第16話

 五月九日土曜日午前七時。即ち、宿泊研修最終日である。研修とか言いながら特に何もしてない?名目さえあれば人間どうとでもできる。そうだろう?


 さて、朝の集会で集合していた星華学園の生徒たちは、前に立つ高野の笑みにイヤな予感を抱いていた。


「えー、昨日の夜、この中に、自由行動だからと言って超短時間バイトをしたドアホが居る」


 その言葉にビクリとする一人と吹き出す二人。そして残りは全員大困惑。


「まぁ、だからといってなんだと言う話ではあるが、そいつにはすでに高校うちのあの汚ぇ正門掃除を命じた。そうだ、お前らもよぉく知ってるあの正門だ。次に学校に来る時は楽しみにしてろ」


 再びビクリとするドアホこと叶恵である。

 常識無視の罰はあまりにも重かった。が、自業自得である。憐れむものは誰一人としてこの場にいない。


「さて、今から飯食って帰る訳だが……忘れ物はないな?」


 全員が無言でこくりと頷く。なんとも綺麗に揃った礼である。一種の宗教に見えなくもない辺り、全生徒が高野を恐れていることがよくわかる。

 一部例外は除くが。


「良し、それじゃあ今からここで食う最後の飯だ!しっかり味わって食えよ!」


 そういった高野は後ろでニコニコしながら控えていた旅館の女将さんに「二日と少し、ありがとうございました」と礼を述べる。


「いえいえ、大丈夫ですよ。また来年もいらして下さい」


「ははは、そう言っていただけるとありがたいですね。と言っても、来年は私は来ませんが」


「ふふふ、ご心配無く。もうこの会話が何回目かも覚えてませんので」


 ニコニコ顔が少ししてやったりな空気になる。

 それを見て参ったというように手を挙げる高野。

 そしてさらにそれを見た生徒達が戦慄する。


 曰く、


 ─────あの人一体何者だよ、と。


 *


 午前十時。バス中にて。


 到着予定時刻が昼過ぎのため、現在はパーキングで一時休憩となっている。

 普通なら友達や彼氏彼女と共に談笑しているのだろうが、叶恵の場合は少し事情が異なる。


「おい、和之。何寝てんだお前」


「……うん、叶恵?どうかした?」


 寝惚け面を晒す超人イケメンに制裁チョップを叩き込む叶恵。

 周囲の女子の空気が軋んだ気がしたが、数々の修羅場を見、巻き込まれ、乗り越えてきた叶恵にはそよ風のようなものである。


「った〜!ねぇ、馬鹿になったらどうするの?ていうか叶恵が馬鹿なの!?」


「俺は別に馬鹿でもいいがなぁ……樫屋さん待たせちゃダメだろうがよ」


「………へ?」


 叶恵は、もう一発制裁チョップを加えてバスの外を指差す。

 そこにはソワソワと何かを待つように、というか和之を待つ雫の姿が……


「あわわわわっ、ちょ、なんでもっと早くに言わなかったの!?彼女、日焼けしちゃうじゃないか!」


 焦り過ぎて「あわわ」とか言いながら三分前から起こそうとしていた叶恵に無茶を言う和之。だが、手刀の形に左手が構えられると同時に全速力でバスの外で待つ雫の元へと向かう。


『ご、ごめん!待たせちゃったよね?』


『ふふっ、大丈夫ですよ?私も今来た所なので』


『そ、そう?なら良かったよ……じゃあ、行こうか』


『はい』


 今の雫の発言は嘘である。

 実際には三十分あるこの休憩が始まってすぐにここに来て待っており、その二分後に叶恵が気付いて和之を起こそうと三分間奮闘(?)していたため、五分は待っている。


 しかしここでそれを言わずに「今来たところ」とテンプレ回収していく所は流石である。


「さぁて、俺も行きますかね」


 と、軽く伸びをしてから外に出ようとする叶恵の肩を誰かが掴む。


「ちょっと待とうか伊吹乃くん」


 酷く、酷く冷めた声である。

 思わずビクリとした叶恵が壊れかけのブリキの玩具のようにギギギ、と首を後ろに回すと……


「「「「じぃーーーー」」」」


「ひっ」


 クラスのカースト上位に位置する四人組の女子達が真っ直ぐと叶恵の方を見ていた。さすがの叶恵もこれは怖かったらしい。やーい。


「な、何でしょうか井藤いとうさん、春来はるきたさん、王小路おうのこうじさん、氷雨ひさめさん」


 癖の強い苗字が多い。

 最初に自分のクラスのデータを集めていた時の叶恵の感想である。

 自分も大概だと気づかないのは何故なのか。


「いや、ね?あなたって原田くんと仲良いじゃない?」


 まず、肩を掴んでいるのは王小路 夢乃ゆめの

 両方苗字じゃないかというツッコミはさておき、この王小路という女子がグループのリーダー。顔は可愛いが、結構小柄。多分小六でも普通に通る。本人はそこまで気にしていないようである。

 しかし、クラスカーストの頂点である。故に面倒。

 この状況も偏に王小路が面倒くさいからである。


 簡単に言えば………うん、以下の通りとなります。


「あのさ、私が原田くん好きなのはわかってるわよね?」


「はぁ?」


 以上!

 実にシンプルかつ叶恵からすれば仕事の邪魔である。


「だぁかぁらぁ、ユメは原田くんとくっつきたいわけでぇ、それなのに横からでてきたあの子は一体何なのって話なの。わかるぅ?」


 人を馬鹿にしたような喋り方を披露し、他人のヘイトを攫っていく人物は井藤 はるか。少々濃いめの化粧だが顔はきっちり整っている。というか一つ一つのパーツが綺麗である。所謂ギャルという部類に属するものである。髪は染めていないようだが。

 しかし、この中で一番名前はましなくせして性格でやっぱめんどくせぇと叶恵に思われたある意味可哀想な人物である。


「知るかよんなもん。俺はあくまでも和之から相談受けてるだけだぞ?」


 普通ならありえない顔が見えなくなるほどの前髪を垂らして鬱陶しそうに叶恵は言う。

 これに反応するのは次なる面倒人(面倒くさい人の略)。


「はぁ?何言ってんの?夢乃の言うことは聞きなさいよ。あなたみたいな気味の悪い変人に話しかけるような聖人よ?」


 超・高・圧・的☆


 ……失礼しました。

 超が付くほど高圧的な態度をとるこの人物は名を氷雨 冬華とうかと言い、ぶっちゃければ社長令嬢というやつである。

 入試成績四位の才女だが、態度が態度のためこのグループ以外では基本的に無言である。

 今回の宿泊研修では、全く知らない生徒たちとマッチングしたため、非常にフラストレーションが溜まってしまってしまっているらしい。

 らしい、で十分である。

 見た目の説明はスラッとしていて顔はキツめだけどある程度整ってます。で十分だぁ!あ、でも眼鏡は忘れちゃいかんよ。


 ※ドアホが語り部を一瞬乗っ取ってしまい、混乱させてしまったことをここで謝らせていただきます。

 申し訳ありません……!


 そして最後に、


「ま、まぁ、伊吹乃さんも悪気があっての事ではないでしょうし、何より、誰と一緒になるかは本人たち次第。部外者の私たちにできることはないと思いますよ?」


「そう言ってくれるとありがたいです、春来さん」


 春来 紅葉もみじ

 ラブコメヒロイン一直線。

 こんな人物が現実に存在するのかと叶恵に言わしめた、所謂『聖女様』である。


 くりっとしている焦茶色の目は暖かな光を湛え、小さな口元には常に微笑が浮かぶ。平均よりも華奢な体格だが、しっかりと出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる女性の理想体型。緩いウェーブを描きながら腰までかかる夜空のように紺色がかった黒髪。

 これで裏の顔がやばいとでも言われていれば吊り合いが取れていたのだろうが、残念ながら本物聖女様らしく優しさと母性の塊。

 怒る顔すら美しいと言われるほどには聖女してる人である。


「ちょっと、紅葉。話が違うじゃないの。私があなたに協力する代わりにあなたも私に協力するって話でしょう?なんでこいつの肩持つのかしら?」


 物理的に肩持ってんはあなたですけどねーと言う煽りを何とか飲み込む叶恵。既に雫と和之は二人で楽しくお土産選びである。


「つーかさぁ、あんたキモイんだよねぇ。なんでそんなになっがい前髪してんの?切れよって話なんだけどぉ」


 なんの脈絡もなく叶恵をキモイと言い出す井藤。どうやら情緒に問題があるようだ(ありません)。


「キモイは言い過ぎだとしても、確かにその前髪の下に隠れた貌を拝んでみたくはあるわね」


「おっと、厨二病患者の方ですか?」


「はぁっ!?何言ってんの!?」


「まんまだけど?こっちはお土産買いに行きてぇのに足止めくらって十分無駄にしてんだよ」


 実はこの発言に嘘ない。言ってない部分があるだけである。


「大体、言わせとけばやれキモイだの前髪が長いだのと……うるせぇんだよ!黙ってろ!」


 割と真面目な怒鳴り声にバスに残っていた全員が叶恵を見る。


「そんなに人の顔が見てぇか!あ!?何とか言ってみろよ!」


「や、そ、そんな気は……」


「はぁー?見たいから言ってんですけどぉ。君馬鹿ぁ?あ、そっか、馬鹿だったぁ」


 人を馬鹿という大馬鹿とは案外存在するものである。


「ほぉー、いいぜ?そんなに見たけりゃ見せてやるよ。ほら!」


 そう言いながら叶恵ドアホは長い前髪をかきあげる。


 瞬間、バス内の時が止まった。

 当然である。現れた顔はアイドル顔負け、APP換算で十六レベルの美少女顔なのだから。

 ついでに言ってしまえば、声も声変わりほんとにしたのかという程度には高いため、こうなってしまっては女子にしか見えないのである。体育の時なんかにバレてなかったのはただの奇跡であろう。


「は」


 最初に声を出したのは誰だろうか。


 肩から無理やり手を剥がされ、中途半端な状態で固まっている王小路か。


 または馬鹿にするような態度でニヤニヤした顔のまま固まっている井藤か。


 それとも眉間に寄っていた皺が波のように引いて行った氷雨か。


 はたまた鉄仮面でもないのにいつも浮かんでいる微笑が驚愕に変わっている春来か。


 全く関係の無い他のクラスメートたちの誰かか。


 正解は分からない。あるのは、


『『『『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』』』』


 外まで響く大声の大合唱しかないのだから。

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