219 前夜 その2


 ケリケリュウスとその同志たちが集まっているアパートメントの居室、その隣のアパートメントに神国諜報部たちの姿があった。

 窓の外からは陽気な音楽が聞こえてくる。

 住人から部屋を徴収し、監視用の部屋として利用している諜報兵の一人ムラサキは「こいつら、自分たちがテロを起こす自覚があるのかよ」と呟いた。

 隣で望遠鏡を構えて監視を続けている諜報兵の一人が小声でムラサキに答える。

「ないんでしょうよ。自分たちがユーリ様の一番の理解者だと思いこんでる阿呆です」

「そうだろうな。それで奴らの会話はどうだ?」

 Rよりも下のレア度であるHNレア度のスキルである『捕捉』持ちの諜報兵が首を横に振る。

 『捕捉』は遠くの何かを捕らえる・・・・だけのスキルだ。熟練度が上がればそれがなんであれ捕捉できるスキルだが、拘束力はほとんどないためにゴミスキルだと扱われていたものだ。

 ゆえに、この諜報兵ももともとは農業ビルに押し込められていた兵だ。

 山賊の教化を期にビルから出られた彼もまた、ユーリには多大な恩がある。ユーリ派といえばユーリ派だが、ケリケリュウスたちと彼の考えは異なっているようだった。

「声を捉えて聞いていますが……重要な会話はないですね。符号を使ってる気配も。完全に素人ですよ。本当に帝国の諜報兵が混じっているんでしょうか?」

 ムラサキはテーブルの上に置かれたパッケージングされた水に口をつけ、表の出店で買ってきた肉料理を食べながら部下の質問に答える。

「いるよ。山賊上がり、って設定・・の帝国兵がな。俺たちじゃ気づけなかったが、元帝国諜報兵のバリーが見抜いた」

「さすがは鷹の目って奴ですね……」

「なぜ奴が協力してるのかは謎だがな。不気味だが役に立つ男だ。俺たちじゃ天秤宮様暗殺の情報は掴めても、祭の間に撹乱に何を起こされるかは掴めなかった」

 諜報スキルの熟練度を上げることで隠蔽率を上げて敵国の市民に紛れたり、聞き耳を効率的に行うアビリティや敵国内で不穏な噂を浸透させるための『言いくるめ』や『説得』アビリティが習得できるが、スキルにはこういった破壊工作を具体的にどう行うかのアドバイスはない。

 スキルの使い方とは自分たちで生み出すことしか獲得できない概念だ。

 この自分で生み出さなければならない概念の中には、かつてユーリが天蝎宮に依頼した敵の三国同盟を仲違いさせるための噂の活用法や、くじら王国がニャンタジーランドで行っていた政治工作なども含まれる。

 神国アマチカの諜報兵たちは、自分たちがそういった面では未だに幼稚なことしかできないことを自覚していた。


 ――神国の諜報が育っていないのは処女宮ヴァルゴが保身のために、内部統制を完璧にしすぎたがゆえの弊害だった。


 神国では信仰ゲージを高く保つために最低限の衣食住が保たれ、全国民の教育水準も高く設定されている(帝国や王国は下層民に対しては教育を行っていない。費用と手間がかかるからだ)。

 ゆえに神国は国内の様々なことを成長させるまでは、治安がよく、善良な(カルマ値という意味で)人間が多かった。

 また神国の地形的、内政的な特徴として、他国の諜報が入り込みにくいという面もある。

 だからかつての神国は内部監査や、諜報の技術が育たなかった。

 問題が起きなければ、対策も育たない。

 不穏なことを考える者がいなければ、それを抑えようとする技術は育たない。

 もちろん天蝎宮の権能や雷神スライムを使えば情報を取得することは容易だろう。だがそれ以上を求められたとき、神国の諜報が可能なことは少なかった。

 具体的な諜報兵の運用方法が確立されていない。

 対して帝国や王国、魔法王国の諜報は三国同盟を組む以前の暗闘――凄絶な諜報戦のおかげで諜報兵の運用方法が確立されていた。

 ダンジョンによるレベリングでステータスやアビリティという意味では他国に追いついた神国諜報兵たちも、その運用という意味では、いまだに帝国の水準には届いていないのだ。

「悔しいですね……自分の国の大事だってのに……」

「これが終わったらバリーに学べばいい。そのためにも今回はなんとしてでも防がないとな」

 侵入に関してもだ。今回は利用することに決まったが、そもそも諜報兵の侵入に気づいていればこの騒動が起こること自体を防げたのだ。

 ムラサキたちはバリーから教わらなければ、山賊に扮して侵入してきた諜報兵に気づけなかった。


 ――ステータス、忠誠値や信仰ゲージを含めたそれらは『偽装』アビリティで偽装することができる。


 他国への秘密裡の侵入が、諜報スキル持ちにしかできないのはそれが理由だ。

 何も行わなければ鑑定スキルや君主、十二幹部のインターフェースによってステータスが看破されてしまうために、諜報活動には専門のスキルを持った人間が必要なのである。

 もちろん鑑定スキルの『看破』アビリティで偽装は無効にすることができるが、それも相手の諜報スキルの熟練度次第では防がれる。

 ちなみに神国で最も高ランクのステータス偽装を己に施しているのは処女宮ヴァルゴだった。これは本人とクロ、ユーリしか知らない情報である。

「それでそのバリーさんは、何をしてるんですか?」

 部下の質問だ。ムラサキは答える。

「明日は小神殿占拠に合わせて国内各地でいくつかの事件も起こる予定だ。俺たちと同じだ。それの監視だよ」

 部下が小さくため息のように吐息を零した。

「憂鬱ですね……なぜユーリ派の連中は、女神アマチカの決定に逆らうような真似をするのか」

「どうせ捕まりゃ全員牢屋行きだろうにな。いや、下手に温情を掛けずに処刑されるのか……」

 政治のことを考えるのは自分たちの仕事ではないか、とムラサキは言葉を打ち切った。

 どちらにせよ、下で馬鹿騒ぎをしている馬鹿どもが明日以降、同じ待遇でいることはない。


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