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 その日は終日あの悪臭が鼻について離れなかったし、夕食もほとんど喉を通らなかった。

 夜もうなされて、暑さで寝苦しいのに加えてあの生首たちの表情が一つ一つ目に浮かび、絶叫しそうになる衝動を抑え続けるのがやっとで眠れたものではなかった。

 だが運命は無情にも、翌日も追い打ちをかけるようにいろいろなことがあった。例によってドン・ジョアキムがやってきては、手に入れた情報を披露してくれる。。

 まずは明智軍を敗走させた三七殿が総大将としてこの都に来ているという。

 だが、都のどこに逗留しているのかは分からないし、またジュストも都に来ているのかどうかはそれも明らかではないとのことだった。

 それよりもグランディ・ノティッツェ(ビッグ・ニュース)は、ついに明智日向守殿が討ち取られたとのことだった。

 あの戦争の翌日、つまり一昨日の火曜日の早朝に勝竜寺城が明け渡されると。明智殿は城を脱出して、たった一騎で坂本を目指して落ちて行ったのだという。

 彼は都へは入らず、伏見から醍醐を抜けて大津へ至る道をとっていたようだ。その醍醐の近くの勧修寺カジュージあたりで農民の一揆か盗賊かに襲われて命を落として、その首が今日になって三七殿のもとに届けられたのだという。

 すぐに明智殿本人に間違いないことが確認され、ともに届いた胴体と首をつなぎ合わせて、三七殿は明智殿の遺体を四条通りで十字架にかけてさらしているとのことだった。

「ここからすぐですさかい、見に行きますか?」

 ドン・ジョアキムはそう言っていたが、誰もが首を横に振った。もちろん私とて、たとえ命ぜられても断っただろう。

「なぜ三七殿は明智殿を十字架にかけたのか」

 憤慨したようにイタリア語で言ったのはフランチェスコ師だ。

「全くの異教徒ならいざ知らず、三七殿はキリストの教えにも造詣が深く、洗礼を受ける準備もほとんど整っていると聞いたけれど、どうしてそういう人がこのような行為に出るのだろうか」

「たしかに。これでは主の十字架への冒涜だ。あの聖ぺトロでさえ最期に十字架に架けられることになったとき、主イエズスと同じ姿で十字架に架かるのは畏れ多いと、逆さまにはりつけにしてもらったくらいなのに」

 オルガンティーノ師もさすがに笑顔はなく、静かにそう言った。

 そこにヴィセンテ兄が口をはさんだ。

「いや、この国でも十字架は罪人を処刑する普通の道具です。そのこの国の慣習に従ったまでで、主の十字架とかは考えてなかったでしょうな。三七殿も形だけはまるでキリシタンのように生活しているとはいえ、まだ洗礼は受けていない。つまり、実質上はまだ異教徒ですからね」

 だがその時私は、別のことを考えていた。私の頭の中には「マタイ伝」の次の個所がロタツィオーネ・ペザンテ(ヘビー・ローテーション)していた。

「ここにイエズスを売りしユダ、その死に定められたまいしを悔い、祭司長・長老らに、かの三十の銀を返して言う。『われ罪なきの血を売りて罪を犯したり』。彼ら言う、『われなんぞあづからん。汝自ら当たるべし』。彼その銀を聖所に投げ捨てて去り、ゆきて自らくびれたり」

 主イエズスを裏切ったユダは、結局自ら命を絶った。明智殿が信長殿を裏切ったと聞いた時に私はユダを思い浮かべていた。その後すぐに死に至ったのはどちらも同じだが、ユダは自分の罪を悔いて自ら命を絶った。明智殿は命を奪われた。しかも、ユダによってイエズス様は売られて十字架に架けられたのだが、明智殿は自らが十字架に架けられている。

 不思議なことに、このユダの死は「マタイ伝」のみに記されていて、他の福音書エヴァンジェリウムにはその記述はない。

「あなたは明智殿の十字架を見たのですか?」

 と、オルガンティーノ師がドン・ジョアキムに聞いた。

「はい。見ましたとも。裸にされて十字架に架けられて、まあ、何と無様な姿やったことか、あんな無様な格好を晒されて、明智殿も末代までの恥や」

 その言葉に、私の中で衝撃が走った。「無様ぶざまな格好……晒されて……」、…明智殿が十字架に架けられたというのがイエズス様と同じ姿ということに、十字架への冒涜だとオルガンティーノ師をはじめここにいる司祭たちは感じている。もちろん、私とて同じだった。

 しかも、裸でというからますます主の十字架と同じ姿ということになってしまう。

 考えてみれば、キリストの時代の昔のユダヤにおいても、十字架は死刑の道具だ。主の十字架の像というのは、そういった死刑になったイエズス様の「無様ぶざまな」姿を何百年にもわたって晒し続けているのではないか……。

 そう、そのことは以前にこの国で、異教徒の誰かから指摘されたことがあった。そうだ。豊後で、あのドン・フランシスコの元妻で教会の敵のジェザベルからだった。

 あの時は私の日本語力もまだ不十分だったので全く反論できなかったが、

しかしながら今、異教徒から十字架像はキリストを蔑みないがしろにしているのではないかというふうに言われたら、私は聖職者の司祭として次のように答えるだろう。

「たしかに主の十字架の御像は死刑になっているところです。しかしキリストは『天主デウス』の御子でありながら人間の赤子という、この世で最も弱い立場、他人の手を借りなければ一日たりとも生息できな赤子としてこの世にお生まれになりました。そして、十字架につけられて死ぬという人間として最も無様な死に方をされました。でもその十字架こそがすべての民の救いとなったのです。キリストはすべての民の罪を背負われて十字架で苦しまれましたが、死に打ち勝って復活されました。すべてが『天主デウス』の人類への御大切であり、『天主デウス』の栄光であったのです」

 すると「それならば十字架で死刑になっている姿よりも、復活された時の姿の像を造るべきではないか」という反論も来るかもしれない。だから私は司祭としてはこう言うだろう。

「誰でも主の十字架を受け入れて、復活を受け入れるものでなければ救われません。そういう意味で救いのしるしとして十字架像を掲げているのです」

 そう、それはたしかに司祭の答えとしては満点だろう。だが、司祭という聖職を離れて一人の人間としての私はこの答えに納得するだろうか…? 

 もちろん、今はあくまで司祭として、そしてイエズス会士としてその疑問は封印しなければいけないことくらい百も承知である。

 これは日本人がよく使い分ける本音ホンネ(本当の気持ち、意思)と建前タテマエ(公共の場で示す意見や行動)というようなものではない。どちらも私の本音ホンネである。

「今度、三七殿に直接聞いてみたいのですが、お会いする機会はないでしょうか?」

 私のそんな思考とは別に、オルガンティーノ師はドン・ジョアキムに聞いていた。

「さあ、どないでっしゃろ、なにしろご多忙で動き回ってはりますによって。明智殿が討たれたとなると、いよいよこれから後の織田家のことなど取り決めにゃああきまへんやろ」

「たしかに、そうですね」

「ただ、これから五日後か六日後くらいには、上様のご葬儀ということで織田家中の主だった方々は皆都に集まるいうことも聞きましたし、その時でした らなんとかお目通りもかなうかもしれまへんな」

「ジュスト、高山右近様も来られますか」

「もちろんでしょう。高山様は山崎でのいくさの後、そのまま明智の坂本の城を攻めはって、坂本城は落城して炎上、安土から戻ってきて坂本城を守っていた明智弥平次も腹を切らはったいうことどす。もう坂本も落ちましたさかい、高山様も戻って来はるでしょう」

 私は思わず顔をあげた。明智弥平次と言えば、あの明智日向殿の長女の倫の夫だ。

「その弥平次の奥方は? 明智の殿の息子さんは?」

 私は詰め寄るようにドン・ジョアキムに聞いた。

「さあ、城とともにご自害なさったとも、城を出て落ち延びなさったとも言われてましてな、その辺のことはようわからへんのどす」

 私はますますいたたまれない気持ちになった。坂本で会った倫や明智十五郎殿の顔が脳裏をよぎった。

 あの方たちの消息は不明ということだが、最悪の場合は城と運命を共にしたことになろう。できれば生き伸びていてほしいと思う。だが少なくとも、あの湖水にその姿を映していた美しい天守閣もを含め、我われが二、三日を過ごしたあの城は炎上して、もうないということだ。

 その時、オルガンティーノ師は大きくうなずいて、そしてイタリア語で、

「いよいよこの国が大きく変わりますな」

 と、司祭たちに言った。

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