第87話 星空、囁き、触れ合えば

『綺麗……』


 午後十時。


 照明類を全て消した一同が空を仰いだ感想である。


 天の川が視界の端から端までを流れ、水流によって跳ねた水滴のように周囲の星までもがその存在を主張する。


 今いる場所が山頂付近であることと、朝から快晴が続いていたことも原因の一つだろう。


 今にも氾濫を起こして地上へと降り注ぎそうな程に、星がそこかしこで瞬いては輝き続けることを止めない。


「……横になろっか」


 和之の声に無言で同意したその他十名は和之に続いて寝転がる。


 誰が言った訳でもないが、綺麗に一列に並んでいた。


『…………』


 しばらく、無言の時が流れる。

 風が木の葉を揺らす音と、虫の囁き声が辺りを支配しているのである。この空気を破るには、些か勇気が必要である。


「…………」


 叶恵もまた、そうやって無言で空を見ていた。

 頭の後ろで手を組んで、似合わない仕草で空を静かに見続ける。


「ふあ……」


 誰かが欠伸をした声が聴こえる。環境音しかないこの空間には、それが酷く響いて────




 カサリ




 誰かが横を向いた音。

 それは、叶恵のすぐ横で鳴った音であり、叶恵自身が横を向いた音でもある。


「…………」


 だが、それを大して気にもしなかった叶恵は、自分の瞼が既に閉じ始めていたことに気付いた。


(まだ……見てたいんだが…………疲れたからかな……瞼が上がらねぇ……)


 次第に閉じていく視界。


 よくよく耳をすませれば、周りからも寝息が聞こえていたことだろう。


 なんだかんだと一日中はしゃいでいたのである。疲れない方がおかしいというもの。


 しかし、そんな中、一人の少女は静かに瞼を閉じようとしている少年を見続けていた。


 眠そうな横顔を見ているだけでも胸が高鳴り、必死になってそれを隠そうとする。


 横たわっていた少女は、男子とは思えないような顔つきをしている少年に寄り添うようにすぐ横へと移動した。


(あぁ……)


 間近で静かに目を閉じた少年を少し熱に浮いたような、しかし慈しみの籠った、行き過ぎない温度で見続ける。


 スっと前髪を払ってみれば、現れるのはシミひとつない綺麗な肌と、


「……春、来?」


 浅い眠りから覚めた叶恵が、少しだけ驚いように軽く見開かれる目である。


「っ……」


 呼吸が止まる。至近距離です交わる視線が、ただの交わりからへと移り行く。


(あぁ……どうして……)


 視線が絡まり、吐息と吐息が重なる。


 どうしようもなく、思考が蕩けて行く。


「「………」」


 言葉はない。一切、ない。


 星空と自然に囲まれ、周りには既に意識を手放した友人達が静かに寝息を立て続ける。


(はぁ……どうして……)


 絡まる視線のように、重なり、混じり合う吐息のように、


 やがて──


((どうしてこんなにも…………離れるのが億劫になるんだろうか))


 不意に、叶恵が手を伸ばす。


 きっと眠気がしっかりと残っているが故、というのもあったのだろうが……は、叶恵の中で


「──────ぇ」


 そっと春来の頭を抱き寄せた叶恵は、その唇と自らのそれを、


(…………………え?)


 思考が止まる春来と、意識を眠りの海へとそっと投げ込む叶恵。


 春来を抱き寄せ、先程よりもで、、意識を水没させた叶恵は眠る。


 周りと同じような静かな寝息が春来の耳朶と鼻腔を撫でる。


「…………あ、あんまりです………………」


 ぼそっと、吐息混じりの声を出した春来が暫く眠れなかったのは、当然のことと言えよう。


 *


 八月二十三日、午前四時半。


 ある二人を除いた九人は、既に目が覚めていた。


 というのも、昨日は落ちるように地面で眠ってしまっていたのだ。寝心地はあまりいいとは言えないだろう。唯一の救いは芝生のように草が綺麗に生えていたおかげであまり服が汚れなかったことだろうか。


 しかし、一同が気にするのはそこではない。

 未だに寝ている二人のことである。


「…………ずるいなぁ……」


 安姫のボヤき声が起きている全員にが現実であることを伝えてくる。


「思ったよりも、よっぽど仲が良かったみたいだね」


 和之は安心したように言い、


「可愛い寝顔ですね〜、二人共〜」


 と優奈が優しい目で二人を見ながらそう言えば、「そうだな」と、宏敏も同意を示す。


 雫が静かに頷き、妹組が「むぅぅー」どうなる。


 唐草は「こいつら……マジか……」と驚愕を顕にし、


「………………………ふふっ」


 王小路は、誰よりも嬉しそうな表情で二人を見ていたという。




 





 *


「あーっ!楽しかった!」


「そうだねー!とりあえずお兄、ブラックコーヒー入れて」


「なんでだよ!」


 午後三時。

 伊吹乃家。


 洗濯物を洗濯機にぶち込み、その他荷物を片付けた叶恵と叶波である。


 ちなみに寝起きは叶恵の方が早く、にやけやら嫉妬(?)やらの状況で一時連鎖的に爆発するボム兵のようになっていたが帰る頃には何とか回復。ついでに叶波にパシられているのである。


「ねぇねぇお兄」


「なんだ?」


 コーヒーをすすりながらバニラアイスを冷蔵庫から取り出す叶波が、叶恵にまた一つ爆弾を投げ込む。


「昨日紅葉さんと何があったのかなー、って」


「………………………………………」


「ほーらまた黙る!教えてよー!顔めっちゃ赤いんだからね!何かあったのは分かりきってるから!ほら!」


「…………………………………」


 全力スルーの叶恵である。


 まぁ、その顔は叶波の言う通り真っ赤もいい所なのだが。


 実は叶恵はバッチリ昨夜のことを覚えていたりする。


 覚えているからこそ周囲の反応に赤くなるのである。


(何やってんだか……)


 思い出せてしまう感触に再び昇ろうとしてくる熱をアイスで無理やり押し込め、徹底的に妹の追求を無視する叶恵。


 やがて面倒くさくなったのか、「ぶーぶー、お兄のケチ!」と言いながら自室に戻って行く叶波を見送り、自らもまた、残り少なくなった夏休みの日常へと帰り行く。




「さて、二学期はどんな相談がくるのかねぇ……」


 一人で肩をすくめて、少しだけ自覚した感情に蓋をした少年は、笑ってコーヒーを飲んだ。




 ≡≡≡≡≡

 間章、完!

 そして少しお知らせすることがあります。


 しばらくこの作品を休もうかと思います。


 理由としましては、最近あまり書けない、というものが大きな理由です。


 ここ数ヶ月、ほぼ毎日更新していきましたが、継続力にかける自分の限界が来たものと思われます。


 無論、一時お休みをするだけで、連載を辞めるわけではありません。


 ただ、この作品を休んでいる間に、新作を書きたいと思い、大変身勝手なことをさせていただこうという次第です。


 ちょくちょく更新はしようと思いますので、これからも『恋愛先、紹介します!』をよろしくお願いします。

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