Episodio 3 織田信孝と羽柴筑前(Miyako)

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 こうして涼風しげくなってきた九月十日、フロイス師やモーラ師、ロペス師などの司祭やニコラオ兄、そして神学校セミナリヨの教師である修道士のアントニオ・アルバレス兄と、学生の生活の面倒を見ている修道士アンプロシオ・ダ・クルス兄らに見送られ、私とバリオス師を乗せた船は帆いっぱいに風を受けて有馬の港を離れた。

 船員はジュストの手配の船だけに全員が日本人の信徒クリスティアーニで、これまでは長崎の船宿に逗留していた。その船宿の関係者を含め長崎の町の市民もまた全員が信徒クリスティアーニだから、生活には何ら問題はなかったと思う。

 航海は驚くほど順調で、毛利領伝いに進んで十二日後の二十二日の土曜日に大坂の港に着いた。長崎や有馬はあれほど暑かったのに、大坂はもう空気が冷んやりとしていた。

 だが船は上陸せず、そのまま淀川という大きな川をさかのぼり、直接高槻の近くまで乗り付けた。

 高槻の船着き場に上陸すると、我われを目撃した領民が教会とお城に大急ぎで知らせたのであろう、殿であるジュストやフルラネッティ師が出迎えに来てくれて、途中でばったりと出くわす形になった。

 その中には、都の教会で一緒だったジョバンニ・フランチェスコ師の姿もあった。

 歩きながら聞くと、オルガンティーノ師の命で、今やフランチェスコ師は高槻教会付になっているという。

 川の上陸地点から四十分ほど歩いて高槻の町に入り、城門をくぐって城内に入るとすぐに教会が見えてきた。

 だが、見覚えのあるその屋根の手前にどんと大きな、新築の建物があるのが見えた。私が今回シモに行くときにここを通った時はまだ建築中だった新しい神学校セミナリヨの建物がほぼ完成していた。

「冬になる前には都から学生たちを呼び寄せますよ」

 その新建造物を見て歩きながらフルラネッティ師は私に言い、そして、

「都の冬は寒いですからね」

 と、言って笑った。

「たしかに」

 私も同調した。

「それに都の教会は狭い。ここは安土のように広々として、学生たちものんびりと過ごせるでしょう。安土と違って教会とも棟続きですし、それに町中が長崎や有馬のように信徒クリスタンの市民ばかりです。門を一歩出たら異教徒の町って感じの安土や都よりも、環境はずっといいですね」

 そんな話をしながら、教会に着いた。

 翌日、都の教会からオルガンティーノ師とロレンソ兄が私を迎えに来た。同行していたバリオス兄は高槻までだし、そうなると単独行動はできない以上誰かに迎えに来てもらわなければならないのだが、まさか布教区長直々においでくださるとは思わなかった。

「いやあ、ごくろうでしたね」

 にこにこ笑って私をねぎらってくれるオルガンティーノ師だったが、私はとにかくエウローパでの変事を伝えなければと気が焦っていた。

 だから、その日の夕食後、終課コンピエタまでの間の時間に司祭館の集会室に、私は一堂に集まってもらった。

 そこで私は長崎や有馬でのこと、マカオからの定期船が一艘嵐のため行方不明でそれにはゴメス師も乗っておられたこと、ヤスフェの有馬仕官ことなど手短に話した後、本題を切りだした。

「まずは詳しいことは、この巡察師ヴィジタドールからのお手紙に書いてあります」

 私はそう言ってオルガンティーノ師宛てのヴァリニャーノ師からの手紙を渡した。

「おお、懐かしい」

 オルガンティーノ師がそう言ってその手紙に目を落としている間に、私は先に他の人にかいつまんで状況を話した。

「かれこれ二年前の話ですが、やっとこの国にその情報が伝わりました。一つはすでにイエズス会の総長が交代しておられたこと、もうひとつはこれも二年前にポルトガル国王がお亡くなりになっていたことです」

「ぼう、そうだったのですか」

 まるで他人事のようにフランチェスコ師が言った。私は続けた。

「ところがその後、ポルトガルは新国王が即位せず、イスパニア王がポルトガル国王を兼ねるという事態になったということです。つまり両国は同じ国王を戴く同君連合の関係になったわけです。でも、それは表向きで、実質上はイスパニアによるポルトガル併合だと」

 その時、オルガンティーノ師が、ヴァリニャーノ師の書状を読み終えて顔を挙げた。

「この手紙にも、そのように書いてありますね」

 だが、話を聞いていた人もそれほど動揺した様子もなかった。それも当然で、私は一応ポルトガル語で話はしているが、ここにいるメンブロ(メンバー)は日本人修道士とバリオス兄以外は皆イタリア人だ。唯一のポルトガル人であるバリオス兄はすでに有馬でこのことは聞いているはずである。

 だからスパーニャとポルトガーロが合併と聞いても、よその国の出来事という感じなのだ。

「ただ、長崎ではかなり緊迫した事態にとらえていましたよ」

 私がそこに一石を投じた。

「両国の併合となるとサラゴサ条約が白紙になるということです。つまり、イスパニアはこれまで日本には手を出すことはできませんでしたが、これからはフィリピーノのイスパニア総督が直接日本に手を出すことが可能になるのです。フィリピーノからのイスパニア船がこの日本にどんどん来航する可能性もあります」

「しかしこの手紙によると」

 ゆっくりと、オルガンティーノ師が口をはさんだ。

「イスパニアは日本に対する領土的野心はないようだとあるが。その関心はもっぱらシーナであって、しかもそれはフィリピーノ総督が主張していることで国王陛下はあまりその気ではないようだとも」

「そのへんはマカオで、ヴァリニャーノ神父様パードレ・ヴァリニャーノが釘を刺してくださっているようです」

「ま、いずれにせよ」

 オルガンティーノ師はゆっくりと一同を見回した、

「地上の動静がどうであれ、我われはあくまでこの日本の霊益のため、日本を福音化することを目的に来たのだから、その使命を遂行するまででしょう」

「そうですね。イスパニアが日本に軍事進攻することについてはヴァリニャーノ神父様パードレ・ヴァリニャーノが断固阻止すると言ってくださっています。ただ、シーナに対してはずっと前からイスパニアはその企てがあるようで、サラゴサの消滅によって一気に実現化することが危惧されますね」

 フランチェスコ師が顔を挙げた。

「かつて信長殿もそのようなことを考えていたので、明智はそれを阻止しようとして信長殿を討ったというのも、あの本能寺屋敷の事件の要因の一つだとも思えますしね。もちろん長曾我部のこととか帝に対する信長殿の考えとかごかにも要因はあるようですがね」

「それを思うと、明智が信長殿を討たなかったらもっとややこしいことになっていたかもしれませんね。九州はそのせいで乱世ランセに逆戻りと、ドン・プロタジオは嘆いていましたが」

「そうなると」

 それまで黙って聞いていたフルラネッティ師も、ようやく他人ごとではないよな気がしてきたのかその顔を曇らせ始めた。

「イスパニアの息のかかった修道会、例えばフランシスコ会やドミニコ会なども日本に来る可能性があるのでしょうか」

「いや、それは」

 オルガンティーノ師がフルラネッティ師を見た。

「フィリピーノからの航路が開かれたら可能性はありますが、修道会はあくまで地上の国家が派遣するものではなく教皇パーパ様のお心次第です。ただ、一応巡察師ヴィジタドールがおられた時の協議会では、日本は我がイエズス会が担当して、当分他の修道会にはご遠慮いただくということで話がついています。とにかく」

 明るくオルガンティーノ師が話のまとめに入った。

「もしイスパニアが日本に軍事進攻するようなことがあれば、私が楯になって私の嫁であるこの日本をを守る。もちろん武器を持って戦うわけではなく、祈りの力で霊的バレイラバリヤを打ち立てる」

 オルガンティーノ師は、笑いながらも力強く宣言した。それを聞いて私は、まるで対照的に日本を狙うフィリピーナ総督に同調するかのような意見を吐いた準管区長コエリョ師のことを思い出して胸糞悪くなった。やはりこのオルガンティーノ師こそ日本の準管区長にふさわしいお方だったのではないかと思ったが、もはや私などにどうすることもできないことであった。

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