123 神国のそのころ


 執務室で本日の裁判予定を確認していた天秤宮リブラはその報告に眉をしかめた。

「不可能、とはどういうことじゃ?」

「言葉の通りでございます。ユーリ様の仕事を引き継いだ者たちから業務の遂行が不可能になったとの報告が来ております」

「不可能とはまた強い言葉じゃの。そんなに難しいのかの? ユーリは関係各所との調整をやっていたと聞いておるが」

 天秤宮の言葉に部下は困った顔で返答をする。

「……その、ユーリ様が担当していた業務は調整という規模ではないといいますか……」

「どういうことじゃ? 様々な事業の、円滑な進行のための潤滑が奴の業務じゃと聞いたが」

 要領を得ない部下の報告に、天秤宮がさっさと説明せよと促した。

 部下は困ったようにユーリがやっていたことを説明していく。

「つまり、その、ユーリ様自身が現場に出て指示などをしていたようで」

「なんじゃそじゃ……八歳児がやっていたことじゃろう? 後任の者はできないのか?」

 もちろんユーリがただの八歳児だとは天秤宮も思っていない。

 だが神国の他の人間とて無能ではないのだ。ユーリができたなら他の人間にもできるはずなのだ。

 天秤宮の疑問に「できるわけがないじゃないですか」と部下は困ったように説明をする。

「大規模な開発や工事の指示には専門知識が必要になります。それも多分野に関わるものが、ユーリ様はそれを把握して、的確な指示をされていたと聞きます」

 当然ながらユーリ自身に業務に関する専門知識はそこまではない。

 前世では別に研究者や技術者ではなかったからだ。

 もっともユーリは開発した技術や発見されたアイテムなどについては、運用方法を決める過程で調べたり、ツリーを進める過程で、ある程度の概要などを学んでいる。

 また処女宮ヴァルゴの権能のほとんどを貸し与えられているために国家が収集した様々な情報をその場で確認できるようになっていた。

 もちろん天秤宮たちはそういったことは知らない。

「それとユーリ様は錬金術によって、その場で現場で様々なことができたそうです」

 業務の手伝いや、実際にやってみせることなど。さらには三次元図をその場で生成することで意思疎通を図っていたという。

 天秤宮が額を押さえる。人員を手回しするどころか現場にいって実際の業務にまで口を出すなどやりすぎだった。

「使徒だからできることじゃな……それで、その業務とやらは、何人いれば同じことができる?」

 ユーリがいなくなったからといって、この調整部署をなくすわけにはいかない。

 この業務がないと回らない事業がすでに神国には多くあった。

「真面目にやるなら、百人単位の部署になるでしょうか?」

 枢機卿間のパワーバランスを調整しつつ、様々な知識を持つ人材を用意し、業務を遂行するにはそれだけの人員が必要だ。

「今の神国にそのような人員がおると思うか?」

「いえ、全く」

「ふむ、とりあえず増員だけは考えてやれ、不可能と言っておるなら不可能なのじゃろうからの」

「はッ、わかりました」

 もっとも天秤宮にそのような権限はない。天秤宮は会議の議長を務め、神国の司法を司るが、人員の移動に関する権限は持たない。

 今回のことはとりあえず人員を供出できるように各枢機卿に頼み、彼らから部下を出してもらう形になる。

 どうしても集まらないなら十二天座会議を開く形になるだろう。

「ユーリは……」

「はい? なんでしょうか」

 部下が天秤宮の呟きに反応した。

「ユーリは誰にも相談せずに、その調整業務を始めたのか」

 調整部署はいつの間にかできていた部署だった。

 ユーリは処女宮の使徒だが、こんなもの処女宮の仕事ではない。

 処女宮の仕事といえば女神の神託のことや、国内の神官に対する訓示のようなもので仕事という仕事はなかったからだ。

 だからそもそも、人員を調整する権限もない。

 ユーリは各枢機卿に頭を下げて、人員の貸し借りを行ったり、特に権限もないのに現場に顔を出して指示をしていたことになる。

恐ろしいな・・・・・

「はい?」

「十二天座はそれぞれの部署の利益代表。一人ひとりが三千もの部下を抱える巨大な存在じゃ。だから儂が同じことをやるなら、会議を開かねば奴らは言うことを聞かぬ。意見を聞き、納得させるなり、多数決で押し切ったりとな」

 それをユーリは下から、お願い・・・の形でなんとかしてしまっている。

 うまく利害を調整し、人員を貸し借りさせている。

 特に生産スキルの人員を管理する宝瓶宮アクエリウスからの信頼を得ていることが強い。

 生産スキルの有用性が示され、また物資の加工などの問題から、どの事業も宝瓶宮の人員を必要とする。

 そのうえで宝瓶宮自身にもやらなければならない仕事がある。

 だというのに今回の防衛拠点建設任務において、そんな宝瓶宮からユーリは百人単位で人員を追加要求し、それを宝瓶宮は飲んだのだ。


 ――天秤宮の背筋に冷たいものが走る。


(いまさらじゃが……どうやった?)

 天秤宮自体は何ひとつ宝瓶宮に指示を出していない。説得もしていない。

 ユーリが交渉失敗の責任で前線に行くと提案を出して、勝手に宝瓶宮や天蠍宮スコルピオと交渉をしたのだ。

 だから天秤宮がやったことといえば、ユーリの前線行きを決定しただけ。

「……宝瓶宮の部署はどうなっておる? 何百人と人員をとられて国内の業務はどうなっておるのだ? なにか物資の不足とかはないのか?」

 天秤宮は、議長として様々な報告を受け取っているが、物資不足についての報告はまだ来ていない。

 問題がないなら、報告は届かない・・・・・・・

「はぁ、特には……あー、急務というわけではありませんが、ええと白羊宮アリエス様から手荒れクリームの要求を受けているぐらいですが」

「手荒れクリーム? なぜ儂に?」

「ユーリ様が建設任務にいってしまったためらしいです。十二天座会議の議題にあげて宝瓶宮様に作らせてほしいようですが」

「却下じゃろ……なぜそんなことを十二天座会議で出さねばならぬのだ」

 深々とため息をつく天秤宮。そもそも直接ユーリに聞けばいい話だ。

「全く余計なことばかり……というわけでもないが……」

 ユーリが何をしていたのか、正確に把握していた人間がいないことに天秤宮は不安を覚えると共に、この合議形式ではニャンタジーランドを落としたあとの国内政治がどうなるのかが不安だった。


                ◇◆◇◆◇


「できたのか? ふふ、これで『鉄板』は終わりだな?」

 機嫌がよさそうな宝瓶宮の様子に彼女の部下たちは不思議な気分だった。

 ユーリが失敗一つで防衛拠点建設業務に飛ばされたことで激怒すると思われた宝瓶宮だったが、全く変わらずに業務に従事しているのだ。

 それとも、また救出に行くぞ、などと言い出さなくてよかったというべきか。

「宝瓶宮様、次はどの工場を作りましょうか?」

「そうだな。とにかく要求の多いものから作っていくぞ」

 廃ビルを改装した工場ビルの作成。最近宝瓶宮が尽力している作業がそれだ。

 工業ビルとは、最近見つかったダンジョンから取れるようになった『魔導素子』を使った『自動製造機レベル1』を組み込んだビルだ。

 『自動製造機レベル1』は魔法ツリーと工業ツリーの混合レシピで製作された機械である。

 素材を入れることであらかじめ設定した素材が製造される装置なのだ。

 当然+1クオリティのものを生産することはできないし、レベル1だからそこまでレアリティの高いアイテムは製作できないが、重要なのは鉄板などのアイテムの製造に貴重なスキル持ちを使わずに済むことである。


 ――もちろんこの工業ビルのことを宝瓶宮は十二天座会議には報告していない。


 自分が所有する首都の廃ビルの中でやっていることだからだ。

 とはいえ、共同研究を行っている磨羯宮カプリコーンとだけは情報を共有している。

 秘密にするのは、仕事が減ったと思われればその分だけ仕事を要求されるからだ。

(またぞろ人を寄越せだなんだと言われても迷惑なだけだからな)

 そもそも宝瓶宮はユーリの頼みだから人員の提供に頷いていた部分がある。

 自分だってたくさんやらなければならないことがあって、そんな中で貴重な人員を出すなど言語道断だった。

 だがユーリはそんな宝瓶宮に考慮して、様々なメリットを宝瓶宮に提供してくれていた。

(……最近の調整はその点が駄目だな……)

 ただ人を出してくれと頭を下げてくるだけ、説得も国家の一大事と繰り返すだけ。

 仕方ないから貸してやっているが、それだって今までよりもずっと曖昧な人員要求ばかりだ。

 錬金術だ建築だ鍛冶だと言われても、やはりその中でも得意分野があって、それを考慮しなければずっと仕事の能率が落ちる。

 なのでもっと詳しい情報を寄越せと言えばわからないと首を振られるばかり。

(これは十二天座会議で抗議の議題に入れるべきだな)

 調整が雑なぐらいなら事業担当者自身が直接説明するべきなのだ。

 宝瓶宮にも予定があって、ユーリはその点を考慮してくれていた。

 きちんと宝瓶宮の利になるように国家の人員の調整を行っていた。

(ふん、ユーリがいなければ回らない国家か……)

 馬鹿にするように、宝瓶宮は本庁舎がある方向を睨みつけるのだった。


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