第23話

 ※ちょっと重苦しい話が最初にあります


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 その後、和之と雫が到着した直後のお話。


「ねぇ、叶恵」


 春来の無事を確認した和之が叶恵に話しかける。


「ん?どうした?」


「叶恵ってさ、ずっと人助けばっかりしてるけどさ」


「お、おう」


 その質問は、突然のもので、そして、


?」


 叶恵の心を深く抉るものであった。


「………っ」


 和之の発言に叶恵は固まる。

 その傍らでは春来が落ち着いた表情で寝息を立てている。


「俺は、他人の幸せを横から見るのが好きなだけだ。それ以上でも以下でもない」


 そう言うと、叶恵は微笑む。

 …………少し、自嘲気味にも見えるが。

 そして、それを見逃す程叶恵と和之の付き合いは短くない。


「本音は?」


「…………」


 真剣な表情。

 言い逃れはできないと悟ったか、それともやり過ごしたいからか、押し黙る叶恵に、和之はさらに言葉を投げかける。

 間違いなく、地雷である言葉を。


「──さんのことでまだ引きずってるわけ?」


「……るせぇよ」


 雰囲気が、周囲の空気が変わる。

 この間のバスでの和之など、話にもならない。

 とてつもなく重苦しい空気である。

 煽りを食らった雫が少し苦しそうに和之の袖を摘む。


「ねぇ、何とか言いなよ。は小学生がどうこうできる問題じゃ無かった筈だよ。吹っ切れたんじゃなかったの?」


「うるせぇ」


「うるさいだけじゃ言うのは止めない。今僕がいること自体が叶恵のおかげなんだ。恩人がまだ引きずってるのにのうのうとできるほど、僕は馬鹿じゃない」


 プツリと、音が響く。

 よくある堪忍袋の緒が切れた音ではない。

 叶恵が自分の肩がけの鞄を開けた音である。その目に光はない。


 ゴソゴソと鞄の中をまさぐり、何かを出そうとしている光景を和之はじっと見つめる。

 その片手は血が止まるほどきつく握りしめられ、もう片方の手は、怯える雫の頭に置かれている。

 噛み締められた唇は真っ白になっている。


「………なぁ」


 唐突に、叶恵が話し出す。


「どうかした?」


 硬い声。

 叶恵のすぐ側で横になっている春来が、この場においては酷く違和感を感じさせている。


「俺さぁ」


「うん」


「好きだったやつをんだぞ?」


「……うん」


 開いてはいけない過去の扉。

 ほんの少しだけ、それが覗き見えてしまっただけである。


「……あぁ、あったあった」


 と、その流れを断ち切るように、鞄に手を突っ込んでいた叶恵が、何かを取り出す。

 ただの水筒である。

 一口それを呷ると、切り替えたように話し出す。


「っはぁ〜。ああもう何だ、今は、どうでもいい話だろ?」


 こうなってしまってはもう遅い。瞬間的に和之は悟る。

 叶恵はその話題を絶対に出す気がないことが分かるからである。


「そう、だね。うん、よし分かった」


「何がだよ。ほら、樫屋さんがまだ?って目してるぞ?こっちはもう良いからはよ帰れ」


 和之がハッとしたようにサラサラとした感触に気づく。

 そして自らの手元を見れば、


「………………………んみゅ」


 ………蕩けきった目で上目遣いに和之を見つめる雫と目が合うのである。

 大事なことなのでもう一度申し上げよう。

 蕩けきった目で上目遣いに和之を見つめる雫と目が合うのである!


 超人イケメンもこれには完敗。一秒とかからず真っ赤になって爆発直前のボム兵の完成である。


 ニタニタとした目を向ける叶恵とハイタッチをしたくな……何でもありません。関われないので。


 さて、ボム兵もしくは茹で蛸状態の親友に対してニタニタからニチャアとした視線に移行し始めている叶恵に、和之の反撃が始まる。


「叶恵」


 先程とは違う意味で真剣な声

 要は怒ってるのである。


「おう、何だ?」


 わざと気づかない振りをする叶恵に、制裁の一手が下される。


「僕の姉に話通されるのと僕の言うことを聞くの。どっちか選んで?」


 途端、緩んでいた頬が一瞬で引き締まり、次の一瞬で顔が青ざめ、最後にガタガタと震え出す叶恵である。


「言うこと聞きます!聞きますから六花さんはやめてくれ!」


 叶恵、心の底からの懇願である。


 諸事情あって叶恵は和之の姉がトラウマクラスに苦手なのである。


 一応、先程のお話とは無縁の別の話であると、ここに明記しておく。


「うんうん、素直で何より」


 脅した側の発言とは思えない。


「じゃあねぇ、一つだけ」


 一つだけ、という言葉に叶恵はホッとする。

 普段の和之は平気で三つ四つの要望を出すからである。

 だがしかし、このタイミングにおいては、肩から力を抜くのが早すぎたと言えよう。


「春来さんが目を覚ますまで」


 チラリと、春来聖女様の方へと顔を向け、整った顔を愉しそうに歪めた超人イケメンアイドル野郎に、不穏な何かを感じる叶恵。


 その予想は正しく、そして、当たって欲しい予想ではなかった。


「膝枕」


「勘弁してくれ!それは流石に無「姉さん」はいっ!喜んで!」


 無理と言おうとしたところでより強力なカードを出され、秒速で降伏。悲しいかな、雫から哀れ、と言わんばかりの視線を向けられる。いつ正気に戻ったのやら。


「それじゃあ、どうぞ!」


 愉快愉快と笑う普段とは随分と印象の違う和之に、雫は驚く。そしてその疑問はどうやって膝枕しようかと場所と姿勢を考えている叶恵によって解消される。


「和之はな、たまに超ドSになるんだよ。人の嫌がるさまを見て、愉悦とか言い出すんだ。今回はまだマシだからな?樫屋さんも覚えといた方がいい」


「え、あ……はあ……」


 なんとも気の抜けた返事である。


「んんー、ここだな……良し、失礼しまーす」


 ようやく膝枕しやすい場所を見つけたのか、一度春来の上半身を持ち上げ、その下に自らの体を滑り込ませた叶恵は、その太ももの上に春来の頭を乗せた。


 鼻腔をくすぐるほんのりと甘い香りに先程のムズムズ感と似たようなものを感じながらも、ゆっくりとその滑らかな髪を撫でる。


 その光景に満足した和之が「じゃあ、僕らはもう行くね」と雫と仲良く手を繋ぎながら去っていった。


「あいつらぜってぇ俺の知らないところで付き合いだしたろ」


 とは、絶賛放課後デートで彼女に膝枕してるようにしか見えない叶恵さんの言葉である。

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