114 八歳 その9


 キリルと処女宮ヴァルゴ様たちが旅立って数日経った。

 私がそれまでぼーっと過ごしていたかと言えばそんなこともない。

 処女宮様がいなくなったことで、新しい議題の提案は難しくなったが、進めなければならない案件はそれこそ山程あったのでそのために東奔西走する羽目になっていた。


 ――輸送能力の強化もその一つだ。


 私は神国の物資集積場の前で、牧畜以外にも国内輸送の責任者でもある白羊宮アリエス様と一緒に今後の輸送計画で使うものについて話し合っていた。

 とりあえず実験をして、良い結果が出たら白羊宮様を通じて神国全ての輸送で使えるようにするためである。

「それで荷物は用意できましたか?」

「うん。言われたものは用意したけど、これ、本当に載せて大丈夫なの?」

「はい。性能比較なので結果を見てから餌代だのなんだのを考えて一番効率が良いものを選びます」


 ――我々の前には荷物を積んだ荷車に繋がれた動物が三匹ほど並んでいた。


                ◇◆◇◆◇


 この計画を進めるために、私が白羊宮様に提案した要素をまとめるとこんなものになる。

 物資輸送能力は国家が戦争をするにあたって重要な要素だ。

 現代日本人は忘れがちだが、物資が期日までに届くということは奇跡的なことだし、それが迅速であるならそれはもうそれだけで人智を超えていると言っても過言ではない。

 それがどう戦争に関係するかと言えば、めちゃくちゃ関係する。

 武器だの食料だのを担いだ兵士だけ頑張って戦場に到着しても意味はない。

 継続して戦うための武器だの資材だのが届かなければ話にならないのである(そういう意味では生産力も重要だ)。


 ――取らぬ狸の皮算用なので現地収奪は考えないものとする。


 ニャンタジーランドに関しては本当に王国との速度勝負になるのでなるべく私はそれらの困難を少なくしたいと思っていた。

 というか、帝国との防衛戦をやる私にとっても地味に生死に繋がってくるのでここは補強しておきたい部分でもある。

(停戦条約が切れるまであと三ヶ月ぐらい……ただしその直前に王国と帝国は攻めてくる)

 それまでに道路の整備も進めているが、輸送するの改良も行う必要があった。

 つまり馬車だとか自動車だとか鉄道だとかそういうものだ。

 ただし鉄道には線路の敷設の他にも鉄道の開発などの問題があるし、燃料である石炭なども大量に必要だ。

 技術ツリーを解放するだけなら可能だが、実際に運用するとなれば現状の神国では人員も資材も時間も圧倒的に足りない。

(船は研究を始めているから千葉行きの輸送には江戸川を使ってもいいんだが……)

 ただし、人口の少ない神国でなんとか捻出した水運に使える人員はそこまで多くない。

 彼らは貿易用の人員なので一度でも国内輸送に関わらせてしまうといざ必要になったときに使えなくなる・・・・・・

 使えなくなる、というのはそのままの意味だ。いざ準備が整って、貿易できるようになったよ! じゃあ行って! わかった! みたいな柔軟な対応が期待できなくなるということである。

 作業に使ってしまっている以上、使えなくなるのだ。

 ブラック企業に有りがちだが、浮いているからといってそれは無駄な人員ではなく、無理をして確保している人員なのだ、コストカットするな、勝手に使うなと何度言っても――……。

(前世のことは極力思い出したくないな)

 とにかく彼らには海について知ってもらうことを優先したほうがいいので国内の輸送には使えない。

 彼らはニャンタジーランドから購入できた航海用のコンパスだの海図だのの技術習熟に回す。どのみち必要な作業だからそれでいい。

(で、話を戻す)

 千葉への輸送なら個人的には海ほたるが気になったが……。

(ま、これについてはだいぶ後だな……)

 東京タワーやスカイツリーがダンジョン化していた様子を見てあそこもダンジョン化しているだろうし、東京がこの様子だ。

 海ほたるに接続しているアクアライン自体が崩落しているはずだ。

(とはいえダンジョンであるなら探索はしておきたいのでいつか探索する対象としてチェックはしておく)

 さて、そういった理由で候補を潰した結果、やはり従来の輸送に使っている道の補強と、運送に使うの改良へとたどり着く。

 この国では馬などの動物は貴重品なので数が少ない。

 なので使っているのは人間だ。人間に縄を結びつけて車を引く仕組み。

 宗教国家というよりまるっきり奴隷国家だし、輸送に人間を使うなど非効率極まりないが、その辺りはレベルの問題が解決している。

 人間に向いていないこんな非効率な作業でさえ、レベルが10にもなればレベル1の馬よりは役に立つからだ。

(ただし貴重な人間をそんな単純労働に回すのは問題がある)

 私の目的はそういった国内の単純労働に従事している人間をどんどん代用可能なものに置き換えて人間にしかできない作業をやらせることだった。

 とはいえ馬の品種改良には王国から馬の輸入が必要で、それは戦争が近い今では不可能な手段だ。

 代用できるのはワニ、スライム、あとは他のダンジョンから見つかったいくつかの隷属可能なモンスター。

 というところまでたどり着き――


                ◇◆◇◆◇


「最終的に人食いワニですかね。用意したのは進化させたレベル20の『タイラントアリゲーター』ですが」

「ユーリくんおすすめのスライムじゃないんだ」

「スライムは力の数値の伸びがどうしても悪かったので。一応、車輪代わりに板の下に敷くとか考えてみたんですが、数を揃えるとやはり餌代がかかりますね」

「ふーん。でもワニの餌ってお肉じゃないの? 人間とかと違ってコストが面倒じゃない?」

「そこは代用肉で済むので」

「代用肉……って、えぇ、アレ・・? 大丈夫なの? この子たち怒ったりしない?」

「代わりにスキンシップをたくさんとってあげてください。餌によるなつき度の上昇は諦める方向で」

 うわぁ、という顔をする白羊宮様。

 白羊宮様の言うアレ・・、というのは隷属スライムを増産する過程で出る不良品スライムを殺処分して出るスライム素材を、錬金術や精肉スキルで加工して作る『謎肉』と呼ばれるアイテムだ。

 そう、私が監禁されていた時期の地下探索で食べていたワニ肉ペーストの素材でもあったアレである。

 ちなみにスライム素材はそのまま靴底だのゴム製品だのとそのまま日用品にしてもいい素材だが、これら低級すぎる素材アイテムは日用品需要が満たされると不要になり、低級なスライム素材は『謎肉』として国内向けの家畜の飼料などに使われるようになっている。

 なお高級肉扱いである羊の実バロメッツにも低級肉はあるが、これらはそのまま国内の富裕層向けに流通している。

「さて、今回用意したワニ車は、持久力重視、速度重視、コスト重視ですね。この三匹で輸送をやらせて見て、一番効率の良いスキル持ちを増産して国内の輸送に使います」

「……それはいいんだけど……あんまり乗り気じゃないのかな? ユーリくんは」

 おっと、さすがに気づかれたか。

「わかりますか? そうなんです。正直あまりやりたくないんですよ。重要なことなので手をつけてますが」

 私の方を見てぐぁぐぁと口をぱくぱくさせている隷属ワニたちを見つつ私は小さくため息をついた。

「白羊宮様にだから言いますが、この技術の発展はほどほどで止めたいと思っています」

「えっと、鉄道とかができるから、かな?」

 処女宮様と違ってきちんと説明したことを覚えているのですぐに意見を出してくれる白羊宮様。

 私より身長の高い彼女は私を見下ろしながらそばかすの浮いた顔に素直な感情を乗せてくれる。

「いえ、鉄道もそうですが、こういった荷車技術に関しては王国を滅ぼせばそのまま馬と馬車の技術ツリーからレシピが手に入るはずなので」

 どうせニャンタジーランド関連で開戦したあとはそのまま王国との戦争に入る。北方諸国連合と手を結ぶかは別として、王国を滅ぼさなければ我が国に未来はない。

 その結果として、王国から手に入るだろう技術に関しては技術開発はほどほどでいいと私は思っていた。

「輸送の効率化は必須ですが、このワニ車の技術は、どうにも気が乗りませんね」

 馬車と違って少し不格好なこのワニ車はファンタジーすぎて心理的な扱いに困るというのもあるし、たぶん究極的には馬車のほうが効率が良さそうというのもある。ワニと違って馬は草食だしね。

 まぁ、国内での安定した化石燃料の入手先がわかればどちらもお払い箱ではあるんだが。

「ふーん、ユーリくんは頼もしいね」

 そして、どうしてか白羊宮は私のそんな意見に機嫌が良さそうだ。

 王国を滅ぼす、というのが彼女には嬉しいのかもしれない。

「やれることをやっているだけですよ」

 さて、と私はワニ車の増産を進めつつ、帝国側とニャンタジーランド側の国境に資源を備蓄する準備を始めるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る