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 その翌日、我われ三人の司祭は、ジュストに城へと招かれた。

 ジュストは毎朝の祈りのために教会を訪れ、そのまま毎日ミサに与っているのだから、我われに話しがあるならミサの後にいくらでもできる。それなのにわざわざ城に招くということは、よほどあらたまった話なのだろう。

「まずはバテレン様方、我が城にご足労いただいたこと、真に恐れ入ります」

 ジュストは我われを前に、深く頭を下げた。

「実はそれがし、思うところがあって都のバテレン・オルガンティーノ様に僭越ながらご注進したき儀がございまして、重臣の一人を都の南蛮寺に派遣するつもりであります」

 ジュストの方から我われに意見を申し述べることなどこれまでなかったので、どれだけ重大なことなのだろうかとわれわれは息をのんだ。

「しかしながら、この高槻にもバテレン様方がおいでなのに、そのお耳には何もお入れせずに、飛び越えていきなりオルガンティーノ様に申し上げるのは皆さま方に失礼と思い、今日こうしてお招きしたのです」

 やはり、どこまでも律儀なお人であった。

「今、羽柴筑前様は柴田殿亡き後、清洲での合議衆の筆頭に立たれ、二十か国を領有する大大名となっております。そして、長浜の従来のお城はかつて柴田殿に譲られており、今年のあのいくさで落城しました。羽柴様のお城は姫路城のみだったのですがあまりにも都から遠く、しばらくは天王山の上の山崎城を居城とされていました」

「天王山、山崎といえば……」

 フルラネッティ師が目を挙げた。ジュストはうなずいた。

「はい。私が瀬兵衛殿とともに明智を討ったあの山崎の地の山の上にある城です。都には近いことは近いのですが、我われが戦ったあの戦場を遥かに見おろす天王山という山の頂上です。ですから、出入りがとても大義なのです。城下町を造ることもできません。そこで羽柴様が目をつけたのは、一度は池田殿が領有していた大坂城です」

 かつて一度だけ、私もその城の名を耳にしたことがあった。信長殿と長年にわたって抗争を続けて生きた一向宗の石山本願寺だが、信長殿との和解が成立して一向宗が紀州の雑賀に移ってからは、信長殿がそこに大坂城を築いていた。

 そこは信長殿の甥の織田七兵衛殿が預かっていたけれど、本能寺屋敷での事件の後、明智と通じていたとの疑いをかけられた七兵衛殿は丹羽殿と三七殿に攻められてその大坂城で命を落とした。

 その後は池田殿がその城を預かっていたが、池田殿は三七殿が討たれた後に三七殿の旧領の美濃を本拠地とすることになったため、摂津の国は羽柴殿の領有する土地となっていた。いわば大坂城は羽柴殿のものとなったのである。

「これまでの大坂城は石山本願寺の遺構を利用しただけの小さな城でしたけれど、羽柴様はそれを安土に負けないような大々的な城へと今や普請中です。おそらく、今後はその大坂城が羽柴様の居城となるのでしょう」

「工事は、もう始まっているのですか?」

 フランチェスコ師が質問する。

「はい。今まさに進行中です。しかしかなり大規模な普請ですので、すぐには終わりそうもありません。でも、羽柴様はすでにある程度できた大坂城に移り住んでいるとのことです。そして、私がオルガンティーノ様に申し上げたいことと関連してくるのですが、羽柴様は城だけでなく、大坂の地に安土や都にも負けないような巨大な都市を建設するつもりでいるようです。城の普請と並行してその城下の建設も進んでおり、多くの大名が地所をもらって大坂にそれぞれの屋敷を建てはじめています。そこで、」

 ジュストは一度言葉を切った。大きく息をついで、我われを見回した。

「一信徒にすぎない私がこのようなことを申し上げるのは真に僭越なのですが、南蛮寺も大坂に地所をもらいうけて大坂の南蛮寺を作るべきではないかと」

「おお」

 三人とも、感嘆の声を挙げた。

「安土ではついに実現しなかった教会を大坂に……」

 私がつぶやいた。フルラネッティ師はゆっくりとうなずいた。そしてジュストに言った。

「ジュスト、あなたは一信徒などではない。この国における我われイエズス会を保護するお立場の方だ。どうぞ忌憚なきご意見をお聞かせ願いたい」

 ジュストは少しためらっているようだったが、意を決して切り出した。

「羽柴様はそのうち、南蛮寺をも大坂に建てるように言ってくるでしょう。すべての勢力を大坂の中に抱え込みたいと思われているようです。それに逆らうことはできません。でも、それを待っていてはだめなのです。そのようなことを羽柴様の方から命じられる前に、大坂に土地を賜りたいとこちらからお願いしなければまずい状況になるのです」

「まずい状況?」

 フルラネッティ師の顔が曇った。

「羽柴様はきっと、都の南蛮寺を大坂に移築せよと命じてくるのではないかと予想されます。そうなると、都に南蛮寺もなくなり、土地も失います。また、移築には莫大な費用がかかるでしょう」

 たしかにそれは困る……と三人の司祭の誰もが思った。都の教会にオルガンティーノ師がおられる以上、都の教会こそが都布教区の中心教会なのだ。それがなくなってしまうというのは大問題だ。大坂に教会を造るのはいいが、都の教会は都の教会として残しておかねばならない。でもぐずぐずしていて羽柴殿から都の教会を移築せよと命じられてしまったらそうしないわけにはいかなくなるので、言われる前にこちらから先手を打とうという寸法らしい。

「堺の教会は?」

 と、フランチェスコ師が言った。オルガンティーノ師は堺に教会を建てたいと、もう土地も購入してある。

「堺の教会はあきらめて、大坂に教会を建てなければならないのでしょうか」

 私が口をはさんだ時、またジュストは言った。

「その堺の教会も、建設を変更して大坂に建てよと羽柴殿は言われるでしょう。ですから、やはりその前にこちらから」

「でも」

 と、フルラネッティ師の顔は曇ったままだ。

「今、我われに大坂に土地を買う金も、教会を建てる金もない」

「実は」

 ジュストはまた膝を一歩進めて話しだした。

「隣国であります河内の岡山の南蛮寺が、今や空き家状態ですね」

 そうなのだ、河内岡山の教会は砂の教会とも呼ばれ、日本の教会では一番の美しさだろう。だが、常駐する司祭はいない。それどころか、岡山の地は結城ジョアン殿という信徒クリスティアーノの殿が領有していた。私もかつてヴァリニャーノ師とともにその教会を訪れたことがある。

「結城殿は国替えで、もう岡山にはおられません」

 ジュストが驚きの証言をした。

「羽柴殿がほかの国へと結城殿を遷され、今の岡山は異教徒の殿が治めています」

 国替えとは、権力者による殿の配置換えだ。拒否権はない。岡山の領主が異教徒の殿ということになると、あの美しかった教会も取り壊されてしまう可能性もある。そうなると、ただ信徒だけが取り残された形になってしまう。

「その岡山の教会を解体して、大坂に移築したらどうでしょう?」

 ジュストの案は、これは名案だと思った。

「費用はすべてそれがしが持ちます」

 さらにジュストの申し出は、我われにとって涙が止まらないほどのものだった。

 フルラネッティ師はジュストの手を取った。

「ありがとうございます。でもこのような重大なことは我われ三人の一存で決められません。すべて布教区長のオルガンティーノ神父様パードレ・オルガンティーノがどう思われるかです」

「はい。そこで、私の重臣を都に送りたいと思ったのです」

「そうですね。我われがジュストより話を聞いて我われがそれを都に伝えるというのではなく、ジュストのご家来の人を通してジュストから直接オルガンティーノ神父様パードレ・オルガンティーノには言われた方がいいでしょう」

「では、そうさせていただきます」

 ジュストはまた頭を下げていた。

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