067 東京都地下下水ダンジョン その11
学舎の地下に
そこで私たちは帰還した
「モンスターの生産設備……!?」
呆然と私は呟く。そんなものがあるのか。あっていいのか。
「そうだ! 自衛隊員ゾンビどもがそこを動かねぇってことは、おそらく二階層にそいつが作られているはずだ! いいか! まず場所を見つける! そして叩き潰す!!」
獅子宮様は気合の入った声で方針を伝えてくるが、あまりの現実に、ざわざわとした動揺が波となって会議室に広がっていく。
この臨時の会議室とした大部屋には、獅子宮様と
私は軍には所属していないので実質部外者だが、最初から関わった者として、壁際に立っている。
やがて兵の一人が立ち上がった。獅子宮様に向かって大声で問いかける。
「獅子宮様! 猶予はどのくらいですか?」
「俺がそんなこと知るかよ! だからさっさとやるんだよ!! くだらねぇ質問をするんじゃねぇ!!」
獅子宮様は怒鳴って兵の質問を退けた。だが、はいッ、と慣れたように兵は返答すれば、次の兵がすかさず立ち上がる。
「獅子宮様! だいたいの位置などは!」
「さっきここに来たばかりの俺がそんなこと知るかッ! この穴蔵で活動してるてめぇらの方が詳しいはずだろうがッ!!」
はいッ、と兵が引き下がり、次の兵が立ち上がる。
「獅子宮様! 偵察部隊の選出は!!」
「ああ!? 俺がそんなこと知るか! 巨蟹宮が説明する!!」
「はは、元気がいいよね獅子宮は。じゃあ、そこからは私から説明しようか」
はい注目、と巨蟹宮様が私が作成したホワイトボードの前に立ち、兵の一人を呼び寄せてダンジョン一階層の地図を貼り付けた。
それは多くの兵が見えるように作られた巨大な地図だった。
私が作ったものではない。『書記』のスキル持ちであるカキクさんはアビリティを使って文書の複製や拡大ができる。それで作った地図の一つだ。
当然、二次元よりも三次元的な方が理解は楽だ。
だから私は現代人らしくこの地下ダンジョンのジオラマを用意したかったのが、時間がなくて諦めたのだ。
――本当に忙しかった。
そしてここまでたどり着けたのだ。
「今回の偵察については私が作戦を立てた。カキク」
はい、と壁際に控えていた、書記のカキクさんが巨蟹宮様の指示に従って地図の傍へと歩き、磁石を埋め込んだ部隊のコマをホワイトボードに貼られた地図の上に配置していく。
「このように兵を三つに分ける。陽動が二部隊。偵察が一部隊だ。陽動はそれぞれ私と獅子宮が率いる」
そこで巨蟹宮様が沈黙した。兵が三つ? 嫌な予感がした。
――巨蟹宮の名を冠する枢機卿の青年は、私を見ている。
次の言葉が予想できる。畜生。やめてくれ。
「ユーリ、君が偵察部隊を率いる。やってくれるね?」
恐怖か、緊張か。舌に感じる嫌な味に身体が震えた。
だが断ることはできなかった。ここで断れば、私は土壇場では使えない男の烙印を押される。次から大きな仕事には関われなくなる。
(成功させれば勲功は莫大だ。チャンスだと考えろ……!!)
だから私はゆっくり、はっきりと頷いた。
「はい。わかりました」
「よし! 任せたよ! さて皆、この拠点の設営指揮を行ったユーリの能力はわかっていると思う。そのうえで言う。彼に従う兵は彼の言葉を私の言葉だと思って従うように!!」
はいッ、と兵たちが巨蟹宮様に威勢よく返答した。
兵が従わない心配はこれでなくなった。
だが、私の内心は荒れ狂っていた。
決断はしたが、決断はしたがッッッ!!
(聞いていないぞ! なぜだ! なぜこうなる!!)
だいたい偵察ができる兵ならいくらでもいるだろう。なぜ私を使うのか。七歳児だぞ!!
心の内が泣き言で溢れる。だが私は平静を保った。作戦の内容を話しているのだ。聞き漏らすと後が辛い。
作戦が説明され、巨蟹宮様が陽動を行う兵や偵察を行う兵を選定していく。
そして仕分けられた兵のまとめ役がそれぞれ集まってくる。兵と挨拶を交わし、顔を合わせていく。ほとんどが顔見知りだ。改めて名前を覚える必要はない。
「ユーリ……様。よろしくおねがいします」
そんな中、私の前に立ったのは巨蟹宮様の使徒様の一人だった。
地下一階層で巨蟹宮様と出会ったときに、私を殴ろうとしたガタイの良い巨蟹宮様の使徒様。
偵察班の中で戦闘を担当する班の班長としてだった。護衛役や足止めを行ってくれるのだ。
なぜこの人選なのかと私が疑問に思う間にも、使徒様は「巨蟹宮様が守れと仰った以上、私の命に代えても守りましょう。女神アマチカに誓って」と私に向かって手を差し出してくる。
――
私を守ってくれるのはいいが、私を守って死なれるのは困る。
そんなことをされたら凡人の精神力しかない私は一生苦しむことになるじゃないか。
だから私は使徒様の手を取って、いいえ、と首を振った。
「貴方に死なれると巨蟹宮様が困る。この先の神国には多くの困難が待ち受けているのです。目的を果たし、必ず全員で生きて帰りましょう」
使徒様はどうしてか感激した表情で私の手をにぎると「はい、ユーリ様。必ずや貴方を守りましょう」と頷くのだった。
本当にわかっているのかこいつ。
◇◆◇◆◇
作戦の準備のために兵たちが会議室を出ると巨蟹宮様と獅子宮様と私だけが部屋には残った。
ワニ革を床や壁に打ち付けた室内。机や椅子が整然と並べられている。
毎日兵の誰かが掃除してるのだろう。地下特有の閉塞感はあれど汚れなどは見つからない。
「すみません、巨蟹宮様。どういうつもりなんですか?」
「どういう、とは?」
わかっているくせに巨蟹宮様はうっすらとした笑みを浮かべ、はぐらかすようなことを言ってくる。
「巨蟹宮ァ、まどろっこしい言い方するんじゃねぇよ。なんでこのガキが偵察部隊なんだ。他にもっと適任がいるだろうが」
「いや、ユーリが一番適任なんだ獅子宮。スライムの多くを隷属させ、錬金術を自在に使え、兵の信頼を得ている彼にしかできない」
「だがガキだぞ」
「わかっている。だけれどこの局面で任せられるのはユーリしかいない。もっとも本来は別の人物の予定だったけどね」
「あん? 本来? 何いってやがる。ならその本来って奴を――」
ああ、嫌な予感がする。聞きたくないと思った。
巨蟹宮様は、私が巨蟹宮様に二階層のことを告げたときと同じ、苦々しい顔をしてみせたからだ。
「
マジか、と獅子宮様が呟いた。
「本来は偵察部隊の隊長には錬金が使えて兵の信頼も厚く、自らも兵を持つ宝瓶宮を使うつもりだった。ユーリの情報を流して手伝わせるつもりだった」
だがいないのでは頼れない、と巨蟹宮様は諦めたように言った。
「そして
だから地上の兵も動かせなくなった、と巨蟹宮様は嫌な情報を重ねてくる。
「あの、スキルで簡単に探せるのでは?」
双児宮様が本気になれば人間一人そう苦労せずに探せるといったのは巨蟹宮様だ。
「俺ら十二天座がその気になれば神国の国民のスキルの干渉をカットできんだよ。俺らの方が位階が上だからな」
カット……? インターフェースと同じシステム的な理屈だろうか。
意外にも私の質問に答えてくれた獅子宮様はそのまま巨蟹宮様に向かって言葉を続けた。
「処女宮と宝瓶宮か。ちッ、宝瓶宮単体なら依頼が多すぎて隠れたって考えられるが……処女宮が一緒ってことはだ」
「うん、十中八九、独自にユーリの捜索に動いたんだろうね。どこかから監禁の情報が漏れたかな?」
私の、情報? 待てよ。それはつまり。
「キリル……か?」
「あん? どういうこったガキ」
「あ、いえ、先日双児宮様から学舎での私の知り合いが行方不明になったことに私が関与していないか問い詰められて」
「そのキリルとかいうガキが処女宮と宝瓶宮にてめぇの情報を流したと?」
「かもしれません……」
面倒なことしやがって、と獅子宮様が舌打ちする。私もそうだ。キリルよ、なぜ私の帰還を待てなかった……。
だが私の胸のうちはどうしてか安心に満たされている。
――少なくとも、キリルが無事だということがわかったのだ。
処女宮様と一緒というのは不安だが、宝瓶宮様と一緒ならば万が一はないだろう。あの方はあれで優秀だ。なによりふたりとも錬金術が使える。ならば生存を第一に行動できるはず。
それにどうしてか喜びの感情もあった。不安や安心が入り交じる私の中にあるかすかな感動のようなもの。
あの小さな少女がどうやってか枢機卿を動かし、私の捜索を行っている。
自分が見捨てられていなかったという喜びは、今まで味わったことない、何かの感情を私に呼び起こしてきた。
「――で、あいつはまだ来ねぇのか?」
「密書は送ったけどね。なにしてるんだろう?」
「何してるじゃねぇだろうが! くそッ、なんで国の一大事に国の頂点どもは自由に動き回ってんだ!!」
気づけば、私が感動を味わっている間に話題が進んでいたのか、獅子宮様が怒鳴っている。
そんな中、会議室に兵の一人が入ってきた。
「巨蟹宮様! 獅子宮様! あの、その――」
「はっきり言え!! なんだ!!」
獅子宮様に怒鳴られた兵がびしっと背筋を伸ばして発言する。
「
「やっと来やがったか! 迎えに行くぞ!!」
――どうやら、援軍がやってきたようだった。
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