第40話 見えない交渉作戦、始まる

 サマンサとはったんが蚤ヶ島に交渉に行くことになった。アヒル防衛大臣は、すでに蚤ヶ島新政府に顔も素性も知られている。しかも蚤ヶ島軍を熟知している人物であることは分かっているはずだ。そのためあひるランドに残り、数少ない部隊を再編し、さらには志願兵を集めることに注力する役割を担った。サマンサたちが蚤ヶ島で交渉しているあいだに崩壊に瀕しているあひるランド軍をいち早く再建しなければ間に合わない。


 サマンサとはったんは別のルートで蚤ヶ島に潜入することにした。

 あひるランドに戻っているあいだ、はったんは当然、大統領官邸に姿をみせていなかったが、おそらくまだ大統領秘書見習いのままであろう。人手不足で簡単に新しい秘書がみつかるはずはないと踏んでいた。あのときのようにベニヤ板の下を潜り、下水道を通って蚤ヶ島に入ることにした。

 一方サマンサはあひるランド首相として蚤ヶ島に入るつもりだった。

 その後、蚤ヶ島でふたりは落ち合うという計画だった。


 サマンサは蚤ヶ島との国境を堂々と越えた。

 すぐに国境警備隊に身柄を拘束されたが、交戦中ではあれ隣国の首相である。無下むげには扱えない。

「私があひるランド首相、ドバトのサマンサだ」

 警備隊はひるんだ。

「かつて枝子大統領の部下でもあった。大統領に会いたい」

 サマンサは丁重ていちょうに護送車に乗せられ大統領官邸へと運ばれた。

「やっと社長、ボスに会えるのか・・・こんな形で」

 独り言のようにつぶやいた。


 その頃すでにモグラのはったんは、ふたたびベニヤ板の下をくぐり抜け下水道を走り抜けていた。一度通った道だ。すぐに官邸前のマンホールに辿たどり着いた。

「秘書見習いの頃以来だ。ここに来るのは」

 はったんは懐かしそうに周りを見回していた。


 マンホールから出て官邸へ向かった。受付を通り抜け大統領室に何ごともなかったかのように入った。

「あら、はったん。しばらく見なかったわね。どうしてたの?」

「はい閣下。少し体調を崩してまして、連絡できなくてすみませんでした。でももう大丈夫です」

 はったんはことさらに元気な様子をみせて言った。

「そうなの。気をつけてね。今日からまた秘書をやってくれるの? 人手不足でね、見習いから正式な秘書官になって欲しいの。第二秘書官だけどいいかな」

「承知しました。努めさせて頂きます」

 はったんは枝子大統領に笑顔で答えた。


 そのとき第一秘書官が大統領室に入って来た。

「閣下に会いたいというものが参っています」

「だれなの? また要望書かしら」

 第一秘書官は枝子に近づき耳打ちをした。

「あひるランド首相のドバトのサマンサです」

 一瞬枝子は表情を変えたが、すぐに笑顔を作りちらっとはったんの様子をみた。

「第一応接室に通して」

 そういうと枝子は席を立ち大統領室を出た。



 枝子大統領は応接室の前で静かに深呼吸をし、第一秘書に目配せをしてドアを開けた。

 サマンサがスーツを着てぎこちなくソファーに座っている。枝子をみると立ち上がり頭を下げて言った。

「社長。お久しぶりです。受け子のサマンサです」

「サマンサ、時間がかかり過ぎじゃない。ユーラシアの果てまで来てって言ったのに、待てど暮らせど来やしない。心配してたのよ。どうしたの」

「それが、ユーラシアの上空を飛んでいるときに頭が取れてしまい前がみえなくなってしまったのです。それで辿り着いたのがベニヤ板の向こう側、あひるランドでした」

 枝子は、話しを聞きながらゆっくりとソファーに腰掛け、秘書にお茶を持ってくるよう指示して言った。

「このドバトはね、私が村にいるとき一緒に働いていたの。蚤ヶ島新政府の人手不足もあってこっちに呼び寄せたのよ」

 枝子は続けてサマンサに聞いた。

「それがどうしていまはあひるランドの首相に?」

「突然、ダニが繁殖してしまいまして、アヒル政権は崩壊してしまったんです。ほとんどのアヒルがやられてしまいました。ぼくはハトですから自由に空を飛べます。ダニから簡単に逃げられるのです。それで新しい政府の首相にと白羽の矢が立てられた分けです」

「ダニが! あそこにダニが繁殖してるの」

 枝子ははじめて聞くように驚いた様子で答えた。

「それで、もうどうにもならなくなって、何とかあひるランドを逃げ出して蚤ヶ島に来たという分けです。それにボスとの約束もありますし」

「そうなの、大変だったわね。それであひるランドの首相を辞めて逃げ出してきたって分けか・・・。ところで太郎やおばあさんたちは元気にしてる?」

「たぶんみな元気だと思います。でもしばらく会っていないもので」

 運ばれてきたお茶をすすりながら枝子はサマンサの話しを聞いていた。サマンサもひととおり話し終わりお茶を飲んだ。


 しばらくの沈黙のあと、枝子が口を開いた。

「ここに来て欲しいといったのは、実は事情があるの。私の手伝いをして欲しいの。以前村でやってたデリバリーや受け子とさほど変わらないものよ。あなたは頭も切れるし仕事も出来る。ぜひ政府の中枢で働いてもらいたい」

「福祉活動ですか。あひるランドにいるときに聞きました。ボスが蚤ヶ島の腐敗した旧政権を倒し、国民のために必死で働いていること、これはもう向こうでも大変な噂になっていますよ」

「そう。それなのよ。この国の蚤たちの生活をもっと向上させなければいけない。しかしそれがまだまだなの。なんとか明日からでも手伝って欲しい」

「分かりました。精一杯やらせていただきます」

 サマンサはそういうと応接室を出た。


 その途端とたん、枝子は厳しい表情で、第一秘書をソファーに座らせ話し始めた。

「どういう積もりかしらね、子どもの遊びじゃないのよ。でもこっちも有利という分けじゃないからね。少しエサを撒まいてみましょうか」





(つづく)

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