第26話 崩壊の序曲

「しかしまあ、ずいぶんと派手にやったものだね」

 面白がっている様子でグレースが言った。

「アルヴァン様の手にかかればこの程度は朝飯前どころか夜食前ですのよ」

 得意げに鼻を鳴らしながらヒルデが言った。

「いまいち意味がわからんが、よくやってくれたな。想像以上だ」

 ガスリンが言った。

「ところで前から不思議に思っていたのですが、あなたはこんなところにいて大丈夫なんですの?」

「心配には及ばないよ。牢屋の方にはボクによく似た身代わりを入れてあるからね」

 グレースの言葉にヒルデはうなずいた。


「それで、そちらの進捗状況はどうなってますか?」

 アルヴァンが聞いた。パインデールを乗っ取る計画を話し合うために、四人は再びグレースの隠れ家に集まっていた。

「順調だよ。領主との取引記録のねつ造はほぼ完了している。館に物資を運び込む業者を買収して物資に薬を少しずつ紛れ込ませている。もう少ししたら十分な量が運び込めるはずだよ」 

「その後はどうなるのですか?」

 ヒルデが聞いた。


「まず、安い価格で薬をばらまき、この都市の治安を悪化させる。これにはもう着手しているんだ。次に、衛士隊に情報を流してガスリンを捕まえさせる。そして、ガスリンが領主と取引があったことを告白する。ここまで来れば領民の怒りが爆発してくれるはずさ」

「爆発しなければ僕の出番ですね」

 簒奪する刃に手を掛けながらアルヴァンが言った。

「そのときは頼むよ」


「あなたはどのタイミングで表に出ますの?」

 ヒルデがグレースに尋ねた。

「ボクかい? 領主が麻薬の取引に絡んでいる決定的な証拠が出たときだね」

「そんな計画なんですか?」

「ああ。ガスリンは自白したことを理由に領主が放った刺客に殺されかける。そこをボクの手のものが助ける。そして、証拠を掴んだボクは大衆に向かって領主の罪を公にするって寸法さ。ついでだからボクが投獄されたのも薬の取引のことを知ったからってことにしておくよ。こうしておけばボクも大手を振って世に出られる」


「計画についてはわかりましたわ。ところで、あなたが投獄された本当の理由は何ですの?」

 ヒルデが聞いた。隣に座っているアルヴァンも同じ疑問を持っているようだった。

「そうだね。ここまで来たんだし、話してしまってもいいかな」

 そう言ってグレースは隣のガスリンと顔を見合わせた。

 ガスリンが同意の印にうなずく。


「ボクは戦争を起こそうとしたんだ。五年くらい前かな……とある都市の領主が家族を連れて父上の館を訪れたんだ。ボクはその領主の息子をちゃちゃっと誘惑してボクを襲うように仕向けた。で、彼が襲いかかって来たときに短剣でぶすっとやっちゃったんだ。そこから先の計画もいろいろと準備していたんだけど、計算外だったのは目撃者がいたことさ。ボクの母上だよ。母上は昔からボクのことをあまりよく思っていなくてね、行動を監視していたんだ。実の娘なのに失礼なことだよねえ。

 まあ、ボクは母上の読み通りのろくでもない娘なんだけどさ。……話がそれたね、えーと、事件がボクの罠だと悟った母上は父上と領主にそのことを伝えようとした。ボクは慌てて母上を殺したんだけど今度は兄上にそれを見られちゃってね。で、哀れなボクは秘密裏に投獄され、父上は領主に慰謝料を支払うことになった。めでたしめでたしってわけさ」

 ヒルデはしばらくの間呆然と目の前の少女を見ていたが、ようやく口を開くとこう言った。


「なぜそんなことをしましたの?」

「なんでって、できそうだったからね。ためしにやってみたくなったんだよ」

 悪びれもせずにグレースが言った。

「この都市に来てよかった」

 うれしそうにアルヴァンが言った。

「ボクも君に会えてうれしいよ」

 アルヴァンと視線を絡ませながら笑みを浮かべてグレースが言った。


「ア、アルヴァン様! こんな中古よりも聖女と呼ばれたわたくしの方がよっぽど――」


 二人のただならぬ様子に泡を食ったヒルデが割り込む。


「おや、失礼なことを言うね。あのときはちゃんと襲われる前に刺してやったからボクは清い体のままだよ」


「ぬぬぬぬぬ」

 自分の優位を崩されたヒルデがうなる。


「不安だって言うなら、確かめてみるかい?」


 テーブルからアルヴァンの方に身を乗り出してグレースが囁く。


「だあーーー! だめですわだめですわだめですわ! そんな破廉恥なことはこのわたくしが認めませんわ!」


 両手でテーブルをたたき、ヒルデが怒鳴る。

「おやおや、人のことを中古だなんだと言ったのに都合のいい聖女様だねえ」

 グレースがにやりと笑う。

「ぐぬぬぬぬぬ」

 グレースをにらみつけながらヒルデがうなる。

「ふふっ、ヒルデ君で遊ぶのはこのくらいにしておこうかな」

「まったく、お前はどうしてこう……」

 頭痛をこらえるようにガスリンが額を押さえた。




 四人の会合から半月ほど経ったころ、衛士隊では緊急の集会が開かれていた。

「みなに集まってもらったのはほかでもない、最近のパインデールにおける治安の悪化についてだ」

 衛士隊長がよく通る声で言った。

「治安悪化の原因は判明している。この薬だ」

 そう言って隊長が掲げたのはガラス瓶に入った茶色の粉末だった。

「従来は一部の人間にしか手が届かない値段で取引されていたものだ。だが、ここ最近になって子供の小遣いでも買えるような値段で出回り始めている。嘆かわしいことに実際に子供の手に渡った例もある」

 子供までもが食い物にされているという事実に集まった衛士たちは憤った。


「だが、諸君らの尽力もあって我々は取引の元締めの居場所を突き止めた」

 衛士たちの間にどよめきが広がる。

 隊長は手を振ってそれを鎮めるとこう続けた。


「しかし、奴を捕まえる作戦は過去二度にわたって失敗の憂き目に遭っている。そこで、今回は極秘で元締めの捕縛作戦を執り行う。元締めの名はガスリン。諸君も噂くらいは聞いたことがあるだろう。この都市を裏で牛耳るという大物だ」

 隊長はそこまで言うといったん言葉を切り、集まった衛士たちを見回した。


「『この街を牛耳る』? 『大物』? 馬鹿馬鹿しい! 子供にこんなものを売りつけるような奴にふさわしい呼び名など一つしかない! ガスリンは屑だ! 諸君らが愛するこの街で屑をのさばらせておいていいのか!」

「いいわけがありません!」

「そんな奴はとっちめてやりましょう!」

「屑には牢獄がお似合いだ!」

 衛士たちが口々に声を張り上げる。

「よろしい! この屑野郎に正義というものを見せてやろう!」

 隊長の力強い言葉に衛士たちは歓声で答えた。

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