四章『八歳から始める単身赴任』

130 二ヶ国防衛戦 その1


 十二頭の巨大な白馬に率いられた巨大な戦車が、兵に護衛されながら爆走していた。

 巨大な戦車の上には十人以上の人間の姿が見えていた。

 その中に、特別に輝く金属製の鎧に身をまとい、立派な口ひげを蓄えた巨体の男がいる。

 旧埼玉県に存在するくじら王国にて『地霊ちれい十二球じゅうにきゅう』が一人にして、くじら王国の軍事を司る四人の大将軍の一人『武烈ぶれつクロマグロ』である。

 彼は大戦車に作らせた、大将の座に腰掛けながら周囲の幕僚に問いかけた。


 ――それはくじら王国軍の、機動本陣である。


 将が揃い、テーブルに広げた地図を前に話し合っている。隅には侍従が控え、茶を用意している。

 クロマグロは一万の兵を率いてきているために今回は十人の将軍を連れてきていた。

 将は、それぞれ千人の兵を率いる者たちだ。

 将の中に彼の使徒はいない。使徒は右翼、左翼の将としてそれぞれ四人の将軍を統括することになっている。

 残る二人の将軍は二千の兵を率いて大将たるクロマグロの本陣として機能する。

 クロマグロは、椅子を握る手が妙に軽くて、少し寂しかった。

 本当なら、愛槍を握っているはずだったが……。

(モンスター討伐のようにはいかぬな)

 自身が軍の先頭に立ち、槍を握って馬を駆けさせたことを懐かしく思いながら、これも大将の役割か、とクロマグロは感慨にふける。


 ――鯨波げいはおうよ。我が軍が貴方の野望の先鋒となり、獲物の首を持ち帰りましょうぞ。


「さて、皆よ。神国の奴らはおると思うか?」

 クロマグロが将たちに意見を求めれば地図を広げた大テーブルを囲む将軍たちは、それぞれ油断一つない顔を返してくる。

 彼らが目指すのは無傷の勝利だ。

 勝って当然の戦いである。ゆえに、下手に損害を出すわけにはいかなかった。

 本国にて牙を研ぐ他の三人の大将軍に差をつけるためにも、弱国相手だからと彼らは手を抜けない。

 野望に邁進する王国は今後大きくなる。ゆえに今後の力関係のためにも、彼らはここでつまづくわけにはいかなかった。

「順当に考えれば、七龍帝国と魔法王国の連合軍の知らせを受け、神国の兵は本国に帰還しているころかと思われますが」

 使徒の一人が放った言葉に納得の気配が広がるも、将の一人が口を挟む。

「ですが友好国との信用のために、千から二千程度は残っているかもしれませんね。先日、巨蟹宮キャンサーがニャンタジーランド入りしたとの報もありますし」

 それはニャンタジーランドの強引な王国商人の摘発を免れた現地の獣人・・の諜報員からの報告だ。

 もちろんこれらの報告は共有されている。全体の認識のためにも繰り返しただけだ。

 議論が始まったことで他の将もそれぞれ意見や報告を出し始める。

「三百ほど偵察部隊を先行させておりますが、まだ神国軍、発見の報告はありません。妨害の施設なども未確認です」

「ふん、まどろっこしいな。足の遅い歩兵どもが邪魔だ。騎兵だけで先行できんのか? 奴らが警戒して防備を固める前に突っ込めば鎧袖一触だろう?」

「だが騎兵だけで都市の占領はできんぞ。歩兵は必要だ」

 占領に歩兵は必要である。これは戦場の鉄則だった。

 騎兵は馬に乗った人間の兵だ。馬の運動エネルギーと馬の位置エネルギーを利用できるために人間相手の戦いで特に攻撃力を発揮する。

 そんな騎兵を主戦力とするのがくじら王国だ。

 人間型モンスター以外が多く発生するくじら王国で、モンスターとの戦闘では特に優位を発揮できない騎兵を育てた鯨波。

 これは彼が早くから戦争を目的に兵を準備していたことの現れでもある。


 ――騎兵は対人間にて強力な兵科だ。かつてこの地球で騎兵を主戦力とする国家が多く発生したように。


 ただし、弱点があった。

 騎兵は兵器としてとても優秀だが、反面、障害物の多い都市戦闘などでは使えないのだ。

 占領・・に不向きなのだ。

 もちろん騎兵は馬に乗った人間だ。歩兵のように馬を降りて地面で戦うこともできるが、だからといって歩兵の専門訓練を受けているわけではない。

 騎兵は身体能力な優秀な兵が務めているために地面に降りても歩兵よりも弱いということはないが、やはり歩兵のようには振る舞えない。

 騎兵で占領ができないというのはそういう意味だ。

 将軍たちとしても、まさか配下の騎兵たちに友である馬を置いて、地面を歩いて歩兵の真似をしろと言えるわけがない。

 兵の忠誠が下がるからである。

 だから今回は足の遅い歩兵を連れてきている。

 占領地を練り歩き、市民を脅しつけ、あれこれと奪ったり支配したりするのに歩兵より向いた兵科はないのだから。

「ニャンタジーランドの勝機は我らの分断にしかないだろうからな。騎兵を先行させた隙に歩兵をやられる危険性はある。ここでつまらん危険はおかせんぞ」

 歩兵を率いる将の発言に将たちはそれぞれ不満そうにしながらも頷く。

 将たちの活発な意見にクロマグロは満足そうに周囲を固める兵を眺めた。

 連れてきた一万の兵は、鋼鉄武器で武装した王国の精兵たちだ。この日のためにレベルを上げ、熟練度を上げ、装備を与え、モンスター討伐を繰り返してレベルを上げてきた。

 総員、レベルは平均して四十前後。十年かけてクロマグロが鍛えあげた兵たちだ。

 この日のために・・・・・・・


 ――敵が怖気づいて戦争にはならんかもしれんな。


 思わずそんな感慨すら浮かんでしまう。

 今回連れてきた兵の内訳は、有翼白馬ペガサス兵部隊千名。騎兵部隊三千名。歩兵部隊五千名。攻城兵器部隊千名。

 攻城兵器はニャンタジーランドが各地に砦などを増設していた場合のために持ってきたものだ。

 またニャンタジーランドが速やかに降伏した場合、そのままニャンタジーランド側から神国に攻め入り、帝国と魔法王国に貸しを作るために持ってきたものでもある。

「とにかくまずはニャンタジーランドの出方を……――」

 将軍の一人が意見を言おうと口を開くが、前方より馬が駆けてくる。

 伝令のようだった。

「先行していた偵察部隊より、神国アマチカの軍勢を発見との報が入りました!! この先の平原にて待ち構えています!!」

「ほう、度胸があるな。おい! 奴らの数は? 将は誰だ?」

 クロマグロの使徒が楽しげに問えば、伝令は大声で報告を上げた。

「数は一万二千!! 敵陣にて旗は獅子宮レオ巨蟹宮キャンサー磨羯宮カプリコーン人馬宮サジタリウスのものが確認できました!!」

「いちま……嘘だろ?」

 将の一人が呆然と呟く。

 クロマグロも一瞬、呆然としてしまった。

 慌てて使徒が質問をする。

「その四名は、神国でも戦争ができる・・・・・・唯一の四人だろう? ありえん? 奴ら、本国はどうするつもりだ? おい、ニャンタジーランドはどうだ? 獣人は確認できたのか?」

「いえ! 確認できていません! 伏兵を警戒し、現在、周辺を探らせているところです!!」

 横を並走する伝令が大戦車に向かって差し出してくる報告書を侍従を兼ねる兵が取り、確認し、間違いがないことを確認する。

 地図の上に敵を模した駒を並べる侍従を待ちながら、クロマグロは唸る。

「まさか、神国め。我らを倒し、そのまま神国に戻って連合軍を迎え撃つつもりか?」

 大将であるクロマグロに対し、将たちは得られた情報からあれこれと意見を出し始める。

「ニャンタジーランドとの友誼のために国を捨てるのかもしれませんよ」

「だが二千多い程度で勝てると思っているのか? あの弱国がか? 平地で騎兵を相手とは、蹂躙されるためだけに兵を並べたとしか考えられんが……」

「神国は銃があるだろう? あれはどうだ? 生物特攻は馬と人間に効くぞ」

「それも十分な弾数とスキルがあってこそだろう。弱い弾丸なら前衛スキルが持つパッシブスキルの『オーラアーマー』で十分に弾ける」

 まさか・・・、と使徒の一人が呆然と呟いた。あんまりに深刻そうに言うものだから、なんだなんだと将たちが顔を向ける。

「我らは舐められているのでは?」

 しん、と鎮まる。その使徒は言ってから、舌をべぇ、と出してみせた。


 ――大戦車の上に爆笑が響いた。


 将たちが笑っていた。クロマグロもあんまりにも深刻そうに自らの使徒が言ったあとだから笑ってしまっていた。

「はっははっは。我が使徒よ。それはいい。それなら戦争は楽に終わる。我らが蹂躙して終わりだ」

 自らの使徒のふざけた態度をクロマグロは朗らかに笑いながら肯定し、そして使徒に感謝した。

 将軍たちの間から緊張が抜け、まとも・・・に頭が回るようになっていたからだ。

 将の一人が場をとりなすように話を戻していく。

「さて、それは間抜けな神国にはありそうだがな。獣人どもの姿が見えんのが厄介だぞ。獣人は馬に強い」

「傍に森があるな。まずはそこを丹念に捜索させよう。獣人どもがいかにも隠れそうな場所だ」

「そういえば諜報から、神国が陣を張っている場所の近くに、みぞを掘ったという報告が来ていたな」

 将の一人が、神国の駒が置かれた場所の傍の平地を撫でてみせた。

「溝? 塹壕ではなく溝か?」

「ああ、深さは、人の膝あたりまでのものらしい。作業に参加した者からの報告だ。間違いない」

 馬対策か、とクロマグロは報告を聞きながら安心する。

 その程度ならば問題ない。

 空を飛ぶ白馬であるペガサスを今回は連れてきているし、そもそもレベルも40になれば馬も種族が変わる。

 王国のバトルホースは、その程度の溝であればひとっ飛びに駆け抜けることができる。

「ふむ、一応、罠だと思って警戒はするが……」

 そんな話をしながら王国の将軍たちは軍議を続けるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る