第13話『激闘前』

 城に着くと、俺たちはそのまま玉座の間まで案内される。

 連れて行かれたのは牢獄ではなく、いきなり玉座の間だった。


 ――しかし、そこにはグルニア王だけでなく、アレク、セレナ、リムルという勇者パーティの面々、さらには俺たちを囲むようにこの国きっての戦士、騎士などが勢ぞろいしていた。


 アレクの顔を見ればニヤニヤした顔をしている。あれは自分の圧倒的優位を疑っていない顔だ。

 他の面々もアレクと同じようにニヤついている者こそ少ないものの、圧倒的優位は疑っていない表情である。


 ……はー、なるほどな。普通に見たらこれはそういう状況なのか。

 まあいい。その勘違いをすぐに正してやる。

 俺が内心でそう思っていると、グルニア王が重々しく口を開いた。


「ネルよ。余は残念だ。城下の娘たちをかどわかし、あまつさえそれを罰しに行った貴族の子息たちを切り刻むとはな」


 ……おいおい、既に俺の冤罪が確定している状況かよ。

 あまりにも酷い状況だが、一応反論しておくか。


「グルニア王、それは誤解です。城下の娘たちをかどわかしたのは貴族の子息たちであり、彼らはその罪を俺に擦り付けようとしたのです。そしてそれを裏で命令していたのはそこにいるアレクです」


 俺はもったいぶらず、真実を全てぶちまけてやった。

 しかし、俺がそう言った途端、場には失笑が満ち溢れる。

 どいつもこいつも俺が嘘を言っていると疑っていない顔だ。

 それに加え、一部の者たちは全てを分かった上で苦笑していやがる。

 本当に終わってるな……。


「……ネルよ。余は本当に見損なったぞ。罪を犯した上に、まさかそれを王族であるアレクに擦り付けようとは……これは前代未聞の出来事だ」

「俺は本当のことを言っているだけなんですがね」


 しかし、グルニア王が信じてくれる気配はまるでない。

 さらにはアレクが横から口を挟んでくる。


「騙されてはいけません父上! ネル、この期に及んで見苦しいぞ! 何の罪もない城下の娘たちをおもちゃにしたことは、僕の部下たちから全部聞いているんだからな!」


 アレクがそのように叫ぶと、セレナやリエルを始めとする女性たちが侮蔑の表情をこちらに向けてきた。

 ……身に覚えのないことでそういう目で見られるのはさすがに腹が立つな。

 しかし、よくあんなクズをそこまで信じられるものだ。

 まあこいつらもビッチだからな。もう、どうでもいいや。

 取りあえず俺はもう一手打ってみる。


「だったらラーマ教の神官に魔法で真偽を確かめてもらえばいいじゃないですか。俺は何も後ろめたいことなどしていません。呼んでくださいよ、ラーマ教の神官を」

「……それは余に自分の息子、アレクを疑えと言うことなのか?」


 怒りに満ちた顔のグルニア王。

 ……おいおい、マジかよこいつ。


「……あのな、怒りたいのはこっちなんだが? ラーマ教の神官を呼べば一発で分かることなのに、息子を信じているからの一言で却下かよ。いくらなんでもクソ過ぎだろ」


 俺がそう言い放つと、案の定怒号が飛び交う。


「王に向かってなんだその言い草は!?」

「気が触れたか、下郎め!」


 そりゃ気も触れるでしょ? ここまで苛められれば誰だってキレるって。

 むしろ俺、今までよく我慢した方だと思うよ?


「下郎はお前らだろ? クソどもが」

「ふんっ、今までも反抗的な男だと思ってはおったが、ついに本性を現しおったか」

「その通りです父上! それにラーマ教の神官を連れてきたところで、こいつの高い魔力の前ではレジストされる恐れがあります! 意味などありませんよ!」


 二人で示し合わせたようにして罵ってくる。

 ……もう喋るのも嫌になってくる。

 ……まあいいや。この際だからこっちも言いたいことは言わせてもらうか。


「いつもは俺の力に嫉妬して辛辣に当たって来るくせに、こんな時だけ都合よく俺の魔力の高さを認めるのか? 本当に小物だな、アレク」

「な、なんだと!?」

「それとグルニア王。俺はいつもこの国のことを思って発言していた。だけどそれを自らの利益と征服欲のために、あんたが俺のことを煩わしく思って煙たがっていただけだろう? 自分勝手に解釈するなよ。醜い本性を隠しているのはあんたの方だろ?」

「……ぬぅ、き、貴様……!」


 グルニア王とアレクが揃って俺を睨みつけてくる。

 王と王子が睨んできたら、本来だったら目の前が真っ暗になるところだろうが、俺はもうそんなことはない。

 ――もう何も感じない。

 しかし何を思ったのか、アレクが急に笑い声を上げる。

 ……なんだ?


「クックック……強がりはやめなよ、ネル。どうせもう助からないと思って好き勝手なことを言っているだけだろ? 少し落ち着きなよ」


 ……いや、十分に落ち着いているのだが。


「最強職の魔法剣士から下級職の人形師に転落したんだものなぁ。そりゃ自暴自棄にもなるよ。僕はね、少なからず君に同情しているんだよ?」


 いらねえんだよ、お前の同情なんて。


「ずっと一緒に戦ってきた仲だ。出来れば助けになってやりたいんだよ。でも君の犯した罪は重い。だからもう君は助けられない。分かるだろ?」


 ……分かんねえよ。

 ていうか、こいつは一体何が言いたいんだ?


「だが、助けになりたいというのは本当だ。だから君の家族だけでも助けようじゃないか。君の妹と、そこにいるピンク髪の少女だけはね」


 アレクはにやりと笑ってそう締めくくった。

 ……なるほど、それが狙いか。

 つまりこいつは合法的に俺からルナとエフィを取り上げるつもりなのだ。


「君も妹たちを残して逝くのは心配だろう? 特にルナ・アルフォンスは犯罪者の妹というレッテルを張られかねない。君が死んだあと、一体どんな扱いを受けるか……」


 アレクが同情を込めた顔で首を振る。

 ……てめーがそう仕向けたんだろうが。

 俺は腸が煮えくり返る思いだった。

 アレクはニヤニヤした顔のまま、まだ言ってくる。


「だからさ、これまで共に戦ってきた仲間のよしみで、僕が君の妹の面倒を見てやろうというわけ。もちろん君の分まで可愛がってあげるつもりだよ? 嬉しいだろ?」


 こいつが言う「可愛がる」とは額面通りの意味ではないだろう。

 こんな奴にルナを預けたら、一体どんなことをされるか……。

 俺の怒りは頭の天辺を突き抜けそうなほどだった。

 ……もうそろそろ我慢するのはいいか。

 そう思ったのだが、しかし先にルナが口を開く。


「アレク様。わたくしはあなたなんかの世話になる気は毛頭ございません。偽りの勇者に手籠めにされるくらいならば、今ここで兄と共に死を選びます」


 きっぱりと言い放つルナ。

 そして、俺の反対隣りからも声が上がる。


「わたしもそんなクズ男の世話になる気はないかなー。ていうかマスターに実力で敵わないからって、権力使ってこんな風に周りくどくネチネチネチネチ攻めてくるゴミ勇者はいっそこの場で焼却したいんだけどー」


 あっけらかんと響いた可愛い声とは裏腹の凄惨な内容に、皆は一様にあんぐりと口を開いていた。


「偽りの勇者だと……? クズだと? ゴミだと……?」


 アレクの肩が震えている。


「……そんなことを言われたのは生まれて初めてだよ。でも、それもネルに言わされたんだね? 君たちはネルに洗脳されているんだ。だからネルを殺した後、僕がその洗脳を解いてあげるよ」


 こいつはあくまで俺を悪者に仕立て上げたいらしい。

 本当に俺から全てを奪わないと気が済まないようだ。


「ネル、そういうわけだよ。残念だけど君はここで終わりだ」

「俺は終わるつもりなんかないな」

「だから強がりはやめなって。君が勝てる要素はないだろう? 僕と君はかつて互角だった。しかし君は最強職の『魔法剣士』から最下級職の『人形師』に降格し、逆に僕は『真の勇者』となってより高みへと至った。この時点で君には勝ち目がないのに、それに加えてこちらには勇者パーティのセレナとリエルもいる。国の精鋭たちもここに揃っている。反面、君には妹とそこにいる少女しか味方がいない。しかも戦えるのは妹だけだろう? 彼女も中々やるとは聞いているが、この物量を前にどうにかできるわけでもない。さあ、困ったね?」


 自信満々に言ってくるアレク。

 周りにいる奴らもそれを疑っていない。

 だが、もちろん俺は何も焦ってない。


「何も困ってなんかねえよ。三人でここにいる奴らを全員叩き伏せることが出来るからな」


 俺がそう言うと、また場には失笑が漏れる。


「おい、聞いたかいみんな? ネルは前から自信過剰だったんだよ。それで何回パーティがピンチに陥ったことか」


 アレクのそのセリフに嘲笑が起こるが、俺は逆に鼻で笑ってやった。


「よく言うぜアレク。自信過剰だったのはお前の方だろうが? そのせいでパーティはピンチに陥ったと思ってんだ? 大体、俺とお前が互角だと言ったことを訂正しろよ。勇者よりも強い俺を、ずっと妬んでいましたって、な」

「な!? ネ、ネルぅッ……!」

「そうやってすぐに感情を顕わにするのはお前の悪い癖だな。図星を突かれましたって丸わかりだぞ?」


 アレクは歯ぎしりする。


「……もう許さないよ。せっかくこちらは穏便に済ませようとしてやったのに!」

「……どこがだよ。本当に押し付けがましい奴だな」


 俺が呆れていると、ルナが不安そうな顔で聞いてくる。


「お、お兄様? 本当にどうにかなるのですか?」


 ああ、そうか。ルナには何も説明していなかったな。

 ――俺の人形師としての力を。エフィの力を。

 しかし、それを説明している時間はない。


「大丈夫だ、ルナ。何も心配しなくていい」

「わ、分かりました」


 ルナはすぐに信じてくれる。

 彼女は俺の嘘を見抜くのが上手い。だから俺が嘘を付いていないと分かったのだろう。


「俺はアレクとセレナとリエルを同時に相手する。ルナは周りにいる騎士たちを防いでくれるか?」

「わ、わたくし一人で、ですか? それに、お兄様もあのお三方を一人で相手になさるのはさすがに無理では……」

「大丈夫だよ。そのためにエフィがいる。エフィには魔法で全体的に攻撃してもらう」

「は、はあ……」

「まあ、俺を信じろって」

「……はい。お兄様がそうおっしゃるなら、間違いないでしょう。騎士たちはわたくしにお任せくださいませ」


 そう言ってルナは腰から細剣を抜き放ち、騎士たちに向かって構えた。

 大柄な騎士たちに比べルナはとても小柄だが、しかし実力的にはルナの方が圧倒的に上だ。


 ――なにせルナにはこの俺が直々に、剣の手ほどきをしてあるからな。


 俺には及ばないが、彼女も十分に天才の部類に入る。

 今のルナは『A級剣士』と言ったところだろう。

 力と体力は乏しいが、反面スピードと技は俺でも目を見張るものがある。

 今のルナではさすがにあの物量の精鋭の騎士たちを全て相手にするのは厳しいだろうが、そこは先程言った通りエフィに援護させるつもりだ。

 俺も剣を抜き放つと、しかし、それを見たアレクがバカにしたように言ってくる。


「おい、見ろよ? 人形師が一丁前に剣を構えているよ?」


 そのセリフでまた辺りには嘲笑が巻き起こった。

 すぐに後悔させてやるつもりなので、俺はなんとも思わない。しかし、


「お兄様をバカにするな……! あなたたちに、お兄様の何が分かるのですか!!」


 ルナが目に涙を浮かべて怒っていた。

 ……もしかしたら、今までずっと我慢してきたのかも知れない。

 一方でエフィも、


「今からあの顔が驚愕と屈辱に歪むのかと思うとたまんないねー。右腕、左腕、右足、左足、どこから吹き飛ばそうか? 残念、顔からでしたー」


 可愛く狂気に満ちていた。

 ……作り方間違えたかな……?

 そんな彼女たちを見て、アレクが皮肉気に言ってくる。


「……よく慕われたものだね。本当、気に入らないよ、君のそういうところ」

「だから俺を貶めたのか?」

「……何のことだい?」

「まあそうだよな。公の場では、頷くわけにはいかないよな」

「……いい加減、君と喋るのも疲れて来たよ」

「俺もだ。初めて気が合ったな」

「ふふっ、確かにね。皮肉なものだよ、君が殺される直前でようやく気が合うなんてさ」


 そう言ってアレクは聖剣を鞘から抜き放った。

 ――瞬時に玉座の間に溢れる聖なる力。

 ……やはりあの武器だけは別格だな。


「すぐに終わったらつまらないから、最初は軽く遊んであげるよ」

「なら、俺もその遊びに付き合ってやるか。見せてやるよ、格の違いを」

「本当、君は減らず口だけは止まらないね」

「それはお互い様だろ」


 俺とアレクは向かい合う。

 仮にもこの世界で最高峰の『真の勇者』であるアレクと、『元魔法剣士』の俺だ。

 辺りには気と魔力の乱流が渦巻いていた。

 周りの者たちが俺とアレクが発する闘気に呑まれるのを横目に、俺たち二人は互いに向かって駆け出した。



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