143 二ヶ国防衛戦 その14
「まるで羽虫ねぇ!!」
エチゼン魔法王国の炎魔が上空に向けて炎の塊を投げつければ、それは分裂して数十の弾丸となり、それぞれが生き物のように空を走っていく。
爆音、轟音。パラパラと大量の殺人機械の残骸が地上に降り注ぐ。
第二次大規模襲撃にて魔法王国の兵士が分散して獲得するだろう経験値の多くを一人で獲得した魔女帽子の少女は、『飛行』の魔法で空へと一瞬浮き上がり、周辺状況をすぐに把握して地上に降りてくる。
長時間の飛行は相手側の
だから状況を把握できるように一瞬だけ空へと浮かび、周辺を見てから戻っている。
この『飛行』はなぜか『炎魔』の権能の一つである、戦場情報を表示する『戦場俯瞰』が停止していたための苦肉の策だ。
彼女にはそれが、殺人機械が放った『
そもそもそれを考えるほど落ち着いた状況でもなかった。
――連合軍は前後から挟み撃ちを受けていた。
炎魔としては、そこまで状況は
炎魔にとっての最悪は、自分と人魔の軍が入った時点で、殺人機械の襲来を察知した帝国軍が逃げてしまった場合だ。
だが現状、帝国軍は自分たちと一緒に神国が仕掛けただろう罠に嵌ってくれている。
魔法部隊はそれなりに足が遅く脆いという弱点がある。
殺人機械に背後から襲われた場合、殺人機械の銃弾で炎魔以外の魔法兵は皆殺しの憂き目に遭っていただろう。
今は警戒しているから攻撃を受けないが、迷彩殺人ドローンの襲撃で一割ほど魔法兵は死傷していた。
「……皆殺しにしたくないね……よく言うじゃん。あのガキ……殺人機械をぶつけてきやがって……」
よくよく見れば、この都市。酷い殺戮機構だ。周囲の脇道は全て潰され、ビルの多くも入り口が封鎖されている。逃げ道がこの大通りの前後二つしかない。
その前後の入り口も兵がパンパンに詰まっていて、さらに殺人兵器が押しかけてきている。
――どうにかしなければならなかった。
しかも悪辣なのは、ビルのいくつかは侵入可能になっているということだ。
だが入り口が封鎖されていないビルの中身がどうなっているかなんてのは想像したくない。
ついさっき部下を偵察にやったものの、戻ってこないことから考えて相応のトラップが仕掛けてあるのだろう。
全てを封鎖しなかったのは、トラップ入りのビルに誘導するためか。悪辣だ。最低だ。
お陰様で、こうして障害物が取り除かれた、見通しの良い平地で殺人機械と戦う羽目になっている。
(そもそもビルに入ってどうするのっていうのはあるけどね……)
その場合、後ろの帝国軍と前の人魔を見捨てることになる。
それはそれで、
魔法王国の女王からは人魔が壊滅しても、炎魔と炎魔の部隊だけ無事に帰還すれば良いと言われている。
だがこの場の選択肢としてはそれだと先がない。
この廃ビル地帯の脱出方法は、前に突っ切るか、後ろに突っ切るかだ。
さて、炎魔はどちらか選ばなければならなかった。
人魔を信じるか、帝国軍を信じるか。
――もちろん答えは決まっている。
炎魔は次々と魔法を放ちながら叫んだ。
数百を超える炎の矢が人魔の部隊を越えて、その先で対峙する自衛隊員ゾンビに突き刺さっていく。一発で一体が死ぬ。死体系モンスターに炎はよく効く。
「全魔法兵! 上空の透明な敵に注意しつつ、奴隷部隊を援護! このまま廃ビル地帯を突破し、首都アマチカを落とすよ!!」
炎魔の命令に伝令が走り、各部隊に炎魔の言葉が伝達されていく。スマホがなくても、権能が使えなくてもやりようはある。
自分に続いて炎の魔法が放たれる。敵がどんどん燃えていく。よし! と炎魔は叫ぶ。
最悪、帝国軍と人魔の部隊が壊滅したとしても、自分と魔法兵が千程度、生き残ればいい。
都市を制圧し、捕虜を捕まええておく人員がいないから、首都アマチカの神国国民は一人残らず殺すことになるが、
というよりここまでやったんだ。お前ら、覚悟できてんだろうな。
凶暴な炎魔の本性がむき出しになり、炎の嵐が吹き荒れた。
◇◆◇◆◇
スマホによる通信が断たれ、混乱に叩き込まれたと思われた連合軍だが各自それぞれその場の工夫で乗り切っていた。
先行して襲いかかった
そして驚異だったのは頑丈奴隷部隊だ。彼らは正面に突撃するしかできない
むしろ現時点では被害は殺人機械側に多かったと言えるだろう。
自衛隊員ゾンビは連合軍中央の魔法部隊から放たれる炎の矢によって殲滅される。
図らずも、ユーリが脇道を潰した影響が殺人機械側にも出ていた。
強力な部隊がそれぞれ正面よりまっすぐに叩きあっていたのだ。
脇道が空いていれば横合いから自衛隊員ゾンビなどが魔法兵を襲っていただろうし、魔法兵は魔法兵で廃ビルなどを利用して高所から殺人機械を襲撃していたはずだ。
もう少し戦線が膠着していれば、そういったことにも着手しようという動きも見られただろうが、まだまだ両者が相対して一時間も経過していない。
殺人機械はともかく、連合軍はまだまだ混乱の最中であり、複雑な行動をとろうという空気ではなかった。
――殺人機械投入数推定二万五千体。(うち六千体が連合軍によって破壊済み。続々到着中)
――七龍帝国・エチゼン魔法王国連合軍三万。(うち四千名が死亡。炎魔個人の殺人機械
連合軍は奮戦していた。
殺人機械も同じだった。
彼らにとっては初の苦境なれど、しかし彼らはお互い、まだまだ敗北の光景は見えていなかった。
◇◆◇◆◇
「消えた炎龍槍はどこにいる? 死体ぐらいは見つかったか?」
「いえ、捜索させていますが、何も見つかっていません。兵の言葉では突然地面に穴が開いた、と」
「炎龍槍様の長槍歩兵部隊も使徒様たちが指示をしていますが、やはり撤退か進軍かで混乱しているようです。何より、背後から我々は攻撃を受けています」
「抗戦させろ。魔法王国が進んでいる。奴らの突破を待って、逆にこの廃墟地帯を使い、殺人機械どもを全滅させる。それと長槍部隊の被害はどうなっている? 耐えられるか?」
「まださほどです。悲鳴は多いですが、彼らはよく耐えています」
「念の為に持ってきていた『防弾』仕様の大盾が役に立ったな。よし、ならばこちらも反撃に入るぞ」
はッ、と白龍鎚の指示を受け、兵たちが駆けていく――途中で白龍鎚は思い直したように伝令を呼び止めた。
「おい、俺が消えたら次は使徒どもに指示を仰げよ。奴らには戦略を叩き込んであるからな」
「は……はいッ!!」
さぁて、と駆け出していく白龍鎚は自身の専用巨大鎚を握った。
ここは景気づけに必殺技をぶちこんでやろうと歩き出したところで、彼の姿は側近とともに戦場から
ざわつく兵士は、地面に開いた穴を眺め、え、と呟くも、その穴はすぐに閉じてしまい――。
◇◆◇◆◇
「強いですね。さすが帝国兵だ」
「……そう、なんですか?」
胃痛を堪えるように腹部を押さえたベトンさんに私は苦笑を向けた。
連合軍が善戦しすぎたせいで予定を早めて帝国軍の白龍鎚様を捕獲しなければならなかった。
「楽にしていてください。次は人魔様ですが、それは殺人機械が減り始めてからなので……炎魔様が敵の狙撃でうっかり死ぬと面倒ですが……彼女には殺人機械をもっとたくさん減らしてもらわないといけませんからね。せめて我々の
この廃ビル地帯に神国の地下ダンジョンに作られた自衛隊員ゾンビのクローン工場など作られてはことだ。
あの施設の一日の生産数がいくらかは知らないが、あれをここに作られては、次の大規模襲撃のときに攻めてくる自衛隊員ゾンビが増えることになる。
殺人機械をぶつける戦法は便利だが、それはそれとして
(しかし切っ掛けさえ与えればこうも簡単に殺人機械は動くのに、いままでここが奴らの支配領域ではなかったということは……なんだろう? 軍勢の規模からして兵糧に相当する資源は問題なさそうに見えるし、侵攻地域や時期の制限? 初期領地が決まっていて、大規模襲撃のときしか侵攻できない? 奴ら側にも転生者がいたことを考えると殺人機械側に君主に相当する者がいそうではあるが……)
あまり考えたくなかったが、殺人機械側の転生者の存在に、スマホを封印するジャミングなどの存在からして、私にその存在に辿り着かせる。
いや、考えの起点はそうではない。私にとってのこの思考の起点は『アリスのお茶会』だ。
「ユーリ様? どうされましたか?」
腹を押さえつつも気丈に立ち続けるベトンさんに問われ、私はすみません、と言葉を返す。
「捕獲した炎龍槍様と白龍鎚様のことを考えていました……彼らが消えたことで帝国軍の統制は乱れました。これで軽々に撤退はしないでしょうが……なかなかうまくやりますね。本当は白龍鎚様の捕獲はもっと遅らせるつもりだったんですよ」
「そう、なんですか?」
「ええ、炎魔様が強すぎますね、殺人機械が全滅させられれば全ての計画は瓦解しますから……これは私が危惧していたとおりです。極まった魔法は『現代兵器』に相当する。惜しむらくはどうやっても神国があの魔法火力を手に入れることは不可能、という点ですが……」
あの驚異的な威力は、おそらく魔法王国の独自のツリー効果だろう。
これが神国の弱い点だ。いろいろと便利な『教化』や『信仰ツリー』などの強力な国民統制スキルがある代わりに、神国にはそういった攻撃的な強化技術が少ない。
――敵国の独自ツリーを回収できればいいが……。
あまり希望は持っていない。
それに、ツリーによる
アイテムと違うのだ。錬金術で国家独自の強化ボーナスは作れない。解明も難しい。
それに気になることもある。そういった強化を受けた敵国の兵士を教化した場合、技術ボーナスは受け継がれるのだろうか?
あの炎魔様の火力は神国で教化に成功したとき、そのまま発揮されるのだろうか?
(まぁ、
「すみません。取らぬ狸の皮算用という奴ですね。たぬきがどういうものかは知りませんが……さて、地上の様子ですがレベル40の長槍歩兵部隊ともなれば、それだけで移動する砦のような運用を可能にするようです。防弾、でしょうか? 歩兵が装備した大盾で銃撃を耐えながら、前線を支える兵を入れ替えつつ、殺人機械に対抗して……ああ、すごいですね。山岳歩兵の特性は『登攀』でしょうか? 見てください。帝国山岳歩兵がビル壁面に長柄斧を引っ掛けて、殺人機械の集団に突撃を掛けています」
偵察鼠から送られてくる映像情報をインターフェースに表示させベトンさんに見せてみれば、彼はこくこくと頷いている。
「緊張しているんですか?」
「……それはもちろんです……ですが、あの……本当に、その……ユーリ様は……」
ベトンさんの視線は隣の部屋に向いている。
先程捕獲したものだ。
ここまで運ばせてきたそれに、今、
「はい? 私が?」
続く言葉を放とうとして、しかし言い切れず飲み込んだベトンさんは、いたたたたた、と腹を押さえた。
彼の視線の先には、連合軍に向かってここまで進軍してきた
この地下空間に、亡霊戦車があるのである。
もちろん
私抜きの円環法の実験もうまくやれた。偵察鼠による位置情報の共有や、タイミングの指示などもだ。
亡霊戦車を穴に落とし、衝撃ダメージを与え、生き残っていた随伴歩兵をマジックターミナルで処理したあとに物理無効のスライムでダメージを与えつつ、神聖魔法で亡霊を排除する方法はうまくやれた。
ターンアンデッドならばそのまま使えない鉄くずになるが、きちんと倒せば戦車が残る。
そして今、その戦車を直しているところだった。
亡霊が祓ってしまったので直したところで戦車が手に入るだけだが……この修復が終わったらレアメタルを寄生させて我が国で使うのだ。
隷属は魔物使いのスキル持ちがやるのが一番いいだろう。スキルボーナスを受けられる。
「まぁまだうまく動くかわかりませんからね。たぶん稼働にオイルなりなんなりが必要なので……我が国もあれはたくさん使いますし」
ニャンタジーランド……旧千葉のガスラインは使えるのだろうか?
どういった形に概念化されているのかはわからないが……戦車の燃料がそこで補給できるなら嬉しいが戦車の燃料は無理か? やってみるまでわから――ベトンさんが腹を押さえ、泣きそうな顔で私に問いかけてくる。
「あ、あの女神アマチカは、その、殺人機械をここまで活用して……」
「大丈夫ですよ。聖書には殺人機械を利用してはいけない、とは書かれていませんから」
そういう問題でしょうか、と聞いてくるベトンさんに私はこう言うしかない。
「だから私は、連合軍に、帰ってくださいってお願いしたんですよ」
彼らが来なけりゃ、こんなことやらなくて済んだのだ。
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