二章・前『七歳から始める中間管理職』
030 七歳 その1
大規模襲撃も終わり、学舎での生活に戻って数日。
私は七歳になった。今日七歳児になったのだ。
(誕生日、正月なんだなぁ……)
中庭のベンチに座りながら空を眺める。どこでも空は変わらないと思えるような晴天だ。
一月一日。
それが私の誕生日、というより神国アマチカの国民全ての誕生日だった。
といっても正確に私が七歳になったのかは不明だが。
当たり前だが一月一日に皆が母親のお腹からおぎゃー、したわけではない……と思う。
神国アマチカでは女神アマチカによって命名された日から
(その命名も怪しいものだが……)
女神アマチカが本当にいるかは別として、処女宮様の使徒となり、インターフェースの権能を貸し与えられたときにいくつかこの国の仕組みについて推測ができた。
この国を支配しているあのインターフェースの構造からして、命名は一月一日のタイミングで自動で行われる、のだと思う。
たぶんインターフェース内に単語帳でもあってそこで名前をランダム生成しているのかもしれない。
まさか枢機卿方が一人一人命名しているわけではないだろう。処女宮様は少なくともそういう性格ではないように思えた。
さて、ついでにもう少し深いところも考えてみよう。
ざらついた感触の木のベンチを手で撫でつつ思考を進めていく。
そもそもこの国が崇めるのは、少なくとも地球に古くからあった神話の神々ではないように思う。
この国に来て支給された聖書と教典に存在する女神アマチカなんて神は
いや、日本の神は八百万もいるから、なんかかんとかアマチカの
そういうことではないのだ。
イザナミだとかゼウスだとかオーディンだとか、そういう話だ。
そういう話の上で考えるなら、女神アマチカはそういうものではなく、もっと機械的な、それこそAIのようなものだと思う。
インターフェースの構造からわかる。
あれは神話の神々のような
あの利便を追求した構造は、積み重ねられた
それに私の指示を女神の勅命と勘違いしていた枢機卿様たちのことも気にかか――袖を引かれた。
思考を止め、正面を見る。
「ゆ、ユーリ。待った?」
照れくさそうに笑うキリル少女が私の目の前に立っていた。
ここはいつも食事をとっている学舎の中庭だ。周囲には私たち以外にもちらほらと生徒の姿も見える。
今日は神国にある数少ない祝日で、いつもの『学習』も今日はなかった。
だから私たちはこうやって午前中からのんびりと中庭にいることができる。
「ちょ、ちょっと、何か言ってよ。遅れて怒ってる? そ、その、ね。ちょっと支度に時間がかかって」
支度と言ってもキリルは生徒に与えられたいつものローブ姿だ(私を含めて生徒は神国の制度上人間扱いされていないので、それ以外持っていないからだ)。だがどこかいつもと違うようにも見える。
「なんだろう。キリル、いつもよりかわいいな。雰囲気が違う」
別に可愛くても可愛くなくてもキリルはキリルだが褒めるだけ褒めておく。
実際、私の勘違いであっても褒めておくに損することはないからだ。
「そ、そう? えへへ。ちょっとだけ髪をね。ふふ」
「髪を? なに? どうしたの?」
「え~。気になる? ユーリ気になる?」
「気になるなぁ。ほら、私の隣に座って。キリルがどうしたのか私に聞かせてくれ」
やった、なんて言いながら私の隣に可愛らしく座るキリル。小さな少女が楽しげに私に微笑んでくる。
私が「どこが変わったのかな~?」なんて言いながらキリルと視線を合わせれば、キリルは照れながら楽しげに、しかし誇らしげにちらちらと私に髪を見せてくる。
――まぁ、
この身体は七歳児で、私の心にはこの身体の持ち主であるユーリ少年が入り混じっているが、意識として強いのは三十歳のおっさ――いや、お兄さんである私の方だ。
子供に情欲を感じるようなことはない。恋や愛はない。キリルは可愛らしい少女だが、私が彼女に感じるのは奇妙な友情や感謝のようなものだ。
そして、この茶番こそが私にとっては重要だった。
キリルの存在は、数日前に起こった大規模襲撃によって深く傷ついた私の心を癒やしてくれている。
あのときはただ生き残るのに必死で手段を選べる余裕などなかったが、こうして戦いが終わり、日常に放り出されたときに自分がおかしくなっていることに私は気づいてしまったのだ。
――理由もなく突然指先が震えるのである。
ここ数日は思い出したように震える指先にどうしたものかと悩んでいたが、こうしてキリルとつまらないやり取りをしているとその震えも何故か治まるのだ。
きゃっきゃとキリルが笑っていると、どうしてか私は救われた気分になれるのだ。
「正解は~~」
「キリル」
「なに? わからないでしょ。特別に教えて――えっと?」
キリルの手を握って、私は心からの感謝を伝える。
「ありがとう。君がいてくれて本当によかった」
「えっと? な、なによユーリ」
戸惑いながらも照れくさそうに笑ったキリルが「もう! わからないからってそういうのなし!!」と私の胸板をポコポコと叩いてくる。
私とキリルは同じ七歳児で子供ならば女子の方が肉体的な成長は早い。彼女の方が少し身長は高いかもしれない。
それでも
別にキリルが手加減しているわけではない。単純に私の方がキリルより
「え、あれ? ユーリ痛い? どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「でも泣いてるじゃない。え、ほんとごめん。別にそんな本気で叩いたわけじゃなくて……」
「本当になんでもないんだ」
――ああ、情緒が不安定になっている。
キリルがポロポロと涙を流している私を気まずそうに見てくる。
だけれど彼女は私を不気味がらない。とても心の優しい少女だ。
私のレベルは上がっている。
学舎でレベルを調べる方法はないが、私は数日前の三ヶ国との会談の最中に、自分のユニット情報を確認した。
だから正確に、レベルを数値として把握できている。
どうやら一体もモンスターを倒していなくとも、高レアリティアイテムの錬金を大量に成功させたり、神国の軍全体の指揮を取ったことでもレベルは上がるようだった。
吐きそうだった。
獅子宮様と他国の将軍との争いで、それが戦いにおいて、というよりこの奇妙な日本で生存するための大事なパラメーターだということは理解できる。
だが肉体に直接左様するこれは、ある意味で道具のようなスキルよりよっぽど不気味な存在だった。
(ここは本当に地球なのか? 私は、よく似た異世界にでも迷い込んでしまったんじゃ……)
それとも私たち神国の人間、いや、他国も含めてこの世界の人間は――ぎゅっと手を握られた。
「きり、る?」
「大丈夫。大丈夫だから」
「ああ、そう、そうだな」
「ほら、村でね。私のママも、私が泣いたらこうして撫でてくれてね……ああ、もう、ユーリが泣くから私も泣きたくなってきたじゃん」
「じゃあ、泣けばいい。ほら、感情を溜めこんでるとろくなことにならないぞ」
私も吐き出せるなら吐き出したいが、こうして私を慰めてくれるキリルですら七歳の女児なのだ。
私が抱える悩みを聞いたとしても、ただ困惑させるだけで――いや、それとも本当に不気味がられるかもしれないから私は話すことに怯えているのかもな……。
「うーん、いいや。ユーリ、なんかいろいろ考えててまじめに慰めてくれなさそう」
「そんなことはないよ。ちゃんと聞く。聞くとも」
「ほんと?」
「本当」
「じゃあ、今日の私はなんで可愛いんでしょうか! 答えて」
髪を切った? いや、どうだろう? そこまでの変化はない、気がする。
化粧は……? わからないな。そういう年齢でもないし、化粧品なんかないし。
「はい! 時間切れ!!」
さ、とキリルが立ち上がった。私に向かって手を差し出してくる。
「もう泣いたからいいよね! ほら、買い物。ユーリがお布施してなんか買ってくれるんでしょ?」
「ああ、うん」
私も立ち上がる。そうだ。今日はキリルと購買で買い物をするのだ。
「なに買ってくれるの?」
「スマホスキル。あと日用品かな」
「え、スキルって……あの、アマチカ、足りるの?」
「足りてるよ。臨時収入があったから」
提出していた+1報酬のレシピ報酬が振り込まれたのだ。
あれらのレシピアイテムを大規模襲撃の際に私が作ったことでこの国の通貨であるアマチカが私のスマホに振り込まれていた。
それに
学舎の生徒である私にあの人は干渉ができない。だが、いくつかシステム的にできないことを無理を通して可能にしたらしい。とても意外な人物から渡されてしまった……。
ただ、どちらかというと私が嬉しかったのは結構な額のアマチカより、生産個数がシステム的に決められているらしい、ステータス補正のある神国勲章『三等大星章』の方だが(最高勲章を贈りたかったと一緒に渡された手紙には書いてあったがそれは
「りんじしゅうにゅう? あ、そ、それより」
うん? と心配そうに私を見てくるキリルを見返す。
「そ、そんな高いもの買ってもらうなら、その、ほ、ほっぺにキスとかしたほうがいい?」
ぷ、と私は吹き出した。別にそんなことのためにスキルを買ってあげるわけではない。
「いいよ。私とキリルの仲だろう?」
「そ、そう?」
そうだよ、と私がキリルの手を強く握ってやれば、キリルはえへへ、と笑って私の腕に抱きついてくる。
そうだよ、キリル。なぁ、キリル。ありがとう。君がいてくれて
(私は甘かった……)
前回の大規模襲撃で思い知った。
私には、私と同じくらい働ける仲間がたくさん必要だ。
だから私に次ぐ成績で、私に優しいキリルに成長を強化するスマホアプリを買ってあげるのは、当然のことだった。
(キリル、一緒にこのブラック国家を支えていこうな?)
この奇妙な世界では同じ人類が治めるはずの他国すら恐ろしい存在だった。
だが今の弱小国の状態から日本国全体を統治する覇権国家などというものは無理だ。
それでも、私たちは生き残らなくてはならない。
だからこそこの神国アマチカを他国が滅ぼして技術や人材を奪ってしまった方が楽だとか考えるような弱い国ではなく、争わずに降伏させた方が楽だと思わせる程度の厄介さを持つ国に育てなければならない。
そのための人材を、私はこの学舎にいる間にたくさん育てなければならない。
(ふふ、忙しくなりそうだ……)
出世は嫌だ。あんなに忙しいのも責任を押し付けられるのも嫌だ。だけれど何も持てない農民も嫌だった。
だから私自身も努力し、上位の成績を維持する。するが、それよりも重要なのは。
(処女宮様や宝瓶宮様が私より優先して取り込みたがる人材を作ることだ)
私よりもずっと優秀な人材を見出し、私はそいつにこのブラック国家を押し付けるのだ。
とても重要なことだった。
幹部になれと六歳児の身で言われてしまう国なのだ。そんな国に未来を見い出せという方が難しい。
だから全力で周囲を育てる。
全身全霊で取り掛かるべき仕事だった。
なにしろ私の未来がかかっているのである。
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