青年はこれにも反応した。とっさに姿勢を低くして、エドワルトの矢を躱した。

 躱された矢は射線上にあった大岩を苦もなく撃ち抜いた。


「捕まえたぜ」


 エバンスがにやりと笑う。

 彼の蛇姉妹は体勢を崩した青年の右足と左腕に絡みついた。

 エバンスが大きく腕を振るうと二匹の蛇に絡め取られた青年の体は宙を舞った。

「おおりゃあああ!」

 体全体を使って二本の鞭を振るい、エバンスは青年の体を地面にたたきつけた。


「ヘクトル!」


 エバンスの声を聞くまでもなく、ヘクトルは動き出していた。

 全身鎧を纏った彼が担ぐのは戦槌だ。そのヘッドはヘクトルが注ぐ魔力に応じて膨張する。


「エドワルトが制し、エバンスが捕らえ、そしてこのわたしが叩き潰す! これこそがわれら三騎士の必勝戦術よ!」


 膨れあがった戦槌を地面に横たわる青年めがけて渾身の力で振り下ろした。

 いくつもの雷が一度に落ちたようなすさまじい轟音とともに地面が揺れた。

 揺れが収まると、エドワルトとエバンスは勝利を祝して互いに手を打ち合わせた。


「あの魔力を見せられたときはどうなることかと思ったが……」

「意外となんとかなったね」

 二人が胸をなで下ろす。

 しかし、ヘクトルは戦槌を振り下ろした姿勢のまま固まっていた。


「バカな……」


 ヘクトルがつぶやく。

「ヘクトル?」

 怪訝に思ったエバンスが声を掛けた次の瞬間、ヘクトルは大きく飛び下がっていた。

 大きく膨れあがったヘクトルの戦槌のしたから現れたのは銀髪の青年だった。


「いいですね。思ってたよりもずっといい」


 青年の体には傷一つなかった。どす黒い魔力を放つ剣も健在だ。

「マジかよ、おい……」

 エバンスが目を見開く。

 エバンスもエドワルトもヘクトルの一撃を受けて無傷でいられた者など見たことがなかった。

「手ぇ抜いたんじゃねえだろうな?」

 軽口をたたくエバンスだったがその声は少し震えていた。

「バカを言うな。わたしは本気だったさ」

 ヘクトルが答える。

「だったら何でアイツは平気なつらしてるんだよ」

 エドワルトも目の前の光景に混乱していた。


「えっと……来ないなら、こっちから行きますよ」

 困ったように青年が言った瞬間、青年の魔力がさらに膨れあがった。

 標的にされたのはエバンスだった。

 一瞬のうちに間合いを詰めた青年からエバンスの頭に漆黒の剣が振り下ろされる。

「うおっ!」

 とっさに蛇姉妹に魔力を込め、自身の両腕に巻き付ける。即席の籠手で青年の剣を受けた。


「ああ、そんな使い方もできるんですね」


 感心したように言いながら青年は剣を押し込んでくる。

 エバンスは恐怖していた。相手が普通の使い手ならば蛇姉妹の籠手に剣など打ち込めば剣が砕けていただろう。にもかかわらず、この青年の剣は刃こぼれする気配すらない。それどころか、こちらを徐々に押し込んでさえいた。

 信じられない思いで眼前に迫る刃を見つめていると横合いから鋭い声がした。


「エバンス!」


 声に反応して身を伏せると同時に、目の端を銀色の疾風が駆け抜けた。

 それがヘクトルだと気づいたときには戦槌が横薙ぎに振るわれていた。

 伏せたエバンスの上を通り抜けた戦槌は、銀髪の青年を小石のように吹き飛ばした。

 瞬時に恐怖から立ち直ったエバンスは吹き飛ばされた青年の右足めがけて左手の鞭を伸ばす。

 青年の足を絡め取るとその体を引き寄せ、魔力のこもった鞭が絡みついた左手を振り抜いた。


「受けやがった!」


 苦々しげにエバンスが言った。

 青年はエバンスが放ったパンチを両腕を交差させて受け止めていた。

 とっさに右手の鞭を振るい、青年を投げ飛ばす。

 着地した青年は即座に体勢を立て直す。

 ヘクトルが青年に迫っていく。


 青年がこちらに目を向けたとき、ヘクトルはにやりと笑って見せた。

「エドワルト!」

 ヘクトルが叫んだとき、青年の頭上には空高く飛ばした目印の矢に転移したエドワルトがいた。

 エドワルトはこちらを見上げる青年と目が合った。

 驚いている青年に片目をつぶってやると、弓につがえた目一杯に魔力を込めた三本の矢を一斉に放った。

 エドワルトが放った三つの雷は青年に吸い込まれるように落ちていく。


 三騎士が勝利を確信したとき、銀髪の青年は笑った。

 三騎士は青年の凄絶な笑顔に反応する暇がなかった。

 彼らは青年がほぼ同時に迫る雷のごとき三本の矢を切り落としてしまったことしか認識できなかった。

 顔に驚愕の表情を貼り付けたエドワルトに青年は片目をつぶって見せた。

 先ほどのエドワルトと同じように。


銀髪の青年はナイフを取り出すと空中のエドワルトに向かって投げた。

 身動きのできないエドワルトは地面に突き刺した矢を見印に転移した。

 着地したエドワルトに向けて、青年は二本目のナイフを投げた。


 難なく躱せる。

 エドワルトはそう思った。

 全力ではなった三本の矢を同時に切り落とすという離れ業の後の単調な攻撃のせいで、エドワルトは投げられたナイフに必要以上に集中してしまっていた。

 彼は銀髪の青年が印相を組んでいることに気づかなかった。


 エドワルトは難なく躱せると思っていたナイフが分身して襲いかかってくるのに肝をつぶした。パニックになった彼はとっさに転移した。

 最初に矢を突き刺した木に転移した彼が最後に見たのは、目の前に突き出された漆黒の剣だった。


「驚いたら、一番遠くに転移しますよね」


 銀髪の青年のつぶやきは絶命したエドワルトには聞こえていなかった。

「エドワルトォォォ!」

 ヘクトルとエバンスがともに主君への忠誠を誓った騎士の名を叫んだ。


「テメエ……よくも、よくも!」


 怒りに駆られたエバンスが蛇姉妹を両腕に巻き付け、青年に殴りかかる。

「エバンス! よせ!」

 ヘクトルが静止するがエバンスはそれを無視して青年を攻撃した。

「チクショウ! チクショウ!」

 エバンスの連打を青年は苦もなく剣で防ぐ。


 青年はいつの間にか右手だけで剣を握っていた。

「なめんじゃねえぞ!」

 回転速度を上げて青年を打ち続ける。

 片手だけで防御している青年がエバンスに押され始めた。

 エドワルトの仇が討てる。エバンスの頭にその考えがよぎったのは、青年の左手の人差し指に魔力が収束したのと同時だった。


「白雷」


 白い閃光が放たれた。

 エバンスは胸に大穴を開けられることだけは防いだ。

 その代わりに彼は左足を失った。

「があぁぁぁ!」

 肉と骨を焼かれる苦痛にエバンスが叫ぶ。


 足を失って崩れ落ちる彼の額に青年の人差し指が触れた。

 白い閃光がエバンスの頭を撃ち抜くことはなかった。

 駆け込んできたヘクトルはエバンスを抱えて青年から離れた。

「ヘクトル、すまん」

「礼には及ばん」

 弱々しいエバンスの言葉にヘクトルは力強く答えた。

 エドワルトを殺し、エバンスに深手を負わせた青年と改めて向き合う。

 エバンスにはああいったものの、ヘクトルはこの怪物とどう戦うべきなのかわからなかった。

 そんなヘクトルの考えを読んだかのように、青年が口の端をつり上げた。

 ヘクトルが覚悟を決めようとしたとき、エバンスが声を上げた。


「ヘクトル、下ろしてくれ」


「しかし……」

 ヘクトルは迷った。

「俺たちはアイツを倒さなきゃならない。だろ?」

 エバンスはヘクトルの腕をふりほどくと片足だけで立った。

「ヘクトル、俺が合図したら何があっても全力でアイツの頭をかち割れ。いいな」

 エバンスの静かな言葉にヘクトルはうなずくしかなかった。


「テメエをぶん殴らせてもらうぞ!」

 エバンスは銀髪の青年めがけて鞭を振るった。

 青年は伸びてきた鞭を難なく躱す。キレのない鞭の動きに青年が落胆の表情を浮かべる。

「まだまだこれからだぜ!」

 青年に躱された鞭を木の幹に巻き付ける。

 エバンスが腕を引くと彼の体は青年に向かって飛んだ。


「なるほど、こういうやり方もあるんですね」

「さあ、殴らせてもらうぞ!」

 エバンスは腕に鞭を巻き付ける。全身全霊を込めて放たれた彼の拳は青年の脇を通り抜けた。


「なんてな」 


 驚いている青年の隙を突き、後ろから抱きつく。さらに蛇姉妹がエバンスの体と青年の体に絡みつく。


「やれ!」


 青年の拘束が完了するとエバンスが叫んだ。

「さらばだ、友よ」

 悲痛な声とともにヘクトルの戦槌がエバンスごと銀髪の青年を叩き潰すべく振り上げられた。

 一度目の攻撃の時よりもさらに大きく膨れあがった戦槌は頂点で一瞬停止すると、獲物を打ち砕くべく振り下ろされた。

 戦槌がすべてを打ち砕くまでの刹那にエバンスは青年に言った。

「仲良くしようぜ」

 銀髪の青年はこう答えた。

「遠慮しておきます」

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