第122話 迷宮(その2)

 ゾンビがぞろぞろと出現し女性陣は「きゃあぁぁぁ!」と悲鳴を上げだす中ジョセフと誠、佐藤夏樹でゾンビの首を斬り落とし行動不能にしているのだが数があまりにも多くて一体一体丁寧に切り落とすというのは効率が悪くマリーが光属性魔法『浄化』でゾンビ達に憑りついている悪霊を完全に消滅させた後火属性魔法『煉獄』でゾンビの群れを一掃していた。


 「やっぱり女の子ってこういうゾンビとかって嫌い?」


 誠は呑気に女性陣に尋ねると「「「「当たり前よ!」」」」とツッコミを入れる。


 「あんな気持ち悪い爛れた皮膚に触れただけでも気持ち悪いとすら思うわ……」


 レイラの顔は蒼白しておりリサとジンジャーはそれを当たり前のように尋ねる誠に嫌悪感を抱いていた。


 「マリーさんはそういうのどうなんですか?」


 「それは勿論嫌だけどそんな事気にしていたら討伐なんてできないわよ?」


 「そうですけどやっぱりゾンビとスライムは……」


 リサはマリーにゾンビとスライムは嫌いではあるが討伐でそんなことを気にしていられないと割り切っていた。


 「それよりもマリーの魔力量といいジョセフの強さはかなり規格外だよね、それ考えたら私達なんてほぼ無力みたいなものだし……」


 ジンジャーはそんなことを呟きながら俯き始めていた。マリーは「そんなことはない」と励ましの言葉を送っていたが「気休めはいいよ……」と素直に喜べずにいた。


 「ジンジャー、現にここに来てくれたことが俺にとっては心の救いになっている。リサとジンジャーがここにいる、それだけで力になっている」


 ジョセフは自分自身何を言っているのか分からなくなり語彙力が失っていたがジョセフはできるだけジンジャーのことを元気づけようと試行錯誤していた。


 「ずるいよジョセフ、そんなこと言われたら私ジョセフのこと益々愛おしくなっちゃうじゃない……」


 ジンジャーはもじもじと頬を赤く染めいやんいやんと腰を振り顔を両手で覆っていた。


 「これが腹筋われてなかったらもっとよかったんだが……」


 佐藤夏樹が油に火を注ぐような発言をジンジャーにしたことでジンジャーは無属性魔法『身体強化』で身体能力を強化し佐藤夏樹にげんこつを一発入れる。


 「なっ、殴らなくたっていいだろ……大体腹筋われてる女がそんな乙女ぶってるとか普通に考えたらキモいから!」


 殴られた頭部を抱え蹲りながら佐藤夏樹は涙目で胴間声で喚く。ジンジャーもまだ十代の女の子であるが故に無垢な少女でもあることを考えれば佐藤夏樹に非があることはジョセフ以外に誠ですら内心思っていたのだ。


 「佐藤夏樹、あれはお前の余計な一言が原因だよ……ジンジャーの六つに割れた腹筋だって程よく引き締まってて俺は凛々しいと思うぞ?」


 「ジョセフ、お前が変な奴だとは思っていたけどあのゴリラを擁護するなんて俺とお前の友情を壊すことになるぞ!」


 「どう考えても佐藤夏樹が悪いと思うんだけどね……僕は」


 誠が横から割り込むように言うと佐藤夏樹は睥睨しながら「黙れハーレム野郎!」と怒号を浴びせていた。相変わらずの八つ当たりではあるがこれが佐藤夏樹なりの誠への接し方なのだろうとジョセフは思いながら傍観しているだけだった。


 ジョセフ達はいつまでもこんな風に笑える時間が続けばと思っていたが時の流れというものは残酷で魔人族はすぐにジョセフ達の方へと接近していた。


 「俺の下僕達が全然戻ってこないから少し様子を思っていたらこのありざまか……どうやらお前達の誰かがやったようだな?」


 一人の魔王らしき男が尋ねると他の魔人族は「ベル様、早くこいつらを殺らせてください!仲間の敵討ちをしたいんです!」と焦燥感をあからさまに出しベルと言う男が魔人族の顔を握りつぶしそのままポイっと後ろへ投げ捨てる。


 「誰が喋って良いと言った?魔人族のボスはこの俺、魔王ベル様だ。お前達下僕が指図をするでない」


 ベルはアドルフ・ヒトラー以上の独裁者そのものであり、ジョセフは誠からベルは人間であると聞かされていたがチュデルとは違い人間らしさなどは微塵も感じることはなかった。


 配下である他の魔人族はガクガクと震えあがりながら一斉に黙り冷や汗を掻きながらベルに服従するだけのただの木偶人形にすぎないとジョセフはそう感じ取ることができた。


 「茶番はこれまでだ……俺が直々に殺してやる。但しそこのワトソン王国の王女、お前だけは最後に殺すと予告しよう。ワトソン家には色々と因縁があるのでな……命と引き換えに俺を二十年以上封印した先代の国王にやられたこの雪辱を晴らすためにも!」


 「ベル様、自ら手を下さぬとも我らで……」


 「決定権は俺にある。俺が殺すと言ったからには俺が殺すのが道理であろう?俺は間違えたりなどしない、ワトソン家の人間は必ずこの手で殺すと決めている」


 ベルはパワハラ紛いの態度で他の魔人族にはどうしても譲れない思いがあった。


 「正直なところお前が何故人間でありながら魔人族の味方をしているのかはどうでもいいが俺の敵でありリサの命を奪うというのならここで殺す」


 ジョセフは煙草を咥えながらベルに殺すことを宣告する。


 「ほう、。どうだ、お前もワトソン家の……王国の人間と手を組むよりも俺の配下に着く気にはならないか?」


 ベルは落ち着いた声でジョセフを勧誘し始める。今さっき「殺す」と宣告した人間に対してだ。ジョセフはそんなことはあり得ないと思い、漫画やアニメの世界だけのものだと思っていたがこれは現実なんだと実感した。


 「何故お前の配下にならねばならない?それに俺はサングラスをしているのに俺の目がなんて分かるのか?」


 「分かるさ、お前は大義名分を掲げて魔人族を討伐している一冒険者の目をしていない。俺と同じで裏切られ人間の心を失った者の目をしている、俺にはそれが分かるのだよ」


 「悪いが俺はお前の配下になって平服する気などない……俺は俺のやり方で秩序を乱す歪みを、お前を殺すだけだ!」


 ジョセフは魔人族の、ベルの配下になることを拒否する。それはジョセフが人間であるあかしを証明するためにも。


 「そうか、それは残念だ……ならばかかってくるがいい。そして俺の配下にならなかったことを後悔するがいい」


 「何故構えない?」


 「魔人族となった俺に構える必要などない。俺が構えるときは俺自身を守る時だけだ」


 ベルは囁くような小声で言ったその時、一瞬消えたかのように錯覚したジョセフはそう思った瞬間ジョセフの眼前に現れ剣を抜き出し突きを入れようとする。ジョセフは間一髪躱すことができたのだが頬に浅い傷を作ってしまった。


 「はあぁぁぁぁっ!」


 『スパーク』を纏わせた右拳でベルに正拳突きを入れようとするもベルはその軌道を予想していたのかすんなりと避け、ベルはジョセフに連続して剣撃を入れる。


 ジョセフはベルの剣撃を間一髪回避したからこそ傷口は浅く済んだがそれでも血液が水鉄砲の如くプシューっと音を立てながら出血しジョセフは瞬時に光属性魔法『ヒール』を脳内で発動し傷口を塞いだ。


 「ほうっ、俺の攻撃を上手く躱せるだけでなく呪文名を言わずに魔法が発動できるとはな。益々俺の配下にしたくなった」


 ベルは不敵な笑みを浮かべジョセフを仲間に引き入れようと勧誘を辞めていなかった。


 「……お前しつこいな。その様子だとお前女どころか男友達もいないだろ?」


 「いたさ、だが愛だの友情というものを信じていた情けない過去を捨てることができたからこそ今の俺がある。」


 ベルはラノベ主人公の見た目を少し悪魔風にしたらこうなりますみたいな風貌をしてはいるが強さは折り紙付きでチュデル以上誠未満と言ったところだ。鈴木徹彦という日本人としての名を名乗っていた頃にどのような出来事が起こったのか、どのようにしてこんなことをしているのか考える気にもならなかったが分からなくもなかった。


 「名は何という?」


 「どうせ殺されるのなら名乗る必要もないと思っていたがお前の名を知っているのにお前が俺の名を知らないというのも不平等ってやつだな、ジョセフだ。ジョセフ・ジョーンズだ」


 「ジョセフか、お前の攻撃などは止まって見える。そして俺の配下になればお前は神をも越えられる逸材にもなれる!だから俺の配下になれ!」


 「神をも超えられる?……しかし断る!俺は秩序を乱すお前の配下にならないと言ったはず、そしてお前の攻撃はすでに見切った」


 ジョセフは口に咥えていた煙草を地面に落としそのまま地面に踏みつけグシャグシャと擦り付ける。


 「俺の攻撃を見切っただと?」


「そうだ」


ジョセフは昔の漫画の主人公のような台詞を吐き捨てる。


「ぐぅおぉぉぉぉぉお!」


 ベルは唖然としながらも次の瞬間咆哮をあげながら速い突きを打ち込みその軌道は悪魔的ではあったが行動パターンが同じであったためジョセフは予め予測することができた。


 「何ぃっ!」


 「ウリウリウリウリウリウリウリウリウリィヤァァァァァァァァァ!」


 ジョセフにベルの胴体に『スパーク』ラッシュをいつもより速く、胸部、肩、腹部に打ち込みを入れ渾身の一撃として『パープルサンダー』で最後を決める。


 ズズズズッっと地面に引きずられるかのように吹き飛ばされたベルは吐血し始め息を詰まらせていた。魔王を名乗るだけのことがあってか『パープルサンダー』で胴体に穴を開けることこそできなかったがそれなりに死ぬ危険性のあるダメージは与えたつもりだ。


 「ここまで俺にダメージを与えられるとはな……」


 「これで終わりだ、お前の心臓と肺は膨張した後に破裂し肉体はこの世から消え去る。お前の命はあと5秒といったところだ」


 ジョセフは自信気にベルに死の宣告をした。


 「?」


 ベルはそのまま自分が死ぬの認めたかのように頷き「いち、に、さん」と数え始める。ジョセフは冷や汗を流しながら口内に溜まった唾液をごくりと飲み込みながら脳内で秒数を数えていた。


 「し~、ご」


 その時だった……。


 ジョセフの膝が竦むようにガクッと崩れ落ち吐血しながら四つん這いになった。


 「……ぐっ、ばかな……手応えはあったっていうのに……ぐはっ!」


 「光属性魔法『スパーク』と光属性と闇属性の複合魔法『パープルサンダー』の連携攻撃は見事なものだったぞ。これは誰にでもできることではない。しかし『パープルサンダー』は高出力の魔法ではあるが同時に肉体に強大なダメージを与えるいわば諸刃の剣ともいえよう魔法でもある。俺だからこそ死なずに済んだが配下の魔人族供がお前の攻撃を受けていれば確実に死んでいただろうな」


 「ジョセフの『スパーク』と『パープルサンダー』を以てしても倒せないなんてまるで地獄絵図じゃない……」


 「そんな、ジョセフ様!」


 ジンジャーとリサの表情は絶望に飲み込まれ希望を失っていた。


 「ジョセフ、君ならいい友人になれると思っていたのだが少し残念だ……ここで殺すには惜しいとすら思っていたが敵となるなら脅威になるであろう、だからここで芽を摘ませてもらう!我に与えし闇の力よ、今こそ力を示したまえ『ディファレントボム』!」


 ベルの右手から出現したバチバチと電流を発しながら禍々しさすら感じさせる黒い球体は半径3メートル以上もの大きさがありベルは躊躇いを感じながらもジョセフに向かって投げつけた。


 黒い巨大な球体に身体を飲み込まれそのままジョセフはこの世界から消え去るのかと実感し、目を瞑りながらリサに「愛してるよ、ありがとう……」と言い残せなかったことを悔いに感じながら意識を失いかけ、プレイヤーがゲームオーバーとなりプレイしているアバターが消失するかのようにジョセフの肉体はエフェクトでもかけられたかのように体が薄くなり、黒い球体が圧縮したと同時にジョセフはこの世界から黒い球体とともに散った。

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