149 二ヶ国防衛戦 その20


「どうしましたユーリ様?」

 『要塞建築家』のベトンはこの防衛作戦の責任者たるユーリがウィンドウを見ながら難しい顔・・・・をした瞬間に胃に激痛が走るのがわかった。

(お、俺はこんなに緊張に弱いわけではないんだが……)

 しかし国家の命運を握った防衛作戦の副責任者という立場に置かれれば、そうもなるだろうという気分になる。

 なぜ自分がこの場所に、とユーリに聞いたこともあった。

 敵が襲ってくるのがわかっているなら、偉大なる十二天座や、使徒様が来ればよいのに、自分とたった数百人の(あとから増援が来たが)工作兵のみ。

 そのときのユーリは単純に「それなりの人物が来るなら人を増やさないといけないし、人が多すぎると敵が警戒してしまうから」というような意味のことを言った。

 それは、わかる。敵はユーリが子供だから油断してここまで簡単に罠に踏み入ったのだ。これが獅子宮レオ様や巨蟹宮キャンサー様だったならば敵は警戒して、ビルなどをよくよく探索してから入ってきたはずだ。

 ユーリと、敵も把握してないような無名のベトンだからできたこと。

 そこまで考えてこの罠を敷いたユーリが難しい顔をしている。何か悪いことでも起きたのだろうか?

「ベトンさん。諜報の、そうですね。魔法王国の文字を知っている方を連れてきてください」

「は、はい! すぐに呼びます」

 ベトンが周囲の兵に向かって、おい、と言いつければすぐに伝令が走り、諜報兵がやってくる。

 ベトンと同年代ぐらいのその男、諜報部隊長のムラサキは、諜報部隊をまとめる、天蠍宮スコルピオ様の部下だ。

「すみません。ムラサキさん、呼びつけてしまって」

 ユーリが腰を低く対応すれば、いえ、とムラサキは気にしてないように言った。

「それでユーリ様、どういったご用件でしょうか?」

「はい。どうやら魔法王国が降伏したいようなんですが、聖教語のこの文字と魔法王国語の文字は同じ内容ですか?」

 失礼します、とウィンドウに顔を近づけるムラサキ。ベトンも気になってウィンドウを見る。

 ユーリが拡大表示した偵察鼠の視覚情報からは「降伏したい」ことを示す魔法王国の文書が見えている。

「魔法王国の陣に置いた偵察鼠が次々と掘り起こされてますね。まぁ、偵察鼠はろくな隠蔽スキルもないので見つけようと思えば見つけられるので今までよく保ったなという気分ですが」

「ユーリ様、あ、あの降伏というのは、その、魔法王国が我が軍にですよね?」

 ベトンが恐る恐る聞けば、ユーリは「ええ、ですが、難しいですね」と返す。

 ほっとした気分で、ですよね、とベトンは返した。そうだ、侵略者たる連合軍を生きて返す必要はない。ゆえに捕虜など必要はない。

「戦えない負傷者を含めて七百名……受け入れたあとが問題ですよ。神国は千名少ししかいませんから、彼女たちを受け入れた場合、その監視に多くの兵を割かれます。そもそもスキル封じの指輪や拘束具もそこまで用意してませんので、紐で縛るぐらいになりますし……捕らえて、反乱を起こされたら私たちは全滅しますね」

 危険だとユーリが言う。降伏自体に難色を示しているわけではないことにベトンは驚く。

「ユーリ様、魔法王国が提示している文書ですが、魔法王国の、エチゼン語も聖教語と同じ内容ですね。それと、どうやらこれは魔術契約書のようですが」

「魔術契約、ですか? あれにそこまでの拘束力ありましたっけ?」

「今回は降伏の定義によりますね。そのあたりは磨羯宮様のところの魔法兵がいれば詳しいと思いますが」

「磨羯宮様のところの兵は連れてきてないんですよね」

 残念そうにユーリが言えば、ムラサキも仕方ありません、と肩をすくめてみせた。

 どうも二人は降伏に肯定的なようだが、しかしベトンとしては抗議する必要があった。

「ま、待ってくださいユーリ様。降伏を受け入れるのですか?」

「したいと言ってるんですからさせてあげたいところですね。ただ、人数が……三百人ぐらいだったらまぁ、無理をしてでも受け入れられましたが七百人は多すぎますね」

「……な、なぜ? か、彼らは侵略者ですよ?」

「ですが降伏してくれると言っているので、私としては受け入れてあげたい、という気持ちです」

 ベトンの頭に疑問符が満ちた。放っておけば殺人機械と戦って勝手に全滅してくれるというのに、わざわざここで危険を冒して捕虜をとる意味がわからなかった。

「捕虜をとる利点は多いぞ、ベトン」

 ムラサキがベトンに対して言えば、そりゃそうだろうと、とベトンは思った。

「ムラサキ! お前たち諜報部隊は、拷問する相手が増えればそれでいいのだろうがな!!」

「それは心外だな。犯罪者や内通者相手ならともかく、捕虜にはそういったことはしない。教化して女神アマチカに信仰を誓わせてから情報を吐き出させた方が情報の確度が高いからな」

「ベトンさん。魔法王国の魔法兵、それも外征に出せるほどの練度の兵となれば魔法王国でも身分が高い人間が多いはずです。外交の面からそれは確保しておきたい、というのがまぁ対外的・・・な理由ですね」

「が、外交? いまさら、魔法王国とですか?」

「神国は次の大規模襲撃の準備もありますし、今回はうまくいきましたが、次も勝てるとは限りません。それに神国の国力で永遠に戦争をしているわけにもいかないでしょう? どこかで落とし所を探るにも交渉材料は多い方がいいですし、もし彼女たちを教化できたなら磨羯宮様を喜ばすこともできます」

 ユーリは、目の前の戦争をもう見ていない。それもそうだ。連合軍も殺人機械もほとんどが相打ちで終わった。あとはもう、自分たちが何か・・に失敗して全滅したとしても、神国の勝利条件は満たされている。

「と、もっともらしいことを言いましたがね。全部言い訳ですよ、ベトンさん」

 ユーリはベトンに手のひらを見せてくる。小さな、八歳児の手だった。それが震えていた。

「見てください。このあとを考えてもう私は怯えています。ここで降伏する魔法王国を見捨てたならば、私は三万人を情け容赦なく虐殺した人間となります」

 心の問題・・・・だ、とユーリはベトンに言う。

「七百人、殺さないで済むのなら、それが良いと私は思うのです。どうか私のこの弱い心に免じて、彼女たちの降伏を許してあげられませんか? 兵の皆さんは、私から説得しますので」

 ユーリが椅子から立ち上がり、部屋の全員に向き合った。

 伝令や数人の文官などが作業をしている中、ベトンを含めて全員に向かってユーリが頭を下げた・・・・・

「ゆ、ユーリ様! 兵が見ています! おやめください!!」

 ムラサキが、慌ててユーリの頭を上げさせる。

「おい、ベトン。お前が渋るのもわかるが、使徒様にここまでさせたらダメだろう」

「い、いや、だ、だが……」

「捕虜が危険なら、手ぇ縛って、背中にマジックターミナルをいくつかくくりつけときゃいいだろうが。勝手に縄を解いたり抵抗したら心臓を撃ち抜くように命令しときゃいい。魔法兵はさすがに魔法抵抗があるだろうが、耐久も低い、至近で当たれば致命傷だ」

「ああ、それがいいですね。そうしましょう。マジックターミナルは大量に持ってきてますので、七百名を拘束するぐらいならできるでしょう。あとスマホは絶対に取り上げてください。一番の脅威がそれなので」

「……ユーリ様……」

 ベトンの呟きに、ユーリはすみません、と謝ってくる。

「いいんですか? 貴方を侮辱したんですよ、奴らは」

「構いません。女神アマチカは敵を許すな、とは仰ってませんからね」

 ユーリの言い方に、なんですかそれ、とムラサキが笑っている。

 ユーリは、ユーリだった。何も気にしていない。敵の侮辱など端から気にしていなかった。

 その視点は雄大で、超然としていた。兵に寛容で、敵に厳しく、だが優しい。

 ベトンは侵略者たちを許せない。

 だが、だがユーリがここまで言うのならば許さないわけにはいかなかった。

「そらベトン、捕虜にするって決めたんならさっさとしようや。早くしねぇと帝国軍が全滅しちまうぞ」


                ◇◆◇◆◇


 捕虜をとるのは、そう難しいことではなかった。

 偵察鼠のライトを介して、魔法王国に向けてメッセージを送る(意思疎通に多少の調整は必要だったができた)。

 そうしたら地上に向けて円環法で七つのルートで地下拠点へのスロープを作る。

 百人ごとにスロープを滑って貰う。降りてきたら、それらを二十五人の組に分けて、部屋を作って収容する(重傷者は治療も行った)。収容する際にスマホや装備は取り上げ、マジックターミナル付きの服に着替えさせた。

 もともといくつか物資貯蓄用の倉庫なども作ってあったし、円環法の利用を見越して多くの錬金術スキル持ちがいるから、部屋を作るだのスロープを作るだの、とそれ自体は難しいことではない。

 しかし、私の気分は最悪だった。

(なんで、今更、降伏なんて……)

 私の胸中に満ちるのは、強い不快感だ。不安。ネガティブな感情だ。

 降伏するのなら、なぜ最初から降伏しなかった、という陰鬱さに満ちている。


 ――せめて全滅・・してくれれば、こんな不快感を抱かずに済んだのに。


 降伏してくれるなら、もっと上手いやり方があったんじゃないかという気分になる。

 三万人を、いや一万人でもいい。殺さずに、降伏させる手段があったんじゃないかと……。

(私が、もっと優秀な人間なら……)

 私が凡人だから、こんな非道な手段しかとれなかったのではないかと……。

 ユーリ様、と呼ばれる。捕虜の収容を監督しているムラサキさんだ。

 諜報部隊は、この防衛拠点では独立した指揮権を持っている。

 ベトンさんはこの拠点の副責任者だが、彼の管轄は建設部隊とスライムに対してだ。

 だからベトンさんはムラサキさんに対する指揮権はない。同僚のようにムラサキさんがベトンさんに接していたのはそのためだった。

 ちなみに諜報部隊に対しては、私がお願いする、という形で指示を出している。

「炎魔の使徒が、炎魔に会わせろと騒いでますが、どうしますか?」

「炎魔様のスマホを見せてあげてください。それで納得するでしょう」

「ユーリ様に会わせろ、とも言っていますが」

「会いませんよ。私には権限がないので、会うだけ無駄です」

 私にできるのは捕まえて首都アマチカに送ることだけだ。彼女たちをどうこうする権利を私は持っていない。

 もちろん意見は出すが、捕虜に対する最終的な決定は十二天座会議で行われるだろう。

 個人的に炎魔様や人魔様を魔法王国に返すのは危険に思われるが、十二天座会議を説得できない場合、返還が行われるかもしれなかった。

「ベトンさんはどうしてますか?」

「監視をする兵に、捕虜を害さないように説得をしていますね」

「そうですか……私がやろうと思ってたんですが」

 心労で少し呆けていたようだ。

 私が椅子から立ち上がろうとすればムラサキさんが「やらせてやってください」と言ってくる。

「ユーリ様に頭を下げさせたことを恥じていました。あの男なりに役に立たねばベトンのやつ、胃袋に穴が開いてしまいます」

「そうですか……そうですね」

 皆には悪いことをした。私の自己満足で兵に迷惑を掛けている。

「それでユーリ様。地上はどうするんですか? 帝国兵がそろそろ全滅しますが」

「全滅したタイミングで隷属させた戦車を地上にあげます。円環法で地下から戦車用の掩体壕えんたいごうを作ります。あとは掩体壕の中から主砲を撃ってれば終わりですよ。物理無効のスライムを二百体ほど送りますしね」

 相手側に亡霊戦車がいれば別だが、自衛隊員ゾンビや歩行機械などが千五百体程度ならスライムとマジックターミナルと亡霊戦車で潰せる。

 すでに地上に向けて長い傾斜は作り終え、隷属させた戦車が十二輌準備されていた。中には機械技師と魔物使いが乗っていて、あとからスライムも送り出される。彼らによって殺人機械は全滅するだろう。

 さすがです、とムラサキさんは言った。

「何を気にしているかわかりませんが、ユーリ様は、偉大なことをなされたと思いますよ」

「外交の失敗の責任をとっただけです」

「あのユーリ様、その言い訳が本当に通じると思いますか? 連合軍三万人と殺人機械三万五千体を全滅させ、敵国の幹部四人とその側近を捕獲、魔法王国の精鋭を七百名捕虜とし、十年前にたった一体に神国が壊滅しかけた亡霊戦車を十二体も隷属させた」

 ムラサキさんの言葉は事実を言っているだけだが、重要な部分が抜けている。

「いえ、兵の皆さんがいなければ私一人では何もできませんでした。人員を貸してくださった天蝎宮様、宝瓶宮様、巨蟹宮様には感謝の言葉もありません」

 本音だ。処女宮様がアレ・・なため自分の兵隊を持っていないので、この場の全員は、あれこれとお願いしてお借りした人員なのである。

 私は責任者ではあるが、別に軍属ではない。だから指揮権がないので、ベトンさんにもムラサキさんにもお願いという形で動いてもらっている。

 だがムラサキさんはそうは思わないようだった。

「……ユーリ様、それでどうするんです? ユーリ様を評価しないと神国全体の評価の軸がおかしくなりますが」

 ムラサキ様の言葉には、私を案じる響きがあった。

 ちゃんとしろ、と怒ってくれているのだ。この人なりに。

 ここまで案じて貰うと、諜報部からは私がどう見えてるんだろう、と少しだけ気になってしまうな。

「そうですね。では……日曜日でも作ってもらいましょうか」

 へ? という顔をするムラサキさんに、私は言ってみせた。

「これが規格外の勲功だというなら、十二天座の方々にお願いしてみましょう。神国に、七日に一度の休日を」

 あとは、とくに予想外のことは起こらず。


 ――この名前もない廃ビル地帯にて、連合軍と殺人機械は予定通りに全滅した。


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