225 教皇就任祭 その1


 歓声の嵐だった。この日は神国の全ての人間が集まったかのような有様だった。

 晴天の空の下を、この祭の主役たちが練り歩いていく。

 街の中央、この日のために整備された馬車用に整備された大通りを、巨大な馬の形をしたモンスターであるバトルホースに牽かれた馬車が何台も、何十台も通っていく。

 このバトルホースはくじら王国より奪ったバトルホースを繁殖させたものをレベリングして育てた神国産のバトルホースだ。

 騎馬の軍事技術が少ない神国ゆえに、くじら王国の降伏兵以外は戦争には投入されないが、これからこのバトルホースたちは神国の中で輸送で活躍することになる。そのお披露目でもあった。

 わぁ、と強い歓声が上がった。

 天秤宮リブラ、この祭の主役である老人が舞台の上で民衆に向けて手を振ったからだ。

 舞台――そう、一際大きい神国産のバトルホースが牽く大舞台のついた馬車に天秤宮が乗っている。

 この祭りのために作られたのだろう、ニャンタジーランド産の木材によって作られ、バトルホースによって牽かれた馬車は、まさしく神国アマチカという国家が先年のくじら王国との戦いでどれだけの戦果を上げたかの象徴だった。

「女神アマチカ! 万歳! 万歳!!」

 大通りの脇には歓声を上げ続ける人々がいる。祈りにも似た言葉を呟き続ける老人がいる。

 神国アマチカの各地の小神殿では今日、この日だけは、無料で食事と酒が振る舞われている。


 ――神国アマチカ、教皇就任祭。


 まるで誰かの描いた絵をそのまま現実に持ってきたかのような光景に七龍帝国女帝イージスは気分の悪さを覚えた。

 護衛についてきている騎士の一人がイージスに小声で「どうされましたか?」と問いかける。

 七龍帝国の女帝であるイージスたちもまた、大型の馬車の後ろに帝国から持ってきた馬車でついてきている。

 帝国文化を見せつけるための女帝専用車両は外観こそ勇壮かつ美麗だが、性能としては神国のものに数段劣っている。

 数年前に作ったきり、新しくしていないからだ。わざわざ設計して作り直すだけの手間をイージスが惜しんだからだ。

 それはきっと鑑定スキルで見ているだろう神国の連中にはバレていることで、それがイージスにはなんとなく悔しくなる。

 イージスは「なんでもない。黙っていろ」と騎士を黙らせてから通りにいる観衆に向けて手を振ってやった。


 ――帝国の印象を良くする小さな努力だ。


 これから起こすことを考えれば、神国に対して多少の疑いを晴らす努力はしておくべきだろう。兵の動きや食料の流れから帝国軍の動きには感づかれているだろうからだ。

 とはいえ神国国民のイージスを見つめる視線はけして快いものではない。

 だが、近畿連合や北方諸国連合、くじら王国と様々な国が使節を送っている中、国主の参加は七龍帝国のイージスと護法曼荼羅のセンリョウだけだ。

 ゆえに、高位の貴人であるイージスを見る観衆たちの視線は好悪が入り混じった複雑なものだった。

 隣国における特等の貴種に対する憧れの視線。

 戦争を仕掛けてきた野心あふれる女帝に対する嫌悪の目。

 とはいえイージスが民衆に手を振るその行為はほとんど無意識に近い。

 彼女の意識は自分の数段前の馬車に乗っている処女宮に向いていたからだ。

(うまくやったものだな処女宮……以前のこの国は、清貧そのものといった連中が雁首揃えていた、と聞いたが)

 豪奢な馬車に乗る帝国の使節をアホ面下げて眺めていたと外交官からは聞いた記憶がある。

 それが今となっては、帝国の旧式の馬車に恥じ入るような気分で女帝が乗るハメになっている。

 鋼鉄武器を原始人の国と思い、値を釣り上げて売りさばいていたときとは違うのだ。

 今の神国には他国に武器を輸出する余裕があり、そこには帝国もよくわからない生物兵器スライムなども混じっている。

(明治維新の為政者たちもこんな気分だったんだろうか……)

 教科書やドラマなどで見た知識が蘇る。火縄銃だの刀だので戦争をしていた日本という国が外国からの圧力で開国する際に、西洋式の銃だの大砲だの船だのを輸入していた。

(ミニエー銃だか、ゲベール銃だかなんだかあったらしいな)

 イージスにそれの違いはわからないが、同じ素材で作っても構造が違うだけで威力も射程も変わるのだという。

 ちなみに帝国も銃のレシピをいくつか持っているが(素材も固有技術もないので作っていないが)、ミニエー銃などのレシピも持っている。


 ――結局のところ武器とはそれだ。


 開発しても開発しても武器の技術に果てはなく、数年前は最新式だった武器が今ではなんの交渉材料にもならなくなる。

(それに山梨という土地では新技術の開発にも制限がかかる。戦争は、しなければならなかった)

 土地で手に入る素材の量や種類やレアリティの制限。

 一国という土地の限界に達した今、新しいものを作ろうとするならやはり土地を広げるという選択肢しかなくなるのだ。

 貿易で手に入るにもお互いの国でしか手に入らないものは誰もが値段を釣り上げたくなる。

 そして、やがてそれは奪い取ってしまった方が早い、という感情へと変わる。今のままではいられないと願う帝国や王国が開戦へと向かうのは自然な流れだった。

(くじら王国や魔法王国ではなく、神国と手を組んでいたなら……いや、その仮定は無意味か……)

 三国同盟を組んだ時点では神国は滅亡寸前だったのだ。

 何もなかったら滅んでいたのは神国だ。

 使徒ユーリというイレギュラーが生まれなければ連合軍が負けることはなかった。

(負け惜しみなど考えるのは情けないがな。小国なればこそ、人間一人で国は変わるか)

 対する帝国は状況が全て裏目に出てしまっている。

 神国と無理やり開戦し、魔法王国と組んでまで攻めたというのに敗北し、十二龍師を二名失い、敗戦のままにアップルスターキングダムに挑み、追い詰めるもアマゾンの参戦で敗北した。

 これからの帝国が神国のように持ち直すことができるかと言えばそんなことはない。

 ユーリのようなイレギュラーが生まれればなどという期待もできない。

 不戦条約が機能し、ニャンタジーランドという弱国が隣接していた神国と帝国は違うのだ。

 状況がまた悪化すればどうしようもなく滅ぶのが帝国だろう。

(それをさせぬためにも、神国を倒さなければならない)

 亡国の女帝とならぬよう、努力しなければならないのだ。


 ――馬車の速度が落ちる。


 先頭の旗持ちたちが大神殿の前にたどり着き、立ち止まったからだ。

 先頭に合わせて、女帝たちの馬車も停車する。

 ざわめきが静まっていく。舞台の上に立っていた天秤宮が大神殿前に設置されている女神アマチカ像に向かって祈りを捧げた。

 どこかでこの様子を観測していただろう帝国の諜報兵たちが、実行部隊に連絡を入れたのだろう。

 女帝のインターフェースに部下たちが動いた報告が入る。

(さぁ、やるか)

 護衛の騎士たちは帯剣はしていない。だが素手でモンスターを殺せるスキルの持ち主を連れてきている(隠蔽スキルで鑑定対策も行っている)。

 今から帝国は神国内に混乱を起こす。

 帝国は、その混乱に乗じて天秤宮を殺すのだ。


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