148 二ヶ国防衛戦 その19


「はぁ……はぁ……はぁ……おい、どうだ? 生きてるか?」

 隣を見て同僚の頭が吹き飛んでいることを確認して、帝国軍の長槍歩兵の一人は、ふぅぅぅと息を長く吐いた。

 雨はいまだ降り続けている。地面を見た。コンクリート製の道路がここには敷かれているが、それらも完全ではなく、舗装が剥げて土がむき出しになっている場所や、風で運ばれた砂粒が薄く泥になっている場所がある。

 陣地を組むために、建築スキルで道路を引き剥がして壁に使った結果として、土がむき出しになった場所もあった。

 『スリップ防止』のスキル付きブーツに履き替えたのは、雨粒よりも、そういった泥濘可した場所で足を取られないようにするためだったが……。

「まさか、仲間の血だの肉だの臓物だので足が滑るなんてな……」

 周囲には仲間の死体が積み重なっていた。生産スキルを使えるものたちのSPが切れたために、死者の肉体を壁としたのだ。苦肉の策だったが、弱い銃弾なら肉の盾で止まってくれる。

 しかし果たして、生きている仲間はどれだけいるのか……。

 自分の槍と盾は壊れたために、拾った仲間の武具を使って戦い続けている彼は背後に問いかけた。

「将軍殿、魔法王国のお嬢さんたちの様子はどうですかい?」

 背後には生き残っていた、長槍歩兵の将軍の一人が兵の指揮をしている。

「まだダメだ! 耐えろ・・・!!」

「耐えろって……無茶な注文だぜ」

 コンクリートや人の死体で作った壁から顔を出して彼方を見れば、殺人機械はまだまだ残っている。

(あの密度、千以上ってところか……ダメだなこりゃ。負ける・・・

 コンクリ壁の隙間から槍を振るい、壁を乗り越えようとしていた自衛隊員ゾンビを彼は突き殺した。

 急に・・倒れてきたビルによって背後が塞がれたために、なんだかよくわからないうちに魔法王国と連携をとることになったが、その連合の力を尽くしてなお、敵を殲滅するには至らない。

 むしろ自分たちが殲滅されそうだった。

 聞いた話では長槍歩兵、残り三百。炎魔法兵、残り二百。動けないほどの重傷者はカウントされていない。

 とはいえ戦力差は倍以上だ。これで勝てるとは思えなかった。

(家に帰って、おふくろの作ったスープを飲みてぇな)

 死地にいると故郷のことを思い出す。

 故郷は名前もないような小さな村だ。継ぐ畑もないので、そこから飛び出して彼は兵隊になった。

 ときおり家族に手紙を送る。畑を継いだ長男は結婚して、子供がいるらしい。

(おふくろが俺にも早く結婚しろって急かしてたな)

 幼馴染のパン屋の息子が、結婚して、子供も作って順風満帆らしい。だからおふくろが自分に結婚しろと急かしてきたが、帝国の精鋭、長槍歩兵様だぞ俺は。やっと兵長まで行ったんだ。頑張って出世すれば貴族の三女あたりを引っ掛けられるのでは、なんて――激しい銃撃音。

「おい! 誰か元気なやつ交代してくれ! 正面が破られそうだ!!」

「あいよ! おい、俺ァ正面回るからここを頼んだぜ」

 周囲の仲間に言えば、死ぬなよ、と声を掛けてくれる。

 鎧が砕け、全身から血を流しながらも二本の足で立っている兵と男は持ち場を交代した。

 今の男も、食料アイテムで体力を回復したら、死体から鎧を剥ぎ取って戻ってくるのだろう。

 コンクリ壁と死体で防ぎきれない穴に敵が集中しているのだ。そこを守る兵の死傷率は高く――おや、と雨粒に濡れた紙が落ちているのを見て、男は奇妙な気分になった。

「こんなところにもあったのか」

 神国の小僧がばらまいたとか言われている紙だ。男はそこそこの地位に(部下は全滅したが)いたために情報は入ってきている。

 それにはスマホの番号が書いてあって、神国のユーリとかいう使徒に通じるのだそうだ。

「おい! 正面が持たない! 代わったんなら早くしてくれ!!」

「ちっと待て! いい作戦を思いついた!! ちっとドレイクマン様のとこに行ってくらぁ!!」

「ああ? 作戦だぁ!? おかしくなっちまったか!?」

 男は駆け出す。逃げ出すわけではない。ちょっと進言して、ダメだったら戻ってくるだけだ。

「一言二言だ! すぐ戻ってくる! 頼むぞ・・・!!」

 くそ、という罵声が背後から聞こえてくる。

 わかってるよ、すぐ戻る。だが自分たちも、魔法王国のなよっちぃお嬢ちゃんたちももう限界だ。

(だが、ドレイクマン様は聞いてくれるかね……)

 自分の提案が、帝国の精鋭としてあり得ないものだということはわかっている。

 だが、どうにもここは帝国兵の死に場所ではない、と彼は思うのだった。


                ◇◆◇◆◇


「降伏、するだと? 殺人機械にか?」

 炎龍槍の使徒ドレイクマンは自分に進言をしにきた兵の言葉にぽかんとした顔をした。

「休むか? 余裕はないが、錯乱しているなら医療兵に見てもらう必要があるが」

 とうとう命惜しさ狂った兵が出てきたことに絶望したくなったドレイクマンだったが「ち、違いやす! 殺人機械ではなく神国です!」と兵士が差し出してきた紙を受け取った。

 雨粒で滲んでいるものの、それは神国がメッセージとして各所に置いていたものだ。

 ドレイクマンは目を細めてその兵を睨んだ。馬鹿なことを言うやつが出はじめたのか。

「持ち場に戻れ、考えておく」

「へい! すいやせんっす!!」

 まだ兵長の位だが、出世欲があり、向上心もあるのでそれなりに目を掛けていた兵だったが、とドレイクマンが残念な気持ちになっていたところで、強い視線を感じ、ドレイクマンは背後に首を向ける。

「フラメア殿……」

 炎魔の使徒フラメア。魔法王国の残存兵をまとめ上げている人物だ。

 ともに生き残った最後の使徒同士だから帝国軍が魔法王国軍と合流してからは連絡を密にとっていたが、先触れもなしに入ってくるとは、とドレイクマンが抗議すれば、彼女は「降伏か……」と思案するように呟いた。

「まさか、魔法王国は神国に降伏すると?」

「炎魔様はおそらく神国に捕らえられた。我々がここで全滅しては、お助けすることもできない」

 地下を指差してフラメアが言う。彼女の話では地下に神国がいる、らしい。とはいえ穴を掘っている余裕は連合軍にはなかった。

 というより錬金術持ちに穴を掘らせたが、すぐに穴を塞がれてしまった。

「全滅もなにも、まだ戦えるだろう? 殺人機械は残り二千程度だ。まだ我々は戦える! 勝てる!!」

「勝てる? 戦闘可能な兵が五百しかいないのに? それに、我々はもう魔法を撃てない」

 馬鹿な、と叫びたくなる気分を抑え、ドレイクマンはフラメアを睨みつけた。

「撃てないとはどういうことだ!!」

「どうもこうもない。酷使しすぎた。見ろ、この腕を。焼け付いてしまっている。それを伝えにきたんだ私は」

 フラメアの腕を見れば酷い火傷が見える。煙が上がっていた。

「なんだそれは……」

「無理をさせすぎたんだよ。それで、とにかくうちの魔法兵は全員腕が焼け付いた。あと二日は撃てない。だから塹壕作りでも手伝おうかと思ってたが、降伏できるならちょうどいい」

「魔法王国は帝国を裏切るのか!!」

 ドレイクマンが怒鳴るも、フラメアの顔は冷たかった。

「裏切るも何も、魔法王国は情けない貴様らを存分に援護しただろう。それに我々が忠誠を誓うのは炎魔様だけだ。あの方は気まぐれで恐ろしいが、強い・・。今回もあの方一人でほとんどの敵を倒した。その方が捕まったのだ。助けに行かねばならない」

「魔法王国よりも優先するのか……!!」

「そうだ、我々は魔法王国よりも、あの方個人に仕えている」

 唸るドレイクマンに、フラメアが忠告するように言う。

「ドレイクマン、ここは意地を張る場面じゃないぞ。我らは殺人兵器と戦いに来たわけではない。それに我らのあるじが捕まった先で、ある程度の勢力を確保するためにもこれ以上兵数を減らす必要はないと思うがな」

 二人や三人ならともかく、捕虜が多ければ多いほど、統制する者が必要になる。

 魔法王国は魔法は撃てずとも動ける兵は二百名程度だが、重傷者は五百名もいた。全兵合わせて七百名。

 これだけの兵がいれば、神国が炎魔の待遇を良くするための材料として成立するだろう。

 つまり自分たちが捕虜になる際に人数を確保しておけば、その統制者に炎魔や炎龍槍が選ばれるかもしれないとフラメアは言っているのだ。

「貴様は、神国が我々を許すと思うのか?」

 侵略してきて、死にかけているのは連合軍だ。

 その自分たちが頭を下げて、許してくれ、助けてくれ言ったところで許すとは思えないとドレイクマンが言えばフラメアは肩を竦めた。

「そのときはそのとき、我らは潔く死のう。というかだな。敵を倒すこともできない。撤退もできない。ならば殺人機械をこれ以上倒しても神国の利になるだけだぞ」

 そうして使徒フラメアは去っていく。

 ドレイクマンは唇を強く噛み締めた。血の味が舌に滲む。

「惰弱な! 惰弱な魔法王国め……これだから奴らは信用ならんのだ」

 残り二千。たった二千だ。防壁でもなんでも掘って、耐えてやる。

 数日耐えれば援軍がくる。自分たちは帝都に向けて、救援を送っているし、情けない炎魔と違って、炎龍槍は捕らえられる前に自害しているに決まっている。

「下げた重傷者はどれだけいる?」

「動けない重傷者は七百ほどですが」

 兵を管理している側近が答える。

「叩き起こして穴を掘らせろ。塹壕でもなんでも作ってとにかく耐えるぞ。降伏なぞしてみろ。帝都の炎龍槍様に笑われてしまう」

 ドレイクマンの苛烈な命令に震える声で了解と返ってくる。

 そのドレイクマン自身は強烈な戦意をみなぎらせて自分の側仕えに命令していた。

「俺の槍を持ってこい! 帝国槍兵の真髄を惰弱な魔法王国の兵どもに見せてくれる!!」



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