028 六歳 帰路


 王国と魔法王国は帰路に付き、帝国も遅れて帰っていく。

 それを見届けたあとに私たち神国の軍も首都に帰ることになったのだが……。

「それでユーリ、君はこのあとどうするのだ? 処女宮ヴァルゴの使徒を続けるのか? 次の宝瓶宮アクエリウスになるつもりはないか? 技術ツリーを進めたのは君だろう?」

 私を膝の上に乗せた宝瓶宮が甘やかに囁いてくる。

 私は宝瓶宮の兵たちが担ぐ輿こしに乗った宝瓶宮の膝の上に乗せられていた。

 会談が終わったあと、話をしたいと現れた宝瓶宮様が、行きと同じように私を抱えようとした天蝎宮スコルピオ様から私を強奪したからだ。

 もちろん柔らかな美人に抱えられるのは一人の男子として楽しくもあるが、だからといって私の精神は三十歳のおっさ――お兄さんだ。

 子供のような扱いは正直楽しくないし、軍に並走して地面の上を走っている処女宮様が私を睨んでくる。

「はぁ、はぁ、はぁ、ゆ、ユーリくんは私のなのに……」

 聞こえてますよ処女宮様。ちなみに私は貴女のものではないです。私は私のものなので。

 とはいえ、宝瓶宮様の膝の上は誰かに抱えられて移動するよりはずっと楽なので我慢していた。


 ――それに安全だ。


 宝瓶宮様の輿の周囲はたくさんの兵が一緒に走っている。先頭集団に近い場所だ。2000人を超える兵集団が同時に移動しているのだ。輿の上から見ると、悪路にも構わず砕けたアスファルトの道を元気に走る兵たちはまるで人の津波だった。

(これは、兵の特性・・に『健脚』が付与されている、からかな?)

 他国を見てようやく恩恵を理解できたが、やはり神国の兵は悪路でもきちんと走れている。

 『健脚』は神国アマチカが軍事ツリーで始めに取得できる特性で、今の私も軍に属しているから一応持っている(基礎体力が違うので持っていても速く走るのは難しいが)。ちなみにこの軍事ツリーで取得できる特性は国ごとに違うように思えた。

 たぶんだが……ツリーには宗教系の単語がいくつかあったから、独自の内容なんだろう。

「早く走れ走れ走れ! さっさとしねぇと殺人機械どもが帰ってくるぞ!!」

 輿の上、というか宝瓶宮様の膝の上にいるために、先頭の獅子宮レオ様が兵たちに向かって叫んでいるのが見える。元気だなあの人も。

「なぁ、ユーリ。処女宮の使徒よ。君はなぜ黙っている? 私の質問に答えてくれ」

「はい、宝瓶宮様。答えにくい質問だったので沈黙を選びました」

「答えにくい? なぜだい?」

 なぜもなにも……。

 先程の宝瓶宮様の問い『処女宮様の使徒を続けるのか? それとも宝瓶宮になるのか?』なんて質問、どう答えようとも不敬を含むものだし、答えた時点で外聞が悪いからだ。

 処女宮様と二人きりのときならば割と好き勝手に言えたかもしれないが、こうも兵に囲まれていては口に出すのは危険すぎる。

(そもそも私の今後が少しな……)

 学舎でも生徒間の派閥闘争には関わらないように生きていた私だが、私が使徒になったということが、ただの生徒に戻されたときにどう影響するかわからないのは少し怖かった。

 とはいえ、処女宮様や宝瓶宮様などの高すぎる地位にいる方には下々の苦労はわからないようで、兵たちが見ているところでの受け答えは少々以上に気を配る必要がある。

 先の会談のように、女神アマチカの勅命である、という錦の御旗が使えれば楽なのだが……。

「ほら、答えろ。なぜ答えにくい?」

 ぎゅうぎゅうと私の小さな身体を抱きしめながら宝瓶宮様が囁いてくる。

 むぐぐぐ。なぜだ。なぜそんな聞きたがる。六歳児に聞くな。私はまだ人権を持っていないんだぞ。決められるわけがない。

 くそぅ、兵がじろじろと宝瓶宮様に抱きしめられている私を見ている。殺意すら混じっている気がしないでもない。

(ああもう、なんと答えるべきか……)

 正しい答えなんかどうでもいい。どう答えればこの人は満足するのか。

「……女神アマチカに選ばれた処女宮様と宝瓶宮様、どちらも私は尊敬しております。そのどちらかを天秤にかけてどうこう、というのは私ごときには――「黙れ」

 はい、と黙る。

「やめろ。君がそのように自己を卑下しては君を認めている私が惨めじゃないか」

 黙っていれば「はい、と言いなさい」と耳をつねられる。

 好き勝手されている。悔しくなってくる。


 ――この身体になって、今ほど身長と筋肉がほしいと思った瞬間はない。


「はい」

「ふむ、良い。質問を変えよう」

「はい」

「ユーリ、次の宝瓶宮になれ。私に関しては君の研究室の隅にでも置いてくれればいい」

 だからなぜ、と私は内心の憤りを表に出さないように気をつけながら「はい」とだけ言えば、よし、と満足そうに宝瓶宮様は口角を緩めた。


 ――なぜこいつらは私に責務・・を丸投げしようとしてくるのか。


「だ、ダメ! ユーリくんは私の使徒なんだよ!! だ、だいいち、そ、そんなこと女神アマチカが許しません!!」

 並走している処女宮様が叫ぶように宝瓶宮様に抗議すれば、宝瓶宮様が輿の上から嘲るように処女宮様に言う。

「なんだ処女宮。君はそのような口調だったのか? いつもの気取った口調はどうした?」

「あ、宝瓶宮アクエリウスのそういうとこがさぁ……! 心に余裕があるときだけはほんと口が悪いよね貴女!!」

「余裕がないのは好き勝手私に求める君らのせいだろう! この私がどれだけ苦心して女神アマチカの願いを叶えていると思っている!!」

「う、うっさい宝瓶宮! ゆ、ユーリくんの方が役に立ちますぅ! ユーリくんはなんでもできるんですぅ!!」

 私を引き合いに出さないでほしいし六歳児を取り合わないでほしい。

 身分の高い者に取り合いにされるというのは本当に胃にくる。

「知っている! だからこの彼に、宝瓶宮を譲るといっているのだ!」

「ダメですぅ! ユーリくんが大人になったら正式に私の使徒にするんですぅ!!」

 周囲の兵からの嫉妬の視線が痛い。

 だが、勘違いしないでほしい。

 これは美女の権力者が私という男を取り合っている図ではない。

 自分たちの仕事を私に押し付けたいだけのとても醜い争いなのだ。

 ぎゃんぎゃんわーわーと叫ぶ元気な枢機卿たち。

 宝瓶宮様というクッションがあるとはいえ、輿の揺れと宝瓶宮様の大声で気分が悪くなってくる。おい、六歳児だぞ私は。加減しろ。

 周囲の兵もいい加減気が立って来たのか、皆が一直線に首都を目指して走りながらもざわついた空気になっていく。

「うるっせぇぞ! てめぇら!!」

 そして騒ぎを聞きつけて来たのか獅子宮様が走って戻ってくる。

 ぎゃんぎゃんと宝瓶宮様と処女宮様が抗議するも、周囲の兵から事情を聞いた獅子宮様は馬鹿にしたように二人を罵った。

「ああ!? なんだ? ガキを取り合って喧嘩だぁ!? てめぇら馬鹿じゃねぇのか!!」

 ああ、もっと言ってやってくれ。

 ぐったりと宝瓶宮様の膝の上で青くなっている私が内心で獅子宮様を応援していれば「ったく」と獅子宮様が大きく舌打ちした。

「おら、そいつをよこせ」

 跳躍して輿の上に飛び乗った獅子宮様がひょいと私を宝瓶宮様から奪う。

「ああッ、獅子宮なにをする!?」

「うるっせぇな。俺は兵どもを国に連れて帰るんだよ。邪魔すんならてめぇらだけで帰れやボケッ!!」

 ったく、と苛つきながら獅子宮様が先頭に向けて走っていく。

 腕に小さな私の身体を抱えて。

 そして獅子宮様は私には何も言わず、先頭を走る兵たちに向かって「おい! 誰か元気な奴!!」と叫んだ。

 何人もの兵士が声を上げる。屈強な男たちだった。

「じゃ、お前。こいつを抱えてやれ。処女宮の使徒だ」

 獅子宮様が兵の中でも巨体で、良い筋肉を持った男の兵士を見て満足そうに私を放り投げた。

 走りながら私を受け取った兵は「了解です! 獅子宮様!!」と威勢よく叫ぶ。笑顔の眩しいおっさんだった。

(ああ、権力から遠い……真面目な大人・・だ……)

 宝瓶宮様と違い、彼は汗臭く、埃に塗れた兵だが、私はその様子にとても安心する。

「あの、よろしくおねがいします」

「使徒様、乗り心地は保証しませんが無事に街まで送り届けますのでご安心ください!!」

 はっはっは、と叫んだ兵が私を抱えて走っていく。

 そのあとは特段争いもなく。

 私の最初の大規模襲撃はこうして終わりを迎えた。


                ◇◆◇◆◇


 ――都市が見えてくる。


 私よりもずっと大きい兵の腕に抱えられながら私はコンクリートの壁に囲まれたその都市を見た。

 廃都東京の中に存在する、奇妙な街。神国アマチカの首都だ。

 壁の上に歩哨が立っているのが見えた。

 獅子宮様の兵が口々に「おーい!」と叫べば慌てたように兵が「どうしたー!」と言葉を返す。

「帰ってきたぞー!!」

「おおーーー! もう伝えてる!! 待ってろ、いま門が開くぞ!!」

 喜びの声。喜びの波。2000を超える兵たちが楽しげに、生き残れたことを喜びながら都市へと、国へと帰ってくる。

 帰ってこれなかった者もいる。

 なぜだろう。安心したのか。どうしてか私の視界が涙が滲む。

 都市に入り、兵がゆっくりと地面に私を下ろした。

「ありがとうございます。ああ、これを返しておいてください」

 私は連れてきてくれた兵に身につけていた装備を返すと、鞄に入れておいた生徒用のローブに着替え、ふらつきながらも学舎を目指して歩いていく。

 解散の指示をしていなかったせいか私が外に連れ出してしまった生徒らも街の入り口で待機していて、彼らは終わった・・・・のを理解したのか、教師である神官様についてめいめいに学舎に向かって歩いていく。


 ――遠目に処女宮様が立っているのが見えた。


 不思議と彼女は私に近寄ってこない。

 ああ、なるほど。

 私はもう使徒ではない。総力戦が終わり、私は彼女が操作できるユニットにんげんではなくなったのだ。

 権利のない、システムの対象外となったのだ。

「……ユーリ……」

 ぼうっとしていたからだろうか、気づけば私を探していたらしいキリル少女が隣にいる。

「生き残れたね」

「ああ、そうだな」

 そっと私に手を差し出してくるキリルの手を私は取った。

「ユーリ、泣いてるの?」

「……ああ、なんでだろうな」

 ふぅん、と笑ったキリルが私の涙を指で拭って、ぺろりと舐める。

「ちょっとしょっぱい」

 やめろよもう、とキリル少女を優しく小突きながら私は思った。

 この優しい少女が、私が作戦を立てて皆を連れ出したのを知ったらどう思うのかを……。


 ――それは、あまり考えたくない想像だった。



                ◇◆◇◆◇


 神国アマチカが大規模襲撃を乗り越えたように、各国もまたそれぞれ大規模襲撃を乗り越えていく。

 各都道府県に配置された国家の数47。

 大規模襲撃の他、国同士の争いによって滅んだ国も中にはあった。

 スマホ、スキル、モンスター、ダンジョン……。

 日本という国に、地球という星にねじ込まれた巨大な、未知なる法則。

 それらはまだ何一つ解き明かされていない。


      ――創世のアルケミスト第一章『六歳から始めるブラック国家』完



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