第128話 魔王ベル(その6)

 マリーは身体を貫かれてもなお、ベルに抵抗しようとするも魔力は消耗し傷を治癒するほどの余力はマリーにはなかったため地面に這いつくばるのがやっとであった。


 「これが人間の限界というものだよ、どんなに魔力が神に匹敵していても所詮人間としての限界を超えられねば話にならん」


 ベルはマリーを見下すように罵り佐藤夏樹は折れたあばらを抑えながら歯軋りを鳴らしながら口をへの字に曲げていた。


 「人間の限界だと?俺の仲間を侮辱するんじゃねえぞ、この腐れ外道が!マリーはお前なんかよりも強えんだよ!魔力を抑えなければお前なんか……!」


 「それなら何故そのマリーという女はあんな無様を晒している?それは奴が弱者であるからだ。そしてジョセフ、奴は俺と同じく強者になれたであろうに弱者の為に戦うとは愚の骨頂」


 佐藤夏樹の脳内は何かプッツンときており怒りが頂点に達しさっきまで感じていた激痛すら忘れていたのだ。


 「おいてめえ……マリーだけでなくジョセフまで侮辱したか?」


 「だから何だという?敗者であるものをいくら侮辱したところで何か問題でもあるのか?」


 ベルは佐藤夏樹に問う。


 「……んぐっ」


 佐藤夏樹は何も言えずただ歯軋りを鳴らしベルを睨みつけることしかできなかった。


 「悪いけどベル、いや……鈴木徹彦!」


 佐藤夏樹は後ろを振り向くとそこには誠が一歩ずつ近づいていた。


 「ようやくお出ましか……神に力を授かったものよ」


 「正直なところあなたに勝てる自信はないけど時間稼ぎくらいはできるとは思っているよ?」


 誠にしては珍しく自信なさげに言うがベルはそれを否定する様子はなく地面をトントンと軽く蹴りかかとを整えたその瞬間、今までに見せなかった闘気が漏れ出しそのオーラはベルの体を覆っていた。


 「死ぬ準備はできているか?」


 「できているように見えるの?」


 誠はベルの質問を質問で返す。ベルの動きはマリーの時以上に高速で接近しその攻撃はとてつもなく重く誠は魔法で防御をしていた。


 「『アースウォール』!」


 誠の発動した土属性魔法『アースウォール』はかなりの強度を持っており流石のベルでもそれを貫通することはできずこの隙に佐藤夏樹はマリーの方へと急いで駆けつける。


 「マリー!」


 佐藤夏樹は石に躓き転んでも立ち上がりマリーの所へと辿り着き何度もマリーの名前を叫ぶ。


 「ちゃんと聴こえているわよ……あたしの命ももう長くはないからよく聞いて……」


 マリーは苦しそうな声で佐藤夏樹に懇願をする。


 「ふざけるなよ!一緒に帰るんだよ!それなのに……」


 「……甘ったれないで!」


 マリーは佐藤夏樹を叱咤し右手を佐藤夏樹の方へと突き出す。


 「あたしの手を握って……あたしと同化することによって君はあたしの能力全てを引き継ぐことができるわ……」


 「そんな……出会ってから一か月経つか経たないくらいしかないってのにこんな残酷なことが……」


 佐藤夏樹は涙をボロボロと零しながらこの現実を受け入れられずにいた。


 「はっ、早く……時間がないわ……あたしは時期に死んでしまう……誠だって長くはもたないはずよ……」


 そういうマリーの右手を躊躇いながらも握りしめマリーは無属性魔法究極魔法『アシミレーション』を発動し、マリーと佐藤夏樹は白い閃光に包まれる。


 「大丈夫よ、君の人格まで変わるわけではないわ……人格は君のものよ……佐藤夏樹」


 (マーリン先生、あなたの予言は悪いことばかりではありませんでした。あたしが別世界の人間を召喚し死ぬという予言はあたしという人間がその人と同化するためのきっかけの一つであることを示していたのかもしれません……マーリン先生、あたしはこの佐藤夏樹の肉体と魂と共にあなたのような偉大な魔法使いを目指していきたいと思います……)


 マリーは心の中でマーリンに感謝の気持ちを述べそして、マリーという存在は結晶のように儚く消滅し佐藤夏樹と同化したのだ。


 「これが、マリーと同化したっていうのか……今までに感じたことのない力を感じるぞ、これこそ異世界チートって奴だな……」


 佐藤夏樹はマリーと同化したことで今までに感じたことのない力が漲り両掌を見て確信した。


 「フフッ……フハハハハハっ、やったぞ!遂に俺は圧倒的力を手に入れたぞ!」


 佐藤夏樹は顔を上げ高笑いをした。


 一方、誠はというと神に授かった力を前にしてもベルには全く通用せず蹂躙されるだけであった。


 「ぐっ……」


 「どうした?神に貰った力で女を侍らせていたようだが所詮己の力では何もできない雑魚同然ではないか。お前もジョセフのように天へ帰る時が来たのではないのか?」


 ベルは誠に最後の止めを刺すべく詠唱を始める。


 「邪神よ、我の怒りと憎しみを力変えて下され……」


 「『レールアローガン』!」


 青白い電流がバチバチと火花を散らしベルの方へと軌道が乗る。ベルは詠唱を途中で止めたため魔法を発動することができずに再度右手が吹き飛ぶ。


 「うぐっ、あの女の気配を感じるというのにさっきよりも威力が高い……そして痛みが……この焼けるような激痛はなんだ……?」


 ベルは出血している右上腕部を必死に再生させようとするも佐藤夏樹はその猶予すら与えずただひたすらに蹂躙する。


 「これは死んだジョセフの分だ……『スパーク』!」


 佐藤夏樹の右掌から『スパーク』を放出し右上腕を抑えていた左手を直撃しベルの左手は大火傷を負いもはや使い物にならない状態であった。


 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ベルは今までにないほどに絶叫し犬のように転がりまわる。


 「何故だ!何故俺が人間に負ける?お前は神に力を授かったものではないのに……ただの人間なのに何故だ!お前は一体何なんだ!?」


 ベルは地面に這いつくばりながら佐藤夏樹の方を見上げ尋ねる。


 「言っただろ?お前の細胞一つこの世には残さんと!」


 佐藤夏樹は地面に這いつくばっているベルにビシッと指をさす。その姿は敵キャラを倒した主人公そのものであり佐藤夏樹が理想としていた異世界ファンタジーでもあった。


 「そして最後は……マリーの分だ!消えろぉぉぉぉ!『煉獄』!」


「うぐっ、俺の体が——焼けていく……うっバカなぁぁぁぁぁぁ!」


 佐藤夏樹が発動した『煉獄』は業火の如くベルの肉体全てを焼き尽くした。


 ベルは肉体が消滅する前に何か悲しげな表情で誠と佐藤夏樹に何か訴えかけているのが分かった。


 「これで……勝ったと思うな……お前達は開けてはならないパンドラの箱を開けたのだ!そうだ、この世界には神でも手に負えない邪神を敵に回したということだ!例えジョセフが生きていたとしても誰も倒すことはできない――」


 「邪神?神でも手に負えない敵なんていたんだ?」


 誠はベルの話を聞きながら肩を竦め唖然とした。


 「てめえふざけんな!例え邪神が相手であろうとジョセフの代わりに俺が殺す!ジョセフの死を無駄にしないためにもな!」


 佐藤夏樹はベルが負け犬の遠吠えをしていると思いあまり信用はしていなかった。邪神が相手でも神の力を授かった誠と同等の強さを手に入れ誠ですら苦戦していたベルを難なく倒したことにより更なる自身を手に入れたからだ。


 「先に地獄で待っているぞ……そしてジョ……セ……フは…………いっ……ぶぐぉわぁ!」


 ベルは最後に何か言い残そうとした瞬間佐藤夏樹の『煉獄』が完全燃焼し肉体と魂はこの世界から消滅し消し炭となり天に還ったのだ。そして死んだジョセフのことを思い出すと涙が流れ佐藤夏樹は『エニィウェアゲート』でワトソン王国の宮廷へと踵を返す。


 マリーと同化したことにより全属性魔法適正があり、魔力も引き継いでいるため当分の間は敵なしであるがジョセフなしでどこまで戦えるのかは謎だ。


 ジョセフが死亡してから2週間が経ちリサは自室に引きこもりベッドでジョセフの名をずっと叫び涙を流しっぱなしでいた。ジョセフが死んだことを信じたくなかったからだ。戦いとは非情であり死んだ人間は生き返らない。


 神様に転生でもさせて貰わない限り、佐藤夏樹の今の力でもジョセフを復活させることはできないのだ。


 そのうえ、マリーを失ったともなれば冒険者として活動する自身さえなくなるのは当然の結果であり誰もがジョセフとマリーを失ったことを悲しんだ。しかしマリーは生きている。


 佐藤夏樹と共に……生きているのだ。


 「マリー、俺は何をしたらいい?ジョセフを失ったリサに……どう声をかけて慰めればいいんだ……?」


 佐藤夏樹は同化したマリーに尋ねる。しかし、マリーは何も答えなかった。


 答えようにも答えられなかったのだ。

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