150 戦後処理 その1


「わぁ! ほら、うちのユーリくんすごいでしょ。ね? クロちゃん」

 ニャンタジーランドの君主、クロの背筋が震えた。あり得ないものを見せられていたからだ。

 這いずり平野にて、くじら王国と神国の戦いが始まったそのとき、神国領内、廃ビル地帯に七龍帝国とエチゼン魔法王国の連合軍三万が侵入したとの情報が処女宮ヴァルゴ――天国あまくに千花ちかのインターフェースに表示された。

 まさしく国家存亡の危機だ。そんなときに君主である千花がニャンタジーランド首都『ニャンタリゾート』にいていいのかとクロは思ったぐらいだ。

 いや、むしろこれで千花は死なずに済む。

 クロはそのとき、神国が滅んだなら、自分が千花を守らなければ、という気持ちですらいた。

 なにしろ千花はニャンタジーランドを守るために、神国の主力を王国軍との決戦に投入していたのだから、お返し・・・ではないが、そのぐらいすべきだと……。

 だが突如廃ビル地帯から情報は入らなくなる。千花は慌てなかった。

 むしろなぜか自信満々な様子でクロに、くじら王国との戦いを優勢に進める神国の強さを自慢するぐらいだったのだ。

 クロは、それは千花がクロを不安にさせないための、強がりだと思っていたのに。

 そして這いずり平野での神国の勝利の報告が、千花とクロのインターフェースに表示されたその数分後、千花のインターフェースに、神国廃ビル地帯の情報が入ってくる。

 そのときクロは、くじら王国との戦いの戦勝の喜びを忘れるぐらいに、何が起こったのかよくわからなかった。

「……なに、これ……」

 それは、言葉にすれば、三万の連合軍を相手に、たった千ちょっとの兵で一兵も損なわず殲滅した、という内容だ。

 だが使徒ユーリから送られてきた情報ログを見て、クロは恐ろしい怪物を見た気分にさせられた。


 ――連合軍三万名全滅。(炎龍槍、白龍鎚、炎魔、人魔、炎魔の使徒含む他七五四名捕虜)

 ――殺人機械三万五千体全滅。(亡霊戦車十二体捕獲。殺人機械他多数捕獲)

 ――神国兵被害死者0、負傷0、スライム百五十三体死亡。


 それを、あの転生者会議で出会った子供がやったという事実が信じられない。

「千花ちゃん……貴女、を、使徒にしたの?」

ユーリくん・・・・・だよ、頼りになるんだよね」

 クロの執務室には、神国から千花が連れてきたという小間使いの少女キリルしかいない。

 ユーリが勝った、という言葉にキリルは安心した様子を見せているが、クロの視界には入らない。

 クロは千花を見ながら、胸の中の奇妙な恐れを、ずっと抱えていた疑念を吐き出すように問う。

「前回の大規模襲撃も、最近の神国の動きも、全部、そのユーリって子が?」

「うん。会ったことあるでしょ? あのとき、港を貸すって言わされた・・・・・じゃん、クロちゃん。それと同じことをユーリくんはうちでやってくれてるの」

「……大丈夫・・・なの?」

 千花が馬鹿にしたような目でクロを見た。ああ、とクロは情けない気分になる。

 この目で見られると、クロはどうしても、逆らえない気分になるのだ。

 前世の、学校のことを思い出すから。

「クロちゃん助けてくれたのユーリくんじゃん。ニャンタジーランドほっといた方が自分は楽だったのに、神国の全軍をこっちに投入できるようにたった千人で神国側を受け持ってくれたんじゃん。私をこっちに送り込んだのもユーリくんだし。何もしなかったらクロちゃんが今頃広場で首を吊るされてたんじゃない?」

 それを言われると、何も言えないのがクロだった。事実を並べればそうだ。命を助けられた。

 だが、どうにも実感が湧かない。

 勝ちすぎていて、違和感が強い。おかしい。絶対にこんなのはおかしい。

 ああ、とクロは疲れた気分になる。なんでこんなことを考えているのか。

 千花に指示されていたときの方が楽だった。何も考えずに、従うだけの楽さを思い出して、机に頭をこすりつけた。

「クロちゃん?」

 クロは、顔を上げた。考えることが億劫だった。

 結局自分は、なんにも影響を与えられなかった。

 自分の国はこの戦争の賞品でしかなかった。

 王国は負け、連合軍も負けた。彼らは千花に完敗した。

 ニャンタジーランドは助かった。クロの命は助かった。


 ――むしろ、このあとを考えると、クロはどうしていいかわからなくなる。


 もうくじら王国との和平など望めない。神国はいつまで守ってくれるかわからない。

 周辺は海に囲まれていて逃げ場はなく、そもそも、ニャンタジーランドは国家が破綻してしまっている。

「千花ちゃん」

「うん」

「私、千花ちゃんに降伏します・・・・・

「はい。よくできました」

 千花がぱちぱちと拍手をした。

 それで褒められたような気分になって、クロは嬉しくなって、涙がどうしてか溢れてくる。

 自分は負けた。魂のどこかでそれを理解した。

 だが同時に心が楽になったことも理解した。

 もう国家運営なんて、胃が痛くなるだけで、面倒なことを考えなくていいのだと思えば、それに勝る幸福はないように思えたのだ。


                ◇◆◇◆◇


 エチゼン魔法王国首都マジックタワーの玉座にて、一人の美しい女が呟いた。

「……すごいわね」

「はい?」

「負けたわ。魔法王国うちと帝国の連合軍が」

 神国陥落後の領土切り分けについて語っていた貴族院の人間が、一斉に沈黙した。

 言葉の意味が浸透するにつれ、彼らはざわつき始める。

 エチゼン魔法王国女王カルナはインターフェースの画面を見つめている。

 宰相が貴族たちに「静粛に!」と注意をした。

「それで女王陛下、負けた、というのはどういうことでしょうか?」

 宰相が問いかければ、女王はインターフェースのウィンドウを見ながら即答する。

「言葉通り負けたのよ、神国に。たぶん・・・、だけれど」

「たぶん? 随分とはっきりしませんな」

「だってわからないから、連合軍三万の情報が地図から消え去ったわ。消滅したの・・・・・

 ざわつく貴族院の貴族たちに「さて、どうしましょう」とカルナは問いかけた。

「炎魔殿と人魔が復活したら詳細を聞かねばなりませんな」

 落ち着いた様子で宰相が言えば「いえ、おそらく捕まったわね」と女王は返す。

「おそらく、ですか?」

「わからない。反応が出てないのよ。死んだら死んだって情報が出るのに。【詳細不明アンノウン】ですって。すごいわね、神国は。これってつまり、このインターフェースについて熟知してる奴がいるってことでしょ?」

「すみません。意味が、わかりませんが……」

 怪訝そうな顔を女王に向ける貴族たちに向かって、女王カルナは笑っていう。

「私たちがツールとして使ってる道具の構造を理解して、戦術を練った奴が神国にいるのよ。私たち、炎魔と人魔と一万五千の兵を向かわせて、彼女たちが全滅したのに、情報一つ取得できてないのよ? 何と戦ったのかも、なんで負けたのかも、敵にどれだけ被害を与えたのかも。これがどれだけすごいことかわかる?」

 僭越ながら、と一人の貴族が挙手をする。

 宰相が促せば、その貴族は語り始める。

「僭越ながら女王。かの星落としの炎魔様と一万二千もの奴隷を従えた人魔が神国に何もできずに負けたとは思えません。増援を送りましょう。炎魔様と人魔の状態が何もわからないならば、神国の手を逃れて、隠れているかもしれませんし」

「ダメでしょ。まず外交ね。賠償金を用意して、とにかく炎魔と人魔を取り返さないと」

 ざわつく貴族たちに女王は考えながら言う。

「いえ、私が神国だったら炎魔は絶対に返さないか。神国の人間を捕らえて……んん、あの国が何をしたのかわからないうちは悪手ね。帝国を神国と共同で攻める申し出……くじら王国の方がいいか。王国挟撃案は、んー、こっちから言い出すのはダメよね。弱み・・になる」

 そこまで言ってから女王は「神国に潜ませてる諜報は?」と問いかける。

「前年度に潜ませた者ですが、帝国の諜報行為がバレてから締め付けが厳しくなりました。神国の機密情報の入手は難しいですね」

 魔法王国内の諜報を務める髭の紳士『影魔えいま』の言葉に女王は「そう」と返した。

「あそこは人が少ないから、どうしてもバレるのよね。前回の大規模襲撃前に引き上げさせたのが効いてきてるわね」

「あの時点では神国の滅亡が確定していましたから、女王のせいではありません」

「……たかがレア度Cの装備一つで国が助かると思ってたのよ? そりゃ滅ぶでしょう。滅ばなかったけど」

 沈黙する貴族たちに女王は言う。

「外務大臣、SSRスキル持ちの奴隷五百人、SRスキル持ちの奴隷三千人、労働奴隷三万人。これを材料に炎魔と人魔の返還を要求してきなさい。それと、そうね。条約を無視して神国に攻め込んでごめんなさいって詫び状も書いてあげるわ」

 頷く外務大臣だが、宰相が女王へと問う。

「帝国と王国にはどう言い訳なさるので?」

「王国は武烈クロマグロを捕虜にされてるし、うちが捕まったんだから、帝国も炎龍槍と白龍鎚を捕らえられたはずでしょう? ここまで用意周到な相手があの二人を逃すわけがないんだから」

「女王……そこまでして返還を要求しなければなりませんか? さきほどの言にもありましたように、神国も無傷ではないはずです。再び連合軍を組織し、大軍勢で襲いかかれば」

「全滅したら?」

「全滅するわけが……」

 女王は呆れた目で宰相を見ていた。

「王国軍一万、連合軍三万、計四万の二方面作戦。神国もニャンタジーランドも必ず陥落すると私たちは思ってたのに。結果はどう? 王国軍敗北、武烈クロマグロは捕虜。連合軍敗北、連合軍側は何が起こったのかもわかっていない。それで大軍勢を組織して、どうなるの? 勝てたとしても、どれだけ兵が死ぬことか。明日明後日にも周辺国家との不戦条約が解けるっていうのに?」

 女王の辛辣な言葉に宰相が怯む。王国帝国魔法王国の三国は、勝利を前提として予定を組みすぎていた。

 周辺国家とは不戦条約を結んでいない。

 もちろん魔法王国の首脳陣は、自分たちが負けるとは思っていないが、予定が狂うことが問題だった。

 すでに侵略スケジュールを組んでいるのだ。その中には当然炎魔と人魔を使う場面が多かった。

 貴族の一人が立ち上がる。炎魔と対立する勢力に所属する貴族だ。女王の弱腰に抗議するように彼は言う。

「炎魔様と人魔様を取り返すのに、奴隷をそれだけ送る必要はありますかな?」

「馬鹿ね、あるに決まってるでしょう。負けたあの子たちから情報を取らないといけないし、十二魔元帥の権能を取り戻す必要がある。それに捕虜となったものを取り返す姿勢を見せなければ魔法兵の戦意が下がるわ」

 魔法王国では貴族の権力が強い。負けたときに助けなければ、君主を貴族たちは信用しなくなる。つまり忠誠値の低下だ。

「奴隷はいくらでも増えるけど、優秀な魔法使いは貴重よ。特に炎魔は国内最強の魔法使いの一人。戦場の地形すら変える魔法を使える貴重な人材だしね……でも、そう、失敗したわね・・・・・・

 最後の失敗した、はほとんど小声で宰相を含めた貴族たちには届いていなかった。

 だが女王カルナは唇を悔しげに噛んでいる。

 開戦に意識が向いていて、転生者会議で大事なことを決めていなかった。


 ――戦時の捕虜条約に関してだ。


 まさか自分たちが負けるとは思っていなかったから、十二人の幹部ユニットが捕まった際の、返還方法などを決めていなかったのだ。

 兵は構わない。教化や洗脳などの技能がある以上、それらは国家にとっては戦利品となるからだ。無体な扱いはされない。

 だが幹部ユニットに関しては違う。

 兵のように取り合いにしてよいものではない。あれらは君主の誰にとっても貴重で、取り返しのつかない。取られたなら、何よりも返してもらわなければならないものだからだ。

 権能の有無は、将軍の能力を何倍にも高める。

 特に『戦場俯瞰』持ちがいるといないとでは大兵力の指揮能力にあからさまな差が出る。

 現地ユニットが長年の経験によって得られる最上位職に無条件で就けるという特典も強い。

 何より彼らは死なない。

 死亡前提の任務に就かせられる得難い人材たち。

 それを緒戦で二人も失った女王カルナは、内心の暗い怒りを抑えながら、貴族たちに言い聞かせるように言った。

「あの二人は絶対に取り戻さないといけないのよ。とにかく外交ルートの再構築をお願い。諜報も十倍の人数を投入して」


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