Episodio 3 関白、九州へ出陣(Ohzaka)
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翌日の早朝に、地震があった。揺れ自体はたいしたことなくすぐに収まったが、やはり一年と数か月前のあの大きな地震を思い出すとあまりいい気もちはしない。それと、ここのところやけに頻繁に地震を感じている。
そしてすぐに四月だ。
その四月早々にジュストが日曜でもないのに教会に来て、ある情報をもたらしてくれた。
いよいよ関白殿下が直々に、大軍を率いて九州に出陣するとのことだった。しかも約一週間後には出発しそうだということだ。
私も腹をくくらなければならない。オルガンティーノ師の命で、私も九州に行くのだ。もちろん関白殿下の出陣に加わって一緒に行くわけではない。それとは別に、単独での旅行となる。
単独といってもイエズス会の規則上、司祭が一人で旅をするのは許されていない。だから私と同行者をオルガンティーノ師は決めたようだ。
まず、司祭は無理だ。今、都のカリオン師、高槻のフランシスコ師はそれぞれの教会に司祭が一人の状態だ。
高槻にいたフルラネッティ師は今は正式に明石の教会の専属になっている。
大坂にはオルガンティーノ師のほかにセスペデス師もいるが、セスペデス師は小豆島に教会を建てる準備もあるし、また堺の教会も任されることになるという。
と、いうのは、オルガンティーノ師の考えでは堺の教会のパシオ師は、昨年暮れにお城で三河の徳川殿と会談した際に話が出たように、近々尾張や三河へ福音宣教のために遣わそうということになっているらしい。
そこでオルガンティーノ師は、
関白殿下自らを総大将とする大軍が大坂を後に出陣したのは、四月の八日の水曜日だった。
その前の五日が
その理由は、彼らのその軍服と甲冑を見ればすぐに分かった。
まずはジュストである。彼の兜には大きく十字架が乗っており、その旗にも六つの円が一つの円を囲んでいる彼の家紋のほかに、大きく十字架が描かれていた。
もうひとつの彼の旗は、赤と白が段々に重なっている図案で、彼によるとそれはモーセの出エジプトの時にモーセを導いた雲の柱と火の柱の図案化だそうだ。
ほかに蒲生殿ドン・レオンは真っ黒な鎧であったが、その下に着ている着物には一面に十字架の刺繍があった。また、信長殿のお子である三吉郎ペトロはきらびやかな象牙で作った十字架を首からかけており、それが皆の目を引いた。
ミサが終わった後も彼らは
オルガンティーノ師は祭壇の前に出て、武装したまま畏まる彼らの頭上に聖水を振りかけた。
「今日のミサの中で読まれたキリストの御言葉ですです」
「平安、汝らにあれ。父の我を遣わしたるごとく、われもまた汝を遣わす。聖霊を受けよ。汝ら誰の罪を赦すともその罪は赦され、誰の罪を留むるともその罪留めらるべし」
そうして私と手分けして、彼らの告解を聞いた。
出陣当日はよく晴れており、教会のある丘も麓からの桜が満開になっていた。
美濃守殿の出陣の時と同じく多くの軍勢が天満橋を渡って尼崎の方へと進むのが教会からはよく見える。
今回は、かなり時間がかかった。なにしろ聞くところによると軍勢の数は四万は下らないそうだ。
そして関白殿の姿もはっきりと分かった。彼は馬上で、日輪の後光のような兜をかぶっていた。その脇には旗の代わりに多くの黄金の瓢箪がつるされた
あまりにも多くの殿がこうして出陣してしまうので、その間大坂城は手狭になってしまうのではないかと、私はこの間の日曜日にあいさつに来たジュストたちに、聖別と告解の後で司祭館で語らった時に聞いてみた。
かつて関白殿下が徳川殿と尾張で戦争をするために出陣したすきに、紀州の根来衆に大坂の町が襲われて町の大部分が焼かれたこともあったからだ。
「あの頃とは違いますよ」
ドン・レオンが笑って言った。
「今はもう関白殿下に敵対するものはこの大坂の近辺にはおりません。徳川殿がようやく臣従されて、殿下も大安心で九州に向かわれるのでしょう。だからお城は、女子供に任せておいて大丈夫なのです」
さらにジュストの話だと、かつて敵対していた本願寺のいちばん上の僧侶はもはや今は敵対するほどの力はないにしろ、一応心配なので関白殿下は軍勢とともに九州に連れていくそうだ。
教会から眺める景色はこれまでと全く変わらないお城だが、その中は今はがらがらになっているはずだ。
お城は女子供でも守れるとジュストは言っていたが、その城を守る女のうちの頂点は北政所様だろう。その北政所様からも、マグダレナを通してお言葉をいただいた。それによると、今度関白殿下が九州に赴いてかの地では激しい戦争になることが予想されるが、武器を持たずまた外国人である九州のバテレンたちに危害が加わらないように最大の配慮をしてほしいという旨を、くれぐれも関白殿下に言い聞かせたとのことであった。
大坂は、この方がいれば大丈夫だ。また、この方に言い含められた関白殿下も大丈夫だ。むしろ心配なのは我われの内部の方である。
だから、いよいよ重大な責任を負って今度は私が九州にに遣わされる時が刻一刻と来ようとしていた。
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