3
「次に、」
オルガンティーノ師は、一層引き締まった顔を見せた。やはり、ドン・ジョアンの追悼ミサのために我われを招集したということではなさそうだった。誰もが静まりかえって息をのんだ。私もそうだった。
「長崎の準管区長から、このたび長い手紙を頂きました。できれば都布教区の総ての司祭に情報を共有するようにとのことでした。最初に、こちらの布教区内の尾張で大きな戦争が現在進行中という形で行われていますが、
人びとは一斉にどよめいた。今、都布教区にいる司祭も、皆誰もが初めて日本の地を踏んだのは長崎か口之津である。だから、
「敵は?」
詰め寄るように、フランチェスコ師はオルガンティーノ師に聞いた。
「竜造寺です」
「やはり」
皆が一斉にそう言った。竜造寺という殿は以前から有馬の殿とは戦っており、私が日本に着く直前にも竜造寺との悲惨な戦争が有馬の地であったことは聞いている。
「しかし、有馬の殿では、竜造寺との兵力の差が……」
心配そうにセスペデス師が聞いた。
「単独ではなく、薩摩の島津の殿とドン・プロタジオとが連合して竜造寺と戦ったようです」
「なるほど、それなら……」
セスペデス師の安堵の声は、ここにいる全員の声だった。
「準管区長からの手紙にはかなり詳しく状況が書かれていますけれど、今はかいつまんでお話しいたします」
オルガンティーノ師は、そうして手紙に目を落とした。
「ことの発端は竜造寺がついに島原を通って有馬に軍を進めようとしたことらしいのですが……」
しばらく黙って手紙を読み、すぐに目をあげて一同を見渡した。
「ちょうど
やはり平和そうに見えてもこの国は内戦状態――
「で、結果は?」
カリオン師の問いに、オルガンティーノ師はうなずいた。
「『
さすがに人の死を、さらにはこの国の内政のなりゆきを声をあげて喜ぶ者はいなかったけれど、誰もが内心ホッとしていたと思う。なぜなら、竜造寺とはこれまでも我われの前に立ち憚る悪魔の壁のような存在だったのだ。
「とにかく、ドン・プロタジオは無事に帰還だそうです」
「有馬は無事だったのですか?
私は思わず、気になっていたことを聞いた。オルガンティーノ師は優しくうなずいた。
「戦闘は島原半島の北部、雲仙という火を噴く山の麓の沖田畷という所で行われたようで、有馬や口之津は全く戦場になっていないそうですから、大丈夫でしょう。ただ、用心に越したことはないということで
「あのう、ヤスフェは?」
私は自分がいちばん気になっていたことを、思わず聞いた。
「あの、ドン・プロタジオに仕えているモサンビーキの
初めてパシオ師が口を開いた。
「私も昨年日本に来て以来何度か有馬にも行きましたので、会ったことあります。元気そうでした。で、今度の戦争にも参加したけれど、無事に帰ってきたと聞いています」
「今回の戦争の様子もご覧になったのですか?」
フランチェスコ師が聞いた。
「いえ、戦争の時は私はずっと長崎にいましたから、直接は見ていません」
パシオ師はそう言ったが、ヤスフェが無事で元気で活躍という情報は何よりだった。
カリオン師も、明るく顔をあげた。
「これで有馬のドン・プロタジオと薩摩の島津殿の絆がますます深まれば、島津殿の受洗も近く、また鹿児島での福音宣教もはかどるのでは?」
だが、オルガンティーノ師は首をかしげていた。
「なにしろ、薩摩にとって我われの窓口とでもいうべきあのお方、
確かに、そう思うとアルメイダ師は実に偉大な存在だった。
「いずれにせよこちらの戦争はまだにらみ合いが続いているけれどあちらの、
そして軽く間をおいた後、オルガンティーノ師は一同を見渡した。
「そして皆さん。実はここからが本題なのです」
いったい何の話がさらにあるのだろうと、私たちは皆身を固くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます