096 八歳 その6
「おい! ガキ!! どうなってやがる!!」
東京都内で借りるワンルームの事務所のような狭い執務室に怒鳴り込んできた
獅子宮様は馬鹿にしたように処女宮様を眺めてから私を睨みつけた。
雇っている文官たちは狭い入り口からいそいそと見計らったように出ていく。
彼らが出ていくのを見てから、獅子宮様はその辺に置いてあるキャスター付きの椅子にどっかりと腰をおろした。
獅子宮様は先日までニャンタジーランド内で山賊討伐の指揮をとっていたはずだった。それが帰還してすぐ私のところに来るとは。
「獅子宮様、どうなってやがる、というのは?」
床に転がった処女宮様を手で引き起こした私は獅子宮様に備え付けのポットから紅茶を淹れて差し出した。
さっき淹れたばかりだから味も悪くなっていないだろう。たぶん。
ずず、と紅茶を啜った獅子宮様は何かを思い出しながら、不気味そうに私に言う。
「ニャンタジーランドの件だよ。あそこの山賊だの盗賊だのをよ。ちょっと奴らの国内まで足伸ばして狩ってやったりするとニャンタジーランドの連中に死ぬほど喜ばれるんだよ」
こっちは戦争覚悟でやってんだぜ? なんて言いながら獅子宮様は机の上に置いてあったクッキーに手を伸ばしてむしゃむしゃと食べていく。
「なぁガキ、あいつら何を考えてやがる? 国内に軍がやってきてあちこち走り回ってたらぶん殴りたくなるだろ普通」
「何を考えてって、そのままでしょう。我々がたとえば国内の殺人機械を破壊してもらったら喜ぶのと同じだと思いますが」
「あ? だって殺人機械はいらねぇだろ? いや、いらねぇってことでもねぇが。割と使いみちのないガラクタばっかだぜ奴らのドロップは。そんなことされたらまぁ、ご苦労さんぐらいは言うよ。国内で戦った文句は言うし、追い出すがな」
殺人ロボットのドロップは技術ツリーにおける『近代』を目指すうえでとても有用なので使いみちのないガラクタばかりというわけでもないが。
ただまぁ神国からすれば今更特別に欲しい素材を落とすわけでもないので獅子宮様の認識はそれであっている。
「そうです。ニャンタジーランドにとって山賊はいらないってことですよ。彼らは神国と違って『教化』もできませんから国民にするには長い教育が必要ですし、さらに言えば山賊は国内の村などを襲って国民を傷つける害虫のようなものですし」
害虫は言い過ぎだが、滅亡が近いニャンタジーランドからしてみればその認識も当然だった。
輸出用にするにも人間の捕獲というのは結構骨だ。うるさいし暴れるし食料も必要。加えて輸送も行うとなれば管理も必須で、割と一大事業なのである。
うちもニャンタジーランド側から神国側へ山賊の輸送を行うのに結構な人員を投入している。
下手に弱い部隊を送れば山賊相手だろうと返り討ちに遭うからだ。
輸送のためにニャンタジーランド側の道も多少だが整備しているし、ダンジョンでの採取をシステム化していなかったらこちらが財政破綻していたかもしれないぐらいには国費も投入している。
ちなみに道を整備したのはニャンタジーランド内の獅子宮様の部隊が有事の際に、神国にすぐに帰ってこれるようにだ。
もちろん通りやすい道は敵の移動を助けてしまう側面もあるが、経済的な利点の方が多いので国内全ての道路を同じぐらいにしたいと私は考えている。
やはり人手だな……手が回っていない部分が多すぎて、やりたいことが積み重なっていく。
そんな私の考えとは裏腹に、私の説明を聞いた獅子宮様の表情は深刻そうだった。
「なぁ……やべぇのか? ニャンタジーランド。あんな雑魚どもの駆除すらできねぇってのは」
「やばいというか、
「なんだよ、マジで滅んじまうのか」
獅子宮様のもどかしげな表情に私はふむ、と思考する。これは釘を刺しておくべきか。
「同情なんかしてる暇ありませんよ。我々も同じぐらいやばいんですから」
ニャンタジーランドの大規模襲撃は、今のうちであれば余裕で防げるレベルだ。あそこの敵は巨大な貝のような水棲モンスターや人間モンスターによる襲撃なので鉄の武器で十分にダメージが通る。
帝国や王国が国内に設置したという大規模襲撃用の殺戮設備でも設置すればおそらくあと何回かの襲撃は防げてしまうんじゃないだろうか?
だがうちは……次も防げるかわからなかった。
獅子宮様が廃都東京の深層で見たというステルス機能を搭載した殺人ドローン。あれらが出てくるかもしれないし……地下で見た巨大モンスターを操っていた相手側の手腕。学舎がたまたま良いタイミングで落ちてきて殺せたが、あの巨大な隷属モンスターを何体も地上で使われたらうちでは対処できるかわからない。
「なので、なんとかして今年中にニャンタジーランドをうちの属国にする必要があります。落としたあとが一番大変なんですから」
「気軽に言いやがってクソガキが。真正面から殴って陥落させりゃこんな気分にはならねぇよ。あとで陥落させるつもりのとこの国民に歓待された俺の気分を想像してみろよお前」
「すみません。まだ国外への移動を許されてませんので」
「ちッ、そういうことじゃねぇんだよ」
獅子宮様が言うように、山賊捕獲はニャンタジーランド陥落の前段階だった。
下手に口を出すと獅子宮様に絡まれるからだろうか、私は黙っている処女宮様のカップが空になっていたので紅茶を注いで、獅子宮様が貪り食ったために空になったクッキーの皿に、棚からクッキーの箱を取り出して追加した。
窓の外は暗い。もう夜が近いな……寮に戻らないと
「獅子宮様、そういえば頼んでおいた地図作りはどうなりましたか?」
「できてるよ。
「ええ、そのためにわざわざ国内の調査をさせて経験を積んでいただきましたから」
国内の資源調査と一緒にやらせた正確な地図作りの成果が出た。
私は獅子宮様が見せてくれた地図と、兵士が『偵察』に成功したことで更新されているインターフェース内の地図が一致しているか確認しつつ、地図内のニャンタジーランドの首都に指を落とし、獅子宮様に問いかけてみた。
「獅子宮様、例えばですが、今からニャンタジーランドを落とせると思いますか?」
不戦条約の縛りは私たちにもある。条約破りをすれば同じ不戦条約を結んでいる帝国や魔法王国が攻めてくる。だからこれは念のための問いだ。
私も別に歴戦の指揮官というわけではないので、きちんとした確信がなければ軍事行動を命ずることはできない。
「そのときの条件次第だな。実際に落とせと命令されりゃどうあっても落とすが……」
獅子宮様の信仰心は疑うところがない。それでも悩むということは、やはり今の戦力では難しいということだろう。
ニャンタジーランド側も全く防御施設がないわけじゃない。地の利はあちらにある。
数は力だ。昔から漫画とかでも言われている通り、あちらの三倍は兵士が必要か。
「獅子宮様、ニャンタジーランド側には極力優しくしてください。無血降伏させるつもりではありますが、何があるかはわかりませんので」
「ガキが。言われなくても優しくしてるぞ」
「ええ、ありがとうございます。獅子宮様には感謝しか――「黙れ」
はい、と頷いておく。使徒になってあれこれと指示をしているが、獅子宮様からすれば生意気な小僧でしかないのだ私は。
――やめろと言われないのは役に立っているからでしかない。
私は頭を切り替え、今後を考える。
こちらがこれだけ行動しているのだ。
ニャンタジーランドに隣接するくじら王国側も何かを仕掛けてそうだが、民心を神国よりにして、ニャンタジーランドの君主の感情を神国側にしたい。
獅子宮様にはこれからも山賊狩りのついでにニャンタジーランド内の地形を覚えてもらう。
可能ならあちらの国内の奥深くまで神国製の道路を敷設してしまいたいが……。
「条約を結びたいですね……」
「条約? え? なに? また酷いことするの?」
黙っていた処女宮様が私の言葉に反応する。いやいや、と私は笑ってみせた。
「いいえ、ただの安全保障条約ですよ。ニャンタジーランド内にうちの軍をきちんとおけるように大義名分が欲しいんです」
今は不戦条約に書き足した条文が大義名分だ。もっと踏み込んだ形でやりたい。
――時間も技能も足りないが……。
扇動系の技術が全然育っていないのが痛かった。神国側でニャンタジーランド内の世論を意図的に変化させることは難しい。
ただ仮想敵国のくじら王国をうまく利用できれば……とにかく早め早めの行動が必要だ。
不戦条約はもうすぐ切れる。期限は今年の八月。処女宮様たち君主の転生者がこの土地に来て、最初の転生者会議を行って、いくらか国内の事情を把握しきったあとに行われた多数決で決められた不戦条約。その期限が。
とはいえ、この条約も割と出来損ないだ。条約を結ぶこともできないほど遠方の国とは結ばれていない。
――そんな仮初の平和を保証していた条約が切れる。
この条約もきっと、何事もなければ更新されていただろう。
この国が大規模襲撃をきちんと跳ね除けられていれば、帝国も更新を続けてくれたに違いない。
――国力は必要だ。
「で、ガキ。軍を置いてどうすんだよ? 圧力をかけろってか?」
「いえ、うちがニャンタジーランド内に軍を置けば、必ず王国側も同じことをしたがると思うんですよね」
「王国側に横暴をやらせて、うちに頼らせようってか?」
「それならいいんですが……まぁ不安要素もあって、処女宮様、こちら側って何があるんです?」
茨城県側の国家は私のインターフェース上では不明で、黒色の暗黒に染まっている。
今まで聞かなかったのは、あまり大きな話をしても処女宮様には理解できないだろうからと気を使っていたからだ。
ただここまで突っ込んだ話をするならそろそろいいだろう、と私は処女宮様に問いかけた。
紅茶のカップを口元でゆらゆらと揺らして遊んでいた処女宮様は自分のインターフェースを表示させて答えてくれる。
「んー、茨城? たしかそこは滅んでたと思うけど……」
「滅んでた……ですか」
「うん。最初の大規模襲撃でね。で、
「ような? じゃねーよ。くじら王国が北方と揉めたってなんだそれは、聞いちゃいねーぞ俺は」
獅子宮様が処女宮様の情報にキレかけている。処女宮様はうるさそうな顔をしてから私の背後に回ってぼそぼそと反論する。
「だ、だって、今まで国内のことでいっぱいだったし……誰も聞かなかったし」
「女神の神託は逐一言えっつってんだろうが! お前、マジでさぁ……」
「だ、だって! 全部言ってたらキリがないじゃん! 最初の会議で決めたじゃん! 神託は大きな変化があったらって!!」
「うるせぇ! てめぇはだから! つーか他はどうなんだ他は!!」
私も聞きたいと思っていた。どうにも使徒に渡せる全権限以外にも処女宮様のインターフェースには様々な機能があるのだというし。聞き出そうと思えばあれこれと余計な情報まで流してくるから今までは遠慮していたが、これは良い機会だった。
「ええと、最近だと京都なのかな。『神門幕府』と『近畿連合』が衝突したとか? そういうの? でもこれずーっとやってるしな。って、ああッ!? 七龍帝国の西側の脅威ってこれ?」
「ずーっとってなんだ。聞いてねぇぞ俺は」
頭を抱えている獅子宮様。だが私が疑問に思うのは別のことだ。
「それ、どうやって収集してるんです? そちらに諜報は向かわせてませんが」
私が知らないうちに情報収集のために向かわせていたなら別だが。
「女神の権能だろ。全知の目って奴だよガキ」
獅子宮様がいうが、それは国民向けの
「その子たちには
ぼそぼそとついでのように囁かれた言葉に私は転生者会議を思い出して、嫌な気分になった。
「ガキとイチャついてんじゃねーよ処女宮。お前……絶対あとで書類にして今までの神託提出させるからな」
「えぇ……無理だよ絶対。昔の奴とか覚えてないもん私」
ぐがー、とキレる獅子宮様を前に私は小さくため息をついた。
とりあえずニャンタジーランドの港を借りて『北方諸国連合』に接触して、王国側を焦らせてみるか……。
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