087 東京都地下下水ダンジョン その31
「
私が偵察スキル持ちの兵に偵察の結果を尋ねた。
「何もいませんね。この下はなんなんでしょうか?」
「たぶん三階層だと思いますよ。さて、敵がいないなら降りてみましょう。階段を作ります」
偵察スキルを持った兵に三階層の安全を確認して貰った私は地面を足で踏み、
もちろん私一人では疲れてしまうので一緒についてきているキリルや他の錬金術持ちに物質固定などのスキルの補助をしてもらう。
便利だな。錬金術。とても便利だ。
――錬金術のレアリティが低いのはこのためだろうな。
この世界の
いわゆる詰み防止というやつなのだろう。なにに詰むのかはわからないが。
極論、鍛冶も調薬も何もかも錬金術があれば賄えてしまう。
もちろんそれらで同じことをすれば錬金術よりも優れた結果が出せるが、使えればいいレベルならば錬金術で事足りるわけだ。
むしろ技術ツリーの発展においては一つしかできない特定の生産スキルよりもあらゆるツリーの開発ができる錬金術の方が――。
「ねぇ、ユーリ?」
「どうした? キリル」
「あの、さっきの話、てんせーとかよくわからなかったんだけど。アキラはあれでいいの?」
「あれって?」
「ぼうめーっていうの? アキラ、神国の外に出てしまうんでしょう?」
ざらついた土の壁を触れながらキリルが問いかけてくる。せり出した階段状の床が怖いのか壁側にキリルはいた。ふむ、落下防止に手すりを作った方がいいか。
私は地面を踏むと形成変化で柵と手すりをつくる。私の真似をして、後続の兵たちも手すりをつくっていく。
SPを余計に使ったので、私はSP回復用のポーションを飲み、SPを回復する。
その間にもキリルは私にアキラについて語ってくる。
「神国の民が神国の外に出たら不幸になるわ。私はアキラのことは好きではないけれど、ああいうのを見過ごすのは、処女宮様もそうだったけれど、ユーリはどういう考えがあってなの?」
アキラが外に出る。不気味に
だが私はアキラを止めようとは思わなかった。むしろ出ていくなら応援するし、私自身はある種の羨ましさをアキラに感じていた。
このブラック国家に留まる選択を選んだ私にとって、彼女の勇気ある決断はむしろ尊敬すべきことだったからだ。
「それが彼女の決断なら尊重すべきじゃないか?」
「そう、かしら。女神様はきっとお許しにならないわ」
「キリルは優しいな。でも女神アマチカならばきっと国を出たあともアキラが信仰を捨てなければずっと見守ってくださるよ」
気休めのような言葉だがキリルはうん、と安心したように頷いてくれる。
――女神はアキラのスキルとスマホを没収するだろう。
そう、自分の今の発言で気づいたことがある。いや、思い出したに近い。
そう、それは処女宮様が転生者だったということ。そして私がスキルを授かったときに聞いたあの声……。
――女神アマチカは処女宮様だ。
ようやく処女宮様の声を聞いたときに覚えた違和感が解消できた。
あの方がこの国の女神か……。
なんとも気が滅入る話だが、そう考えれば処女宮のインターフェースがあれだけ充実していた理由もわかる。
彼女がこの国の支配者というわけだ。
(アキラは本当に勇気がある)
こうして改めて考えると、聖書に織り込まれたいくつかの警告文は真実だったわけだ。
国を捨てることの意味はあれに嫌というほど書いてあった。まともに読んでいれば猿でもわかるぐらいに。
――国家所属でなくなるということは、この国で授かっているあらゆる加護を失うということだ。
そのときに所持しているアイテムは残るだろうが、スキルとスマホ、国家に所属することで与えられるこれら二つは確実に失われるだろう。
(まぁ、スマホに関しては取り上げられなくても、国の固有施設でしか充電できないからすぐに充電切れになるからどちらでも一緒だろうが)
とはいえ、アキラも聖書を真面目に読んでいるならそれは承知しているだろうし、そもそも亡命するなら他国と接触して就職先ぐらいは確保しているはずだ。次の就職先を確保しておくのはブラックを退職するときの基本だからだ。
(まぁアキラに関してはもう終わった話だ)
そもそも自分が関わらないと相手が幸福になれない、なんてのは傲慢にすぎる考えだし、そういうのはブラックの基本思考だ。
ここで何もできないお前が他で働けるわけがない、なんて言葉は反吐が出るほど聞いてきた。当たり前だが、私は他人にそんなことを言いたくない。
アキラだって一個の人格を持った人間なのだ。私たちが何もしなくても彼女は自分で問題を解決するし、自分で幸せになる。
でなければ私が可哀相じゃないか。
私は誰かに幸せにしてもらわなくても、絶対に自分の力で幸せを掴み取ってみせる。
――例外は処女宮様のような、どうしようもない奴だけだ。
くそぅ、最初から丸投げされるとは思っていなかったぞ。
ああ、とにかくアキラのおかげで
儀式を済ませたら処女宮様の使徒になって、早急に政治に取り掛からなければならない。
「キリル、私たちはな。他人の心配をしている場合じゃないんだ」
「え? どういう――」
そうだ。この国の現状を思えば、一足先に亡命したアキラは賢い。
愚かなのは私の方だ。逃げることもできるのに、こうして自分の目的を捨てられずに、この土地にしがみついている。
「それは――いや、先に探索を済ませようか」
途中から上から資材を送ってもらって、作り上げた螺旋階段を私たちは降り切る。
土管状の二階層の
(直接見たことはなかったけれど……)
わぁ、とキリルが感嘆の声を上げている。
三階層は、いつかのネット記事で見た東京都地下の排水用の施設に似ていた。
真っ白な、巨大な支柱に支えられた真っ白なコンクリートの空間が視界いっぱいに広がっている。
現代の地下神殿と騒がれたそれが私たちの目の前に広がっていた。
――そしてモンスターもまた、目の前で
「うそだろ……」
翼はないが、地を這うタイプの
抵抗はしたんだろうが、そのまま脳をえぐられて死んだらしい巨大な龍の死骸が白い神殿に転がっている。
掘削蚯蚓の頭もまた息絶えていて、短くも壮絶な戦いがあったことを私に教えてくれた。
「……あー、ドロップアイテムの、採取を……」
呆然としながらも降りてきた兵士たちに指示を出して、私は周囲の探索を始める。
(雑魚がいない? ということはここはボス部屋か?)
龍の死骸を見たのか、ユーリ、と私の手を不安そうに握ってくるキリルの手を握り返しながら私は周囲を探索し、それを見つけた。
山のような金貨。そしてそれに埋まった剣や鎧の山だ。
だが私が探すべきはそれらではなく、ここが本当にボス部屋なら――あった。
(これは文書……いや、週刊誌だ。
装備だのなんだのにも興味を惹かれるが、それは私の探索についてきていた兵士たちに回収させ、私は雑誌を読むことにする。
「ユーリ? 読めるの、それ」
「え、あ、ああ。読めるよ。勉強したから……」
「そう……なの。ふぅん、いつか教えてね」
「あ、ああ」
キリルに生返事をしながら私は雑誌をめくる。
雑誌の表紙にはアンブロシア医療研究会の文字が踊り、代表取締役だか社長だかわからないが、年月で色あせた、美人の女性のグラビアが載っている。
調子に載っている企業らしさが出ているが、私は素早く雑誌をめくって内容を確認していった。
政情の不安を煽るようないつものマスコミの文面。スポーツ選手の活躍に、モテる男になるための広告。
特集らしきアンブロシア医療研究会の記事には、美容サプリ、エナドリ、薬剤にも手を出し、今度はガン治療やその他の事業にも手を出すことが書かれていた。
こんなものか? なら、もっと下の階層にもっと情報が――。
「ユーリ様! 探索終わりました。ここにはもう何もないみたいですね」
「あ、ああ、はい。ありがとうございます。階段とかはありましたか?」
「いえ、ここには何も。ユーリ様、このダンジョンは三階層で終わりということでしょうか?」
「どう、だろう……私にもそれは」
悩んでいれば「ユーリくん!」と聞き覚えのある元気な声が聞こえてくる。
黙っていれば美少女の処女宮様だ。
「ダンジョン
わざとらしいぐらいに明るく抱きついてくる処女宮様は私の隣にいるキリルを押しのけると、私の持っている雑誌を見て、首を傾げた。
「なにこれ?」
「ダンジョンのクリア報酬みたいです」
「ふーん、雑誌じゃん。アンブロシア……ああ、私も飲んでたよこの会社の製品。めちゃくちゃ肌にいいって言われたから毎日飲んでた。懐かしいね」
「そう、なんですか。私もこの会社のエナドリ飲んでましたけど」
「そうなの? エナドリ飲んでたの? 大人だ!」
あはは、と笑っている処女宮様が私が持っていたもう一つのものを見て、「なにそれ?」と聞いてくるので私はその紙のようなものを取り上げた。
「レシピだと……おもい、ますが」
「え、ユーリくん!? ど、どうしたの?」
レシピを見て、涙が、自然と溢れてくる。
私はそのレシピを抱きしめてしまう。
会いたかった。これに私は会いたかったのだ。ああ、よかった。本当に、本当に。
「うぅ……うぅぅ……」
処女宮様が「ど、どうしよう? え、なんで泣いてるの? こ、このレシピ?」と取り上げ、えぇ……、という困惑を示す。
「これ、エナドリのレシピじゃん……」
そうだ。ようやく手に入れた。エナドリを。
これでようやく、私は戦える。
本当の本気を出せるのだ。
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