第24話
その後十五分程度春来の頭を太ももに乗せ、頭を撫でていた叶恵だが、その間一度も立ったりしていない。和之たちが去った直後に立とうとはしたのだが、完璧なタイミングで和之からLineが入り、
『立ったら、分かってるね?』
という内容を見た段階で全てを諦めた。
正直この状況に嫌気がさした訳でもなく、どちらかと言えば触り心地の良い髪を撫でていればいいかと思った叶恵である。
「ん、んぅ……」
そんな叶恵の太ももの上にある春来の頭が少し揺れる。
瞼が震え、薄らと目を開けた春来は、
「……………………ふぇ?」
状況認識ができなかったようである。
「おはよ」
寝起きの春来に少し心臓が跳ねた叶恵は素っ気なく言う。
だが、状況認識ができていない春来聖女様は、
「えへへー、カナちゃんの膝枕ー」
と言って少しだけ上げていた頭を再び叶恵の太ももに降ろした。
要するに二度寝である。
しかし、そんなことは全く気になっていない叶恵。
口がパクパクしている。池の鯉かなにかだろうか。
(な、な、ど、え?なに、今の……は?カナ、ちゃん?誰?いや俺なんだろうけどちょっと待ってちょっと待って、意味分かんねぇ。あれ?いつもなんて呼ばれてたっけ?あれ?やばいやばいやばい、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)
まずは同じ単語を繰り返すことをやめなさいと言いたくなるが、それはさておき、
「んふふー」
自分の太ももに頬擦りをし始めた春来に心臓がバクバク言い始める叶恵である。
心情がどうあれ、聖女と称される程の美少女が無防備な表情を晒し、幸せそうにしているのだ。これで欠片も心が動かないのは超がつくほどのバカップルの片割れか、あっち系のやつ位である。
「ん………うん?」
そしてとうとう聖女様が目を覚ます。
普段から優しい目付きが寝起きでしょぼしょぼしており、口は半開き。
「よう、起きたか?」
なるべく緊張を顔に出さないように気をつけながらのモーニング(?)コール。
「ん〜〜………………………はぇ?」
猫のようにゴロゴロしながら叶恵に甘えていた春来だが、ようやく意識が覚醒したのか、よく分からない声を出す。
キョロキョロと辺りを見渡し、若干顔が引き攣る叶恵を見た段階で状況掌握。自分の場所と叶恵の場所から膝枕をして貰っていた事まで把握。
結果。
「あ……あ、ああああああああぁぁ…………!!?」
大混乱である。
(やばいですやばいですやばいですやばいです!ひ、膝枕ですよね!?何で!?私が倒れたから看病してくれていたのは分かりますが何故膝枕!?確かに低反発枕みたいな感覚でしたけど!とてもとても気持ちよかったですともええそうですとも!でもやっぱり分かりませんああもう顔が熱くて仕方がありません!!?)
………えぇー、だそうです。
何が『分かりません』なんでしょうかねー?
それはさておき、
「良し、俺は帰る」
春来が大焦りなのを見て、自分の顔も熱くなっていくことを認識した叶恵が荷物を持って逃走しようとする。
……当然ながら、そうは問屋が卸さない。
「え、ちょっと、待って!」
「は?……っ」
後ろから声と同時に衝撃、そして柔らかい感触。
言うまでもなく春来である。その手は叶恵のお腹に回されており、要は抱きついているのである。
「お、おおい、春来さん?帰らせてくれないですかね〜?」
叶恵はおどけたように言おうとして失敗する。
だが、大変なのはこの後である。
「…………………………か?」
「へ?」
ボソボソしていて聞き取れず、耳を傾ける。
「頭がボーッとするので、い、家まで送ってくれませんか?」
なんということでしょう。
「は?家?」
「はい、家です」
叶恵の背中に顔を埋め、くぐもった声ではっきりと「家まで送れ」と告げる春来聖女様である。その顔の熱さは制服越しに叶恵の背中まで伝わる程である。
爆発寸前ではなく絶賛爆発中のボム兵である。
「なぁ、俺、男なんですが」
あまりにも突拍子が無さすぎて思わず敬語になる叶恵である。実に情けない。仕方ないとも言えるが。
「むぅ、分かってます。でもあなたの信条位は知ってます」
「……………」
叶恵の信条。
それ即ち、『恋愛とは見るものであり観るものである、故に他人の幸せは蜜の味』というもの。
何言ってんのこいつ、とは言わないように。
この信条があるからこそ、叶恵は今の叶恵なのだから。
「ですから問題無いはずです」
未だに顔を埋め続けている春来は勢いで通そうとする。
しかし、次に叶恵から飛び出た言葉にきょとんとすることとなる。
「春来って一人っ子?」
「へ?…………まあ、はい」
「うんうん、了解。なら、うち来る?」
そしてフリーズ。
そして聖女様を家に誘った叶恵は、
(あれ?何言ってんだ俺?)
混乱している。
「い、良いんですか?」
「え、あ、おう。大丈夫だ。俺、妹いるからさ。ほら、春来も看病なら同性の方がいいだろ?」
「へ?ど、同棲!?」
「違う、そうじゃない。つーかいつまで背中にくっついてんだよ。周りの視線が物凄くきついんだが」
日本語って難しいなぁなんて現実逃避をしつつもそろそろ離れてくれと頼む叶恵である。
実際、公園内で散歩しているご婦人の方々は、
「あらっ、見てあれ、カップルかしら?」
「可愛らしいわねぇ〜」
「あんなに甘い青春は過ごさなかったものね〜」
などと宣っており、さらには、
「うわぁ、見ろよあれ」
「あ?………ぶっ殺す」
「あれ?ねぇねぇあれって春来さん?」
「ひゃー、ほんとだ!横から見えるだけで顔真っ赤なんですけど!」
「殺す殺す殺す殺す」
「つかあれ誰?制服で男子なのはわかるけどさぁ」
「髪なっが。顔が見えねぇ」
「とにかく、我らが聖女様に抱きつかれてる野郎は?」
「「「Guilty(有罪)」」」
「良し、殺るか」
「「「おう」」」
「お前らなにもってる?」
「スタンガン」
「金属バットならいつでもあるぞ」
「確保なら任しとけ」
「おぉ、頼もしいな。ちなみに俺は刺繍針だ」
「「「か、家庭的」」」
「うっせえ」
不穏な会話である。最後だけ和やかだった気もするが。
(そういやもう部活も終わる時間なんだよなぁ)
そう、なんだかんだと時刻は一時を回っていた。
星華学園は基本的に部活時間が短いため、部によっては六時には終わる。今はテスト期間だが、ある部活は普通にある。その代わり、あっという間に終わって部員で勉強会、という流れが多いのだ。
このメンバーも家庭科部二人、野球部二人、柔道部一人、護身部という謎の部活の所属が一人であり、最終下校時刻の一時を回ったため、偶然会ったメンバーで帰っているだけであった。
「良し、お前ら、準備はいいか?」
「「「おう」」」
「よし、行く……」
「ふふふ、何しようとしてるの?」
「ほら、木島くんも、バットで殴るのはボールだけだよ?」
「……………………」
「……は…………ひ」
家庭科部の男子は首筋に針を添えられ、木島と呼ばれた野球部男子はマネージャーの女子に肩を掴まれ顔が青ざめる。
それを見ていた残りの二名は恐怖で顔が引き攣る。
「ほら、電車間に合わなくなっちゃうから、ね?行くよ」
「「「「……………はい」」」」
最後に手を振ってくる女子二名に冷や汗をかいた叶恵であった。
その間、やはり春来は背中にくっついたままであった。
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君たち何やってるの?
この章って誰の話だっけ……?
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