第66話

 ◆春来視点


 ……最近、叶恵さんの近くに女の子が多いです。

 夢乃さんとか、倉持さんとか……この二人はまだいいんです。叶恵といつも口喧嘩ばかりですから。


 問題は……


「伊吹乃君!」


「あれ、安姫先輩。どうしました?昼休みじゃないですよ?」


「大丈夫大丈夫!君に会いに来ただけだから!キリッ!てね」


「あははー…………あれ?笑えない」


 この人、唐草 安姫先輩です。

 唐草さんのお姉さんらしいのですが……なぜこの人と叶恵さんが仲良くしたのかが分かりません。


 別に叶恵さんを独り占めとかそういうことではないんです。一緒にいるだけでドキドキするのも、多分、気のせい……ですし。


 ただ……気になるものは気になりますし、なんだかモヤモヤします。


「春来、どうした?」


「ふぇ?」


 声をかけられていつの間にか下を向いていた顔をあげればすぐ目の前に叶恵さんの顔が……っ!


「な、にゃんでしょうか!?」


 う、噛みました……となると、


「……くっ!……いや、ずっと下向いてたし、どうしたのかなと」


「そ、そうですか……って、今から笑いましたよね!?」


「いやー、気のせいじゃないかなー」


 やっぱりからかって来ました!


「むぅ……抱きついて頭撫でてもいいですか?」


 お返しにそう言うと、「ごめんなさい。猫みたいだったから笑っちゃいました」とすぐに頭を下げられました。


 ……悔しいので撫でちゃいましょう。


 よしよし……はぁ〜、サラッサラですね〜。癒されます。ずっと撫でていたいです。


「ちょっ!なんで撫でてんだよ!」


「悔しいからです……あっ!」


 手を軽く払われてしまいました。でも、全然荒っぽくなくて……むしろ優しいんです。


 ……あれ?


「ふふっ、伊吹乃さん、顔が真っ赤です」


 林檎のように顔を真っ赤にした叶恵さんも可愛いですね。ふふっ、もうちょっとだけっ。


「よしよし」


「は、話聞いてたか……?」


 恥ずかしそうに顔を伏せてプルプルしていますね。子犬みたいです!


 ………ふむ。


「抱きついていいですか?」


「ダメだっての!」


 うがーっ!というような効果音がつきそうな剣幕で拒否されました……少し寂しいですね。まぁ、さすがに自重……したくないですけどします。


「はぁ〜、ほんとにさぁ、どうした?最近、一日三回は頭撫でられてる気がするんだけど?俺の頭撫でるのそんなに楽しい?」


 おっと。それを聞きますか。


 ……ふふふっ


「楽しい、と言うよりも」


「よりも?」


「気持ちいいんです。触り心地が最高なんですよ!もうずっと撫で撫でしていたい位です!」


 猛プッシュして本人からちゃんと許可をとってやります!


「いやいや、俺、髪の手入れとか大してしてないからな?癖毛だってあるし、なんならたまにアホ毛できるからな?」


 そう言った叶恵さんは自分の頭頂部を指さします。そこには立派に逆立つアホ毛が……


「ふやぁ……」


「はっ?」


「はっ、いえいえ。なんでもないです、よ?」


 思わず変な声が出てしまいました。おかしいですね……楓のおかげでアホ毛は見飽きるほど見てたのですが……あぁ、可愛いです。


「おーい、春来ー?なんかまたトリップしてないか?」


「むっ、失礼ですね」


「おっ、大丈夫だった」


 むぅ……ここはもう一度撫でに……


「叶恵ー、もうチャイムなっちゃうよ?春来さんも」


 別のところから聞こえてきた原田さんの声に二人で時計を見れば、十一時四十四分。一分前でした。


「あ、やっべ。次なんだっけ?」


「えーっと……英語」


「高野じゃねぇか!」


 そう原田さんと会話しながら自分の席へと移動する叶恵さんを、私はずっと見続けてしまい……


「ねぇねぇあれってさ」


「うん?」


「あの二人ってやっぱりできてr」


「じゃあ最近来てる唐草姉は?」


「あん?俺の姉貴がどうした?」


「なぜに姉貴呼び……」


「気分」


「さよけ」


「何それ」


「そうですか、から、さようですかになって、略してさよけ」


「さよけ」


「何だこの不毛な会話」


「いやー、できてると思うけどなー」


「さてな。どちらにしろ春来はだろ」


「よし、票をとる!」


「…………何のだ?」


「「「「〜〜っ!!!?」」」」


 高野先生が怖いです。


 *


「アホ共はプリント運ぶの手伝うように。じゃあ終わり。宿題は明日な」


 授業が終わって、高野先生が教室を出ていくと、入れ替わりのように……


「やっほー!」


 また来ました!


「さっきぶりですね安姫先輩。チャイムなったの三十秒前なんですけど?」


「ふふふ、四時間目の担当は幸せ先生だからねっ!早めに終わるの」


「あぁ、なるほど……わからん」


「幸せ先生というのは数学の木下先生ことですよ」


「あぁ!分かった!」


 私がそっと耳打ちすれば納得したように手を打つ叶恵さん……うぅ……ぎゅってしたいです。絶対に心地いいに違いありません!……出来ないですけど。


「そうそう、その幸せ先生!さっすが紅葉ちゃん!」


 ド直球に褒められました……複雑です。


 だって、


「よし、それじゃあ今日もよろしく!」


「何がよしかは分かりませんけどね」


 叶恵さんが苦笑いしてますけどっ、ちょっと楽しそうなんです!ものすごくモヤモヤします!


 後、よろしくってなんですか!屋上開けるだけですよね!?


「春来?お前、本当に大丈夫か?」


 叶恵さんが声をかけてくれますけど……うぅ〜、その後ろでニコニコしてる安姫さんの後ろに黒いモヤみたいなのが見える気がします……


「紅葉ちゃんも来るよね?」


「ふぇ?あ、はい、行きます!」


 と、突然声をかけてくるのも驚きます。


 この人に遠慮という言葉はないのでしょうか?


「ほんとに遠慮ないですよね、先輩って」


「あははー、親がふわふわしてるからね、何言っても動じないもんだから自然と言葉のオブラートとか捨てちゃって」


「やなとこばっか似てる姉弟だよ……ったく」


「うおっ!びっくりした。唐草さぁ、急に来るなよなぁ」


 わ、私もびっくりしました。いつの間に……


「明人?私もちょっとびっくりしたんだけど?」


「バイバイ姉ちゃん二度と来るなよ」


「待ちなさい」


「〜〜〜〜〜〜っ!っ!っ!?」


 あ、唐草さんが頭を……うわぁ、声が出ていませんね……


 横を見れば叶恵さんも顔が少し青くなっています。

 ど、どうにかしないとっ!


「あ、あのっ!」


「ん?紅葉ちゃん、どうしたの?」


 笑顔でこちらを振り返る安姫さん……唐草さんの頭を握ったままです。ノリに乗りすぎたロックシンガーみたいになってますけど……唐草さん、大丈夫でしょうか?


「ご飯、行きましょう?」


「うん!そうだねっ。伊吹乃君も、ほら」


 ぱっと手を離した安姫さんは、笑顔でその手をハンカチで拭うと、反対の手を叶恵に差し出して……って!


「そうですね。行きますか」


 そう言うと、伸ばされた手を握らずに立ち上がる叶恵さん。ほっとしちゃいました………ふぅ。


「もうっ、手を取ってくれてもいいじゃん!」


 ちょっとむくれる安姫さん……可愛いと思ってしまいました。


「おーい、和之は……っていねぇ」


「それどころかもう十分たってるよね」


「えっ!?うわっ、マジだ!春来!ほら、行くぞ!」


 そう言って叶恵さんは手を……えっ!?


っ!?」


 …………あ。


「……っ!?わ、悪い……」


 一瞬バツの悪そうな顔をした叶恵さんは、そっとを、離しました。でも、その時に叶恵さんの顔がちょっと赤かったのは見逃しませんでした!


 その後は少しぎこちなくて、いつもみたいに、素直に笑えなかったです……





 ≡≡≡≡≡≡≡


 …………ちょっとした小話。


 この後、三人で昼食を食べるも、前述の通り春来、叶恵は両者ぎこちなく、安姫が間を繋ぐという、なんとも言えない空気だったそうです。

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