第68話 エフィとアイスマリーのケンカ
俺が黙って飯を食い続けていると、しばらくして、案の定、ルナが聞いてくる。
「……お兄様、よろしかったのですか?」
彼女の訊いている内容は、間違いなく「この町の人たちを助けてあげなくていいのか?」ということだろう。
だが、俺は敢えてこのように訊き返した。
「何がだ?」
「もうっ、分かっているくせに! 盗賊を倒さなくてよろしいのですかと聞いているんです!」
俺は笑いをかみ殺す。
「誰が盗賊を倒さないと言った?」
「え?」
「俺は、盗賊は倒すつもりだぞ」
ルナは訳が分からないといった顔をしている。
「え? で、でも、町長さんの頼みは断りましたわよね」
「それは『頼み』だから断ったんだ。『依頼』だったら引き受けていた」
つまり、そういうことだ。
最初から情に訴えてくる者を俺はもう信用しない。そういう奴は決まって恩を忘れる。グルニアでの出来事がいい例だ。
情で動いて大事なものを見失うのはもう嫌だ。だから俺は、けして情だけでは動かない。
――特にあの町長のような奴は信用できない。
俺はそれをルナに説明した。
そう……俺は彼女を失いかけたのだ。
それも、とてつもなく非道で悲惨な目に遭わせて。
脳裏にあの時の、服を破かれてぼろぼろになったルナの姿が思い浮かぶ。
「俺はもう、あんな想いをするのはごめんだからな」
「お兄様……」
俺はルナと見つめ合った。
両隣からこほんという咳払いの音が聞こえて、ルナはハッとしてから再び口を開く。
「そ、それにしても、さすがお兄様ですわ! 何だかんだ言って、町の人たちを見捨てないなんて」
「は? 誰が町の人たちのためだと言ったよ」
「へ?」
呆気に取られるルナに代わり、既に俺の意図に気付いているエフィが口を開く。
「マスター。例のやつだねっ?」
「その通り。例のやつだ」
俺とエフィは二人でニヤリと笑い合う。
「ちょ、ちょっと! どういうことですか!? 二人だけで納得しないでくださいませ!」
「そうです。例のやつとは何ですか、マスター」
どうやらアイスマリーも、俺とエフィの二人だけが分かり合っているのが気に食わないらしい。
でも、そう言えばあの時はまだアイスマリーはいなかったんだよな。
そんな彼女に、俺は分かり易く説明してやる。
「元々俺は盗賊を見つけた時点で倒すつもりだったんだよ。マジックポーチの上級品を買うために、もう少し金のたくわえが欲しかったからな」
そのセリフで、ようやく何か思い当ったルナが顔を引き攣らせながら訊いてくる。
「ま、まさか、例のやつって、また……」
「ああ、その通りだ。盗賊のねぐらを襲って、お宝を根こそぎいただく」
「やっぱりぃ!?」
反応を見るに、どうやらルナにとって軽くトラウマになっていたらしい。
だが、可哀想だがここは我慢してもらうしかない。俺には金が必要なのだ。
それに、盗賊を倒せばこの町の連中も自動的に助かる。そうなればルナも反対は出来ないはずだ。
しかし、アイスマリーが呆れかえった目で言ってくる。
「……まさか盗賊から物を奪おうとは……どちらが盗賊か分かりませんね」
「アイスマリーの好きな宝石もいっぱいあるぞ」
「是非、奴らをこらしめましょう。民のためです」
秒で意見を覆したアイスマリーだった。ドワーフだけあって、宝石に目が無いんだよな、この子。
魔術都市カダールなら恐らく良品のマジックポーチが置いてあるはず。だからより良い物を買うために出来るだけ金は欲しい。
以前、グルニアを出る際に滅ぼした盗賊のねぐらに溜めてあるお宝を取りに戻ることも考えたが、逆走しなければならない上に、あそこに残っている宝はどれもかさばる物ばかりだ。
その面倒さ故に、新しい盗賊が出たら潰させていただこうと画策していたのである。
「わあい! またマスターと一緒にいっぱい暴れられるねっ!」
エフィはエフィで楽しみを見つけていたらしい。
俺とエフィとアイスマリーが、三者三様にそれぞれの思惑に口の端を吊り上げていると、唯一、その辺りの感性がまともなルナだけは手で顔を覆っていた。
「もうやだ、このパーティ……」
ルナが嘆いているが、慣れてくれ。
俺は心の中でそれしか言えなかった。
「それで、いつ倒しに行く?」
今すぐにでも行きたいと言わんばかりのエフィだが、しかし、
「まあ、待て。まずは盗賊の情報を集める」
「え? 問答無用でぶちのめすんじゃないの?」
……まるで、何でそんな面倒なことをするのか分からないみたいな顔で言われたのだが……。
俺は咳払いを入れると、
「世の中には義賊みたいな奴だっているかもしれないだろ? そういう奴らをしばき倒す程、俺は鬼じゃねえよ」
義賊とは、弱い者のために悪い奴から盗った金を分け与えてやるような奴のことだ。
今この世界にいるかどうかは知らないが、前世の世界ではそういった物語がいくつもあった。有名なもので言えば、ロビンフットや、ねずみ小僧などがそれに当たるだろう。
この世界でもそういった物語はある。
現時点のこの世界に義賊がいるかどうかは分からないが、もしいたら、そういう奴をぶっ飛ばすのはさすがに申し訳ない。
「えー。関係なくない? みんなぶっ飛ばしちゃえばいいじゃんー」
「………」
さすがエフィ。ただ単に暴れたいだけだった。その相手は悪だろうが善だろうが関係ないらしい。
「ダメだ」
「えー、どうしても? (コテンッ)」
「……可愛らしく首を傾げてもダメなものはダメだ」
「チュッ」
「よし。今から盗賊を滅ぼしに行こう」
「わあいっ!」
エフィの頬キスに敢え無く俺が陥落したところで、案の定、ルナとアイスマリーが声を荒げる。
「お兄様! 何でエフィのおねだりに対してそんなに甘いのですか!?」
「そうです、マスター。チョロイにもほどがあります。さすが童貞ですね」
何気にアイスマリーの一言がぐさりと胸に突き刺さった。
「い、言ってくれるじゃねえか、アイスマリー。お前だって同じものだろ」
「は? どこが同じだと言うのですか? あなたの童貞と違って私の処女には価値があります。それともご自分の童貞に金一粒ほどの価値がおありだともお思いですか? あー、やだやだ、これだから童貞は。思考の端から端まで童貞クサくて喋っていて疲れます。これだから童貞は」
めっちゃ童貞って言ってくるんだけど……。
どうやら俺がエフィにキスされたのが余程気に食わなかったらしい。アイスマリーの機嫌が氷点下以下まで落ちていた。
……しかし、こいつの毒舌は相変わらずダメージがでかいぜ……。
仕方なく俺は頭を下げる。
「ア、アイスマリー。俺が悪かった」
「は? 一体何を謝っているのですか? あー、やだやだ。これだから童貞は」
うおお、アイスマリーが機嫌を直してくれねえ……。
でも、こういう風に作ったのは俺だし……。
多分これ、ヤキモチを焼いてくれているんだと思うけど、自分でそのように作った割に、どうやったら許してもらえるか分からねえ……。
ほとほと困り果てていると、エフィが横やりを入れてくる。
「こいつ、めんどくさ。そこまで言うなら、自分だってマスターにキスすればいいだけじゃん」
「は? 何で私がそんなことしなければならないのですか? 私はあなたみたいな痴女と違いますので」
「……なんなの? もう一回言ってみなよ」
「何度でも言ってあげます。あなたのような痴女が側にいるから、マスターがおかしくなってしまうのです。マスターの人形は私一人で十分です。どこへなりとも消えて下さい。さあ、早く」
「……やろうっての。上等じゃん。表で出なよ。消えるのはお前だ」
「……望むところです」
その剣呑な雰囲気に、ルナが慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと二人とも! ケンカはやめて下さい!」
「「痴妹(ちもうと)は黙っていて」ください」
「なんでそこだけ息ぴったりなんですか!?」
ほんとにね。
でも、そろそろ本当に止めないとな。
どちらも大事な子だ。その二人がケンカをするのは俺としても嬉しくない。
「アイスマリー」
「何ですか? マスターも黙っていて下さい。これは人形同士の問題ですので」
「アイスマリー!」
「だから……え?」
俺は隣に座っていたアイスマリーを抱きしめた。
「少し落ち着け」
「……マ、マスター……」
先程まで興奮していたアイスマリーが大人しくなっていく。
俺はその耳元に語り掛ける。
「アイスマリー。俺は君のことが大事だ。それは分かるな?」
「……はい」
「だったら、俺が言いたいことも分かってくれるよな?」
「………」
アイスマリーは黙って頷く。
それでも謝ろうとしないアイスマリーだが、本当に申し訳ないという気持ちがこれでもかというほど伝わってくるのだから愛おしい。
俺はアイスマリーを放そうとするが、彼女の小さな手が俺の服を掴んで放してくれなかった。
「………」
アイスマリーは何も言わない。自分から何かして欲しいとは、彼女はけして言わないのだ。
だからこそ俺は彼女の気持ちを汲んであげなければならない。
「分かった。もう少しだけな」
ほんの僅かだけアイスマリーの顔が頷いたように見えた。
俺は苦笑するしかない。
でも、どうにか彼女は機嫌を直してくれたみたいだ。
だから――
そんな恨みがましい目で睨んでくるのはやめてください、ルナさん。
あと、笑いながらハイライトの消えた瞳をかっぴらくのはもっとやめてください、エフィさん。
……というか、お前がキスしたからややこしいことになったんだろうが……。
「とにかく! 話を戻すぞ。まずは盗賊の情報を集める」
俺がそう言っても、ルナとエフィの目は変わらない。何故ならアイスマリーを抱いたままだからだ。
もう無視だ、無視。いい加減、話を進めたいからな。
先程からこちらを茫然として様子で窺っていた店主の方に、俺は視線を向けると、
「というわけだ。オヤジ、盗賊について知っていることを教えて欲しいんだが」
「あ、ああ……」
先程町長を追い払った俺が盗賊を倒す流れになったことも、美少女三人とのやり取りも、何が何だか分からないといった目をしている店主。
それでもアイスマリーを抱きしめたままの俺に向かって、店主は茫然とした様子で、盗賊の情報をぽつり、ぽつりと話し始めた。
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