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こうして激動の1582年も終わり、引き続き激動の年となるか平和の年となるかまだ分からない83年が幕を開けた。だが、日本の暦で新しい年になるのは、まだ半月ほど先だった。
我われの
三七殿が羽柴殿に降伏し、三法師殿を安土へと引き渡したという知らせだった。
「降伏という言い方ですと、三七様は無念であっただろうと普通は思いますが、やはりあのミサでの祈りが届いて、三七様は和解の心になったのではないでしょうか」
ジュストも、そのように言っていた。フルラネッティ師もうなずいた。
「すべてが『
「実際、羽柴殿は五万の軍勢で美濃へと向かったのですが、実際の戦闘は三七様の御家老の斎藤玄蕃殿の加治木城を攻めて降伏させただけで、やはり岐阜城は包囲したに過ぎなかったようです。ですから三七様は半月以上の籠城の末に、三法師様を引き渡すということで和解が成立したということのようです」
「やはり『
そのジュストの言葉に、話を聞いていた私もうれしくて大きくうなずいた。
やがて、日本の暦での正月も近付いてきた。
我われにとってはただの平日なのだが、あくまで日本の風習を尊重するという修道会の方針にのっとり、日本の正月に当たる一月十四日から三日間、
その三日間はジュストも城で領主として正月の諸行事に追われているようで、なかなか教会に足を向けることができずにいたようだ。ようやく日本の正月の四日目、すなわち十七日の木曜日になって朝のミサに参列したが、その後でまた彼は顔を曇らせていた。
「今度は滝川
何がだろうと思っていると、羽柴殿へ反旗を翻したのだという。滝川殿も信長殿の重臣の一人だったが、本能寺の事件の時は遥か東の方にいて、清洲の会議にも参加していないようだ。
招かれていたのに東の方の国から駆けつけたけれど時間的に間に合わなかったとか、招かれなかったとかいろいろな情報があってどれが本当かよく分からない。本拠地は都から南東の
「何もよりによって正月に……。羽柴殿は今度は七万の軍勢を引き連れて伊勢に向かったとか。今度も長引くでしょう。なかなか世の中は落ち着きませんな」
ジュストも苦笑していた。
その後、滝川殿との
そうして
だが、その
その枝の主日のミサに参列していたジュストは、また例によってミサ後に我われ司祭団をつかまえた。だが今回は単に情報を伝えてくれるというだけではないようで、かなりあらたまった様子で我われと対座した。
「バテレン様方、申し訳ない」
いきなりジュストは我われに頭を下げた。
「聖週間も、復活祭も私はミサに
「殿様ですから、いろいろと事情はあると思いますので、頭を挙げてください」
フルラネッティ師が慌ててジュストに頭を挙げるように促した。
「羽柴殿から私にも、参陣するようにとのお触れがまいりました。私は
もう三カ月近く膠着状態になっている滝川殿との戦争に今さら駆り出されるというのもおかしな話なので、我われは皆一斉に事情を察した。
もちろん詳しくは分からないが、これまで以上の大きな戦争が始まったのだということくらいは分かったのである。
「差し支えなければ、事情をお話しいただけませんか」
と、フランチェスコ師が尋ねた。
「今までは雪に閉ざされて動けなかったと思われます越前の柴田修理殿が、雪解けとともについに大軍を動かして近江に向かいつつあるというのです。間もなく近江に対羽柴の陣を大々的に布陣するであろうと予測されます。滝川殿との戦のために伊勢に赴いていた羽柴殿も、その軍を率いて取って返し、いよいよ羽柴殿と柴田殿との一大決戦になりそうなのです。そうなると、これまでの局地的な戦ではなく、大々的な天下をかけての戦になるでしょう」
そうなると、これまでの平和は一時的なものだったのかと思われる。
「三法師様もその後見の御本所様も羽柴殿の側にあります。御本所様の兵力も羽柴殿の兵と合力するでしょう。三七様はもう三法師様の後見は解かれています。何もできません。丹羽殿も池田殿も羽柴殿と心は一つです。そこで織田家のかつての武将のほとんどに参戦が命じられて、私も出陣しなければなりません。柴田殿には私の父ダリオが越前に追放されていた時には大変お世話になりましたので、その柴田殿相手に戦うのは心苦しいのですが致し方ありません」
「分かりました」
と、フルラネッティ師は言った。
「そのことについて、私どもは何も言える立場ではありません。でも、『
我われは皆、ジュストが毎朝早朝のミサよりも早く教会に来て、この
「すべて『
こうして我われ司祭三人とジュストとで日本語で
領主不在の高槻ではあったが、教会では変わることなく厳かに聖木曜日、聖金曜日、そして復活徹夜祭のミサが執り行われ、大勢の
徹夜祭の復活讃歌は
思えば、私が日本に来てから初めての
今、私にとって日本での三回目の
思えばジュストも去年の
「皆さん。ご復活、おめでとうございます。キリシタンにとって一年でいちばん重要な意義があり、盛大であるべき祭りは何か…それは
ナターレの時と同様、フルラネッティ師の説教の中には、普段はまずしないであろう政治的な話が込められていた。だが、混迷の中で翻弄されているこの国の
ミサの後は、二年前にこの地で迎えた
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