206 ニャンタジーランド教区にて その2


 ニャンタジーランド教区の私の執務室での話である。

「それで、結局センリョウ様はいつまでこっちにいるんですか?」

「いつまで? いつまでってもな」

 外交担当の双魚宮様が来るまでニャンタジーランド教区にて賓客として扱うことになった、旧四国領域の二ヶ国を支配する『護法曼荼羅』の君主であるセンリョウ様は、テーブルに並べられたニャンタジーランド料理をたらふく食べながらにやりと笑った。

「今回の俺の目的は神国と通商条約を結ぶことだがな。未来の商売相手の国に新しい国主が立つんだ。せっかくだし教皇就任祭に招待されることにした」

 くくく、と彼は笑う。その手には隷属させた高レベル鳥系モンスターに生ませた、ひな鳥をまるごと甘く煮たものが握られている。

「招待状の方はどうなってるんだ? ユーリ」

「私の招待枠で呼んでもいいんですけどね。一応、本国に確認をとってますよ」

「そうか、なるべく早くにしてくれ。俺も国から使節団を呼ばなくちゃならねぇからな」

 センリョウ様は大口を開けて、手に持ったまるごとの鳥に齧り付く。

「お、美味いな。ここの料理は特に美味い。うちはまだまだ国としては未熟でな。国を奪ったばっかりというのもあるが、もともとの技術ツリーが――いや、睨むな睨むな毘沙門天」

「技術のことまでは話しすぎですよ。センリョウ様」

 センリョウの背後に立つ『護法十二天』の一人、毘沙門天と呼ばれる女武者が軽く主の肩に手に持った刀の柄を乗せて押し留めた。

「ユーリには成功した先達として、うちの国の問題点を教えてほしいと思ってたんだがな」

「気を許しすぎです」

「おいおい、六千の兵で四万のオーガを殺す男だぞ? 気を許すも何も、こうしてここにいる時点で俺たちはユーリの腹の中なんだぞ毘沙門天」

 ぐ、と私を睨みつけてくる女武者に対して、私は肩をすくめるばかりだ。

「センリョウ様。そうではなく、国は大丈夫なんですか? 四国の二ヶ国を奪った以上、貴方の国は残りの二国に狙われている立場でしょう?」

 へ、とセンリョウ様は私の質問に笑って答えた。

「一ヶ月程度俺がいない程度で揺らぐ国じゃねぇさ。仲間も優秀だしな」

 それは羨ましい、という言葉を飲み込み、私は「それなら構いませんが」と納得した空気を出してみせる。

 大丈夫ならいいさ。未来の同盟相手が、君主が本国にいないから滅んでいたではこの先の予定など立てられないからな。

 そんな私の気分など知らぬとばかりにセンリョウ様が問いかけてくる。

「それで教皇就任祭はくじら王国の鯨波だとか帝国のイージスだのは来るのか? 俺も奴らには会ったことがないからな。ちと顔を合わせてみたい」

「いえ、流石に君主である彼ら自身が来るほど彼らも愚かではありませんよ。まぁ、使節ぐらいは来ると思いますけどね」

 そうか、と頷くセンリョウ様。

 彼らは来ない、ではなく来れない。

 神国がなんらかの手段で、幹部を自殺もさせずに捕らえられることを知る帝国の女帝や魔法王国の女王は絶対に来ることはない。

 その情報を共有しているであろう鯨波もだ。

(私たちも、奴らが私たちの手の内に現れたなら、それなりの行動を行ってもおかしくないからな)

 戦争をするというのはそういうことだ。誰もが狂気に陥る危険性があるのだ。

 それは私とて例外ではない。目の前に鯨波が現れたら、うっかり・・・・鯨波を捕らえてしまいたくなるかもしれないのだ。

 ああ、そうだ。であるならば、目の前の新たな君主に注意ぐらいはしておくべきか。

「あの……センリョウ様、毘沙門天様もですが、『大聖堂』の蘇生を活かしてきちんと自殺する術を用意してますよね?」

「失礼だがユーリ殿。そうさせないために私がいるのだ。私がいる限り、我が主には傷一つつけさせんぞ」

 黒髪の女武者は私を睨みつけて言う。だが私としてはその認識は少し改めて欲しいと思っていた。

「毘沙門天様、私は四国あちらの事情にそこまで明るくありませんが、だからといってあまり関東勢われわれを舐めないでいただきたい」

 む、という顔をする毘沙門天様。強気な私に対して多少たじろいだ気配を見せてくるが「どういうことだ?」と強気に問いかけてくる。

 私は口角を釣り上げ、不敵な感じで答えてあげることにする。

「少なくとも、エチゼン魔法王国の十二魔元帥ならば貴女を近づけさせずに捕縛することぐらいなら容易いでしょう。くじら王国もそうですね。地霊十二球を一人知っていますが、貴女一人ぐらいならば一人でも倒せるお方です」

 鑑定したところ毘沙門様のスキルはSSRだが、レベルは30前後だ。

 護法十二天の権能が何かは知らないが、私一人でも勝てなくはないぐらいの能力値だ。

 そんな彼女が他国の領土でそのような認識では困る。

 君主でありながら敵国に来たセンリョウ様もそうだが、どうにもこの二人は少し不用心にすぎる。

「ユーリ殿、それは少し失礼ではありませんか?」

 気分を害した毘沙門天様に言われるも、私は逆に睨みつけてやる。執務机の中から鑑定ゴーグルを取り出して、彼女に渡してやった。

「鑑定スキルのついた道具です。それで私を覗いてみてください。私のレベルは貴女の倍はありますよ。私は子供ですが、もちろん私は貴女に勝てます」

 鑑定ゴーグルで私を見た毘沙門天様がむ、と低く唸る。数値を確かめるように、鑑定ゴーグルで自身とセンリョウ様を確認している。

「だってよ、毘沙門天。言われちまったな」

 悔しそうな顔で私を睨む毘沙門天様に、気楽な顔でセンリョウ様は食べきった鳥の骨を皿に上に放り投げ、油に塗れた手を傍においてあったタオルで拭っている。

「だがまぁユーリよ。俺らはそういう見聞も兼ねて来てんだよ。俺たち四国勢は関東ほど派手な戦争はやってねぇからな。だからこうやって外の世界を知らなきゃ、ミカドに一息に飲まれちまうのさ」

 学生服を模した君主服の青年は、そう言いながら腰の剣を叩いた。

「さて、飯も食ったことだし食後の運動にこの前の犬の剣士殿を貸しちゃくれねぇか?」

 腹ごなしに手合わせがしてぇ、とセンリョウ様は言った。


                ◇◆◇◆◇


 センリョウ様のお願いで呼び出したドッグワンに手合わせの件を伝えれば彼は快く頷いてくれた。

 私としてもドッグワンはセンリョウ様の事情を知っているので任せるのにちょうどいい。

 ドッグワンに連れられて、「じゃあなユーリ、俺らは行くぜ」と、センリョウ様と毘沙門天様は私の執務室から出ていった。

 訓練場に向かってだ。元気な彼らはこれから戦闘訓練をするのだろう。

 彼らの接待役は私で、ついていった方が外交的にもいいのだが、私にももちろん日常業務がある。

 ずっと彼らに付き合っているわけにもいかないので(賓客なので接待は仕事だが、それはそれとして優先順位はある)、今後の接待役はドッグワンに任せてもいいかもしれない。

「……なんなんですか? あの方たちは……」

 そんなことを言いながら双児宮ジェミニ様がひょっこりと執務室の横にあった給湯室から顔を出した。

 センリョウたちから隠れていたのだ。とはいえ、双児宮は完全に隠れていたわけではなく、ときおりお茶などは出してくれていた。

 だが同席することは拒んでいた。どうやら彼らが近畿連合や北方諸国連合の人間とも違う感触だから少し怯えているようだった。

 私の前ではがんばって大人の真似をする双児宮様だが、その本体は学舎に籠もった箱入り娘で、人見知りなのだ。知らない外国の大人が少し怖いのかもしれない。

 政務を行う私についてきて、獣人たちとの会談などにも顔を出す彼女だが、そんなときに私と他者の会話に口を出さないのは、私を尊重しているというのもあるが、その人見知りの性質が大きい。

 私は不安そうな顔をした双児宮様が安心するように、努めて穏やかに言う。

「旧四国領域からの客人ですよ。先日、偶然にも港に彼らの船がつきましてね。話を聞けば貿易ができる国を探していた、ということなので私から双魚宮様への紹介状を書きました」

 双魚宮様が到着するまで彼らは私預かり、ということを双児宮様に説明する。

 あの狂気に満ちたアリスのお茶会の話を表でしないのならば、スマホの電源を落として彼らの存在を隠す理由はなく、こうして自由行動も許せるのだ。

「彼は、その、センリョウでしたか? 随分ユーリと親しげでしたが?」

「親しげ、ですか?」

 格別親しくしているつもりはないが、双児宮様にそう見えるということはそうなのだろうか? いや、違うか。

「そう見えるということは、恐らくセンリョウ様の距離の詰め方が上手いのでしょう。私としてはそこまで親しくしているつもりはありませんので」

 それは私が持っていない、生来のカリスマという奴だ。

 確かにセンリョウ様にはそういう気配がある。

 転生者という特典よりも生来の性質か……あの方はコミュ力が高い。人との接し方が上手なのだ。

 十二幹部を籠絡して君主から国を奪えたことといい。もしかしたらセンリョウ様は生来の人たらしなのかもしれない。

「双児宮様はセンリョウ様に興味がありますか?」

「いえ、あまり――他国の、それも大人の男の人ですからね」

 言いながら、むしろ少し怯えた様子を見せるのが双児宮様である。

 彼女は子供の姿かたちをしているためか、身体に精神が引っ張られており、大人の男性に対しては警戒心が強いようだった。

「ああ、それよりもユーリ。こんなところでゆっくりしてていいんですか? 今日は獣人の有力者との会合があるのでは?」

「ええ、そうですね。わかってます。ですがちょっと片付けておきたい書類が……」

「書類が、ではありません。さっさと支度をしてください。何かトラブルがあった場合、間に合わなかったでは済まないんですよ?」

 トラブルが起こらないように治世をしっかりしている――という言い訳をしそうになり、私は口を閉じる。

 双児宮様の言うことも確かだ。どうにも最近は教区内がきな臭い。

 旧茨城領域での戦勝の情報が他国に伝わってから、教区内に諜報が入り込むようになっていた。

 もちろん以前から入っていたが、数を増したのだ。

 地道に駆除しているが、やはり神国は本国以外の諜報が弱い。

 本国の天蠍宮スコルピオ様が兵を貸してくださっているが、ニャンタジーランド教区内でも地道に防諜用の兵を育てなければいずれ情報がダダ漏れになるときがくるだろう。

 いずれ――いや、今もテロなども気にしなければならない。諜報兵の育成は急務だった。

 私は机の中からかつて怪人アキラが使っていた致命攻撃を避けるお守りを一つ取り出して使徒服の内側に入れておくことにした。

 近接系のスキル持ちに襲われて至近で連続攻撃を受ければなんの役にも立たないものだが、突発的な事故ぐらいは防げるからだ。

「そうですね。変なトラブルがあっても面倒ですし、行きましょうか」

 ギリギリまで書類仕事をするなど私としてもあまりよろしくない。

 完全に仕事量を間違えているということだ。

 健康に生きるためには仕事量を減らした方がいいんだろうが、もうすぐ近畿連合や北方諸国連合との亡命に関しての交渉も終わる。

 どうにかやってみるということで神国では両連合から亡命受け入れをすることに決まっていた。

 そして天秤宮様が教皇に就任する日から受け入れが始まることになっている。

 教皇になるに際し、これからの神国について女神の啓示を受けたという弁で、他国人を多く受け入れる精神的な土壌を神国内に作るのだ。

 だから私はそれまでにニャンタジーランド内に、近畿連合や北方諸国連合の亡命者や移民や難民などを受け入れる場所を作っておく必要があった。


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