第14話 恐るべき未来とウ抜き
女に背を押され、引き合わされたのは、後ろの長い一房を縛る白髪、そばかす、黒い三 白眼を持つ、スーツ姿の少年。
人懐っこい外見だが、この少年も人狼なのだと思えば、身構える泉。
すると少年の方も、何故か泉を見るなり目を剥き、それ以上は変わらない表情の代わりに悲壮な声を上げた。
「な、なんすか、この化け物化粧は!?」
「……ええと、司楼、さん?」
どこかで聞いたことのある声に尋ねれば、姿勢を正した少年は頭に手を添え、
「はい、昨日ぶりっす。……にしても、なあ、この化粧は」
「構いやしないだろう?……いや、あたしもさ、ちょいとはやり過ぎたかな? と思うけど……。ほら、嫉妬、っていうの? 若い頃散々一緒にいたってのに、幽玄楼なんて、一歩も入れなかったんだし?」
「……こ、この状態で俺に連れてけって? 新手の拷問?」
「………………………………………………………………………………」
じろじろ人の顔を見ては、無遠慮に酷い言葉を投げつけてくる二人。
素顔でなくとも段々腹が立ってくる。
拳を握りしめ、下がる視線。
意を決して二人へ抗議しようと開きかけた口だが、並んだ顔に息が詰まった。
そこにあるのは、獣の頭部。
ランと同じように前触れなく変化した人狼姿を認め、身体が勝手に固まってしまう。
気づいた司楼が首を傾げ、己の姿を見ては頷いた。
「ああ、俺らの変化、初めて見たんすか? 聞いた話じゃ、アンタらの御伽噺に出てくる似たような種は、すっごい順序を経るらしいっすけど、ま、この通り、瞬きの内に変わっちまうんで」
言って、しばらく泉を見つめる司楼。
何事かと睨み返せば、にゅっと鼻先が首下へ突きつけられ、仰け反る暇なく離れた。
「顔は化粧くさいっすけど……香は?」
泉へ向けられた黒い爪先の問いは、彼女ではなく中年女へ向けて。
女は、やれやれ分かってないね、という台詞を動作だけで示した。
「側近のくせに。女に興味ないったって、ちょっとは察しなさいな。良いかい? この娘は今までのとは違うんだ。行ったが最後、許される香りはフーリ様だけ。なら、最初くらい、素材そのままを愉しんで頂くのが筋ってもんだろう?」
「誤解を招く言い方っすね。オレは男にも興味ありません。と……そのままって風呂は?」
「野暮だねぇ。必要ならフーリ様が入れて下さるさ。だが、この娘も年頃だ。昨日だって念入りに身体を洗ったんではないかい? 見ろ、この肌のツヤ。いいねぇ、若いって」
熱い吐息が結わえられた髪を揺らす。
当人を挟んで、とんでもない内容の会話が交わされ、泉は赤と青を代わる代わる顔に宿していたが、念入りに洗ったと聞いては己を抱き締めた。
「どう?」と尋ねられた歪な記憶が甦る。
振り払うようにバスルームへ向かっては、女の指摘通り、念入りに身体を洗い、長く湯船に浸かった昨日。けれどそれは年頃という理由から来るものではなく、言い知れぬ不安と怒りを拭うため。
心情が身体によって清められる、とは思っていないが、それでさっぱりしたのは事実。
だというのに、そんな行動が褒められるのは、大本の原因がいる場所へ、連れて行かれようとしている、この時。
どんな行動を取ろうとも、帰結する先が彼の人狼を提示する。
黒衣の店主が勧めたように、全てがシウォンの下へ泉を誘う――――
そう、感じた。
「シロちゃん、そろそろ」
肩にそっと、刃に似た爪がかかる。
少しでもずらせば、服ごと肉を裂かれそうな感触。
沈む泉を知ってか知らずか、エスコートするように手を差し出す司楼。
操られるような動きでのろのろと手を伸ばし、顔を上げたなら、その鼻面にはくしゃみ寸前の皺が張りついていた。
きょとんとする泉を余所に、司楼が鋭い歯を剥いて唸る。
「シロちゃん、は止めろよ。アンタら、どうして俺の名を略すんだ? 俺の名はし・ろ・う!」
「ああ、はいはい、シロちゃん御免よ、シロちゃん、許しておくれな、シロちゃん」
「うわ、ホントムカつくお人だ、アンタ!」
ギャーギャー喚きながらも、握る手を傷つけないよう注意を払う黒い爪。
これから待ち受ける状況や、権田原たちのことを思えば、戦々恐々すべきかもしれないが。
(どうしよう……この人たち明る過ぎて、怯えるに怯えられない)
沈むのすら、難しく――――。
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