163 九歳 その2
首都郊外の平野は街道を含めて、白銀に覆われていた。
空を見上げれば、勢いは弱いものの、雪が降ってきている。
先日の豪雪というほどではないがやはり無視はできない。
(たぶん、これは
まぁ降雪に条件もあるんだろうが、雪自体は、自然の雪ではない。
どんなにレベルやステータスが高くても、この雪に触れると移動力と俊敏値が低下し、体温を奪われる。そういう
ゆえにこの国ではワニ車は使えない。爬虫類の特性か、人食いワニはとにかく寒さに弱い。
とはいえ一応モンスターなので全く動けないというわけではないが、荷物を満載した車を牽けるパワーが出なかったのだ。
(神国でワニ車を流行らせたのは冬が終わってからだったしな)
私が予期していなかったワニ車の問題点だった。
そういうわけでわざわざ寒さに強くて陸でも早く動ける
もっとも、とりあえずの措置だ。陸海老は数を揃えただけなので、これからは時間をかけてスキルなどを厳選していくことになる。
「昨日除雪したのに、また降るとは……この量だとまた除雪作業が必要ですね」
私は雪を見ながら呟く。去年の神国はあまり雪が降らなかったし、積もったとしても溶けるまで室内業務をしていればよかった。
だが平地の多いニャンタジーランドではこれらの雪をなんとかする必要がある。
「毎年この季節になると降るんですよ。でも今年はちょっと酷いかなぁ。ユーリ様が来なかったら俺たち死んでましたね!」
いろいろな雑務と私の護衛を兼任している十二剣獣、ドッグワンはシェパードのような大きな犬耳を寒さで震えさせながら言う。
除雪作業を行う兵に優先的に配備している、もこもことした防寒服を着ているが、耐寒スキルがあっても耐雪スキルがないために寒いらしい。
「雪の寒さは一週間ぐらい我慢してください。なんとかしますから」
「はい! ユーリ様!」
耐雪スキルのついた耐寒アクセサリをこちらで作らないといけないが……どうすべきか。
(スキル付与にボーナスのかかる魔術研究所を建てて、人員を配置して、もともとあった貝殻のアクセサリーに付与するための工場を作って、耐寒と耐雪のスキルを付与して……付与用の素材アイテムはもう集めているから……)
計画を立てても人員を配置、の部分でつまづきそうだ。
まだ国民への布教が完了していないので集中法の導入ができない。教化を行える司祭位を持つ人員がこの国には少ないから、どうしても神殿と聖書を使った布教という形でゆっくりと浸透させていかないといけない。
集中法を使わない付与の場合、アクセサリへのスキル付与率が心配だ。
失敗すれば素材は失われる。最終的に素材の半分は消滅することになるだろう。
(この国に来てから、集中法の危険性に気づくことになるとはな……)
教化を施したあとじゃないと集中法の導入がうまくいかないのは、この国に来てから判明したことだった。
それは女神アマチカを信仰させないと集中法の情報が、潜り込んだどこかの国の人員に漏れるとかそういうことではなく。
――現世に心を置く場所がないと、意識の海にいる、神に似た何かに
集中法を他国が知らないのも当然だった。
(まぁ、私が集中法を見つけられたのは私が、この身体の持ち主であるユーリ少年を私とは
だからユーリ少年でなかった私は、集中することでユーリ少年の体内で動くSPの観測を行えた。
もうだいぶユーリ少年と私は意識の同一化も進み、昔ほど明確に乖離しているとは思っていないが、最初の気づきを行えるのは、そういう意味で転生者しかいないのだ。
そして君主転生者はスキルを持たないから、集中法を発見できるのは私やアキラのような君主ではない転生者に限られるのである。
話がずれてきた、
魅入られる、というのはつまり、集中法を行った場合、信仰心や強い意思、もしくは私のような日本人らしいあらゆる信仰を無節操に受け入れる信仰的な土壌がない場合、あれに気軽に触れて、
だからまだニャンタジーランド教区では、集中法を導入できていない。
円環法などの集中法を必要とする技術は、神国から連れてきた少数の人間を使って行っていた。
(どうにかしなければな……)
作業効率の低下もあるが、生産スキル失敗時のアイテム消滅を抑えられないのは痛かった。
(……とにかく耐寒耐雪アクセサリを作ったら、まず鳥族に配布、体温低下と雪による影響を防げれば飛べるようになるだろう。それで遠方偵察、ダンジョンを発見させる。獣人兵は不慣れだからシステム化には二週間ぐらいか……巨蟹宮様からダンジョンのシステム化ができる兵を借りられれば楽だが、それだと獣人兵に経験が蓄積されないから、私が指導しつつ――)
「ユーリ。何を悩んでいるんですか?」
はい、と振り返れば
ここにもついてきている双児宮様。彼女はもはや私にとっては常にいる人、という感覚だ。
ちなみにこれは解放した教育系技術ツリー『課外活動』の効果である。
『課外活動』は通常カリキュラム外の行動を学生がとったときに、学舎での教育と同じ効果を発生させる
なので今ここで私が兵の指導をしているのも『学習』になっている。
もっとも、なにをしても上がるわけではない。評価値も存在するので遊んでいるだけだと教育とは認識されずにステータス上昇は行われないし、『課外活動』には監督役を務める教師が必要になる。
この『課外活動』は北方諸国連合との貿易でスライム百匹と交換でレシピを手に入れた技術だった。
その効果を常に発動させることで双児宮様の監督が必要なものの、私は常に学舎で学習を受けているのと同じ効果を受けられている。
「私が悩み、ですか?」
「ダンジョンだとか雪だとかではなく、もっと根本的な部分で悩んでいるように見えますが?」
「そうですね……中間管理職が足りませんね」
中間管理職。そう中間管理職が足りないのだ。
「中間管理職、ですか?」
ドッグワンが不思議そうに突っ立って私を見ている。そこには何の疑念も湧いていないように見える。
――彼も、れっきとした中間管理職なのだが……。
いや、いいんだ。私が赴任した当初は反骨心とマウント精神に満ちていたが、赴任した直後の私が機動鎧を着てボコってからは忠誠が高いし、
だが彼は本来こんなところでぼうっと突っ立っている人材ではない。自分で判断をして、様々なことをする立場の人間だ。
私の護衛など彼の部下で十分なところを、ここにこうして立っているということが私は辛いが、仕方ない。
(とりあえず除雪でも命じておくか……)
私が街道の除雪を命じれば彼は了解しました、と叫んでから走っていってしまう。
犬の獣人は忠誠値は高いし覚えも良いが、自ら考え、動くのは苦手だ。
彼が何も指示をしなくても除雪をして、そのうえで他の仕事ができるまでは時間がかかるだろう。
(除雪もな……道路にマジックターミナル……いや、マジカルステッキを埋め込めれば必要がなくなるんだが)
さすがにニャンタジーランド全域にそれをするのは費用がかかりすぎる。
半年前の連合軍戦で神国が蓄えていたレアメタルは払底している。
そして軍の拡張が行われ、マジックターミナルの生産も増強しているのだ。
ダンジョンで多く回収できるようになっているとはいえ、神国本国で需要が増強しているレアメタルを使用するアイテムをこちらに回す余裕はない。
問題はニャンタジーランド国内のダンジョンではレアメタルが取れないということだ。代わりにニャンタジーランド教区独自のアイテムは手に入るが、レアメタルを入手するには神国からの輸入が必要になる。
頭の痛い問題だった。
「とにかく人を育てる必要があります。ニャンタジーランドの十二剣獣は全て若手の人材なので指示をしなければ自発的に動けないので」
新しく就いたばかりの十二剣獣だ。彼らも部下を掌握しきっていないし、何もかも不慣れなのだ。
勝手に動いて無駄なことをしたから指摘したら自分から動かなくなってしまった十二剣獣もいる。
私があれこれ頼んでも自分の仕事をおろそかにしてなかった十二天座がどれだけ優秀なのかこちらに来て痛感するばかりだ。
ニャンタジーランド全域の復興に加え、神国から連れてきた部下と現十二剣獣の教育……貿易に、他国のことなどやることが大量にあった。
そんな私の悩みに双児宮様は考えながら、言ってくる。
「人材ですか、本国の学舎の卒業生をこちらから回せればいいのですが……」
「難しいでしょう。軍の拡大もありますからね。そちらも急務です」
ニャンタジーランド教区も重要だが、本国にだって別に余裕があるわけではない。
帝国や王国の兵を
軍事力が高まれば外交も楽になるし、他国への発言力も高まるのだ。
次の転生者会議が三ヶ月後だから、なんとかそこまでに影響力を持っておきたいので、神国本国から人材を送ってもらうことは控えている。
沈黙。私は空を眺めた。雪が降ってきている。
「……寒いですね……」
双児宮様の言葉に、ええ、と私は頷けば、遠くで狩りでもしているのか、狐獣人の子供が雪の中に頭を突っ込んでいるのが見える。
狐といえば
生水に気をつけろ、なんていうのは割とよく聞く話だった。
まぁ寄生系の状態異常はインターフェースに表示されるから大丈夫だが、寄生解除用の虫下しなんかもある。
「水か……スライム浄水器も設置しないとなぁ」
もともとのポンプはあるが、やはり水がまずいので、いくつか設置しておきたかった。
素材はあるが、地味にスライム浄水器は施設に分類されるので作成難易度が高く、誰もできないから私がやるしかないことだ。
私のToDoリストはもうやることでいっぱいで、やはり人材がほしい。
(レベルの高い山賊の頭領とか結構頭がよかったよな……)
しかし今の季節に山賊の捕獲は難しい。
夏なら山賊の捕獲ができるが、天候が雪なためか、山中に潜む山賊たちも割と凍死しているのだ。
山賊用に(捕獲装置付きの)温かい拠点でも設置してあげようか私は悩むのだった。
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