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 私は、信長殿を討った明智殿の真意を、この長男からなら何か聞けるかもしれないと思っていたが当てが外れた。

 歩きながらオルガンティーノ師とフランチェスコ師はイタリア語でずっとしゃべっている。勘助は相変わらず無口だ。そこで私は、全く他のことを考えていた。

 つまり、明智殿の真意についてだ。

 ヤスフェの話などを総合すると、明智殿が信長殿から徳川三河守の暗殺を命じられたことは明白だ。前にも安土城に徳川殿が訪ねた時もその場で毒殺する予定が失敗した。

 なぜ、信長殿は徳川殿を殺さなければならないのか……それは、今のこの国の殿たちの力関係を見ればなんとなくわかる。

 信長殿と徳川殿は主従ではなく、いわば同盟であった。だが、天下をほとんど手に入れようとしていたほどの実力のある信長殿のことだから、徳川殿が将来必ず織田家に禍根をもたらすと察したのではないか。

 昨今の信長殿はヤスフェからもたらされていた情報によると、自分の家に古くから仕えてきた家来ケライたちをもどんどん粛清していったと聞く。そんな信長殿が徳川殿を殺さずに放っておく方が不思議だという気もする。

 だが、今度は明智殿は信長殿を殺したのか……。外国人である私がこの国の内政にこんな立ち入ったことを考えるだけでも不遜であると思う。しかし、気になってっしょうがないのだ。

 信長殿が明智殿に言ったという「なすべきことをせよ」という言葉、それはやはり徳川殿を殺せということか……。それなのに、明智殿は信長殿を殺した。

 徳川殿を殺すつもりが間違えて都に早く着き過ぎて、明智殿の勘違いでまだ屋敷にいる信長殿を徳川殿だと思って殺してしまった……??? いやいや、そんなへまはするまい。

 事件のほんの前日までいっしょにいたはずの長男にも自分の計画を打ち明けてはいなかったということだから、都に向かう途中で急に魔がさして信長殿を殺して天下を取ろうとしたのか……??? いやいやいや、少なくともこんな城の城主であり、家族や多くの家来を抱えているあの老人が、そんな思いつきでことをなすような人には見えない。

 明智殿は信長殿にかなり大事にされていたということだから、信長殿を恨んでいたなどということもあり得ない。

 我われと会見した時も、我われに頭まで下げたのは本当に信長殿を思って、客分といえども一応主君である信長殿のためにという感情が滲み出ていた。この国独特の、強い主従の結びつきというものすら感じたものである。

 まさか、老人特有の頭の病気が高じていて、突然突拍子もない行動をしてしまったのか……??? いやいやいやいや、まさかそれはないだろう。

 あるいは、こうも考えられる。

 信長殿は明智殿といろいろ結びつきの強い四国の長宗我部殿を討とうとして行動していたことだが、明智殿はそれを阻止するため、さらには信長殿のコンキスタドールたらんという意志を止めさせたいとそう思ったのかもしれない。明智殿はかつて、そのために我われにも頭を下げたのだった。

 だが信長殿の制止もうまくいかず、ついにやむを得ず、日本の国を守るにはこれしかないと立ち上がった結果なのか……??? 

 わからない。

 もしかしたら誰かに操られていた? ここで浮かんだのが、徳川殿の名前だった。それほどしたたかな男だから、信長殿も警戒したのか……。

 たしかにしたたかな男なら自分も信長殿を倒したいだろう。だがそれを自分は手を汚さずに、明智殿にさせてしまう。つまり、明智殿は徳川殿に利用されたのか……???

 だが、明智殿の方にも四国かコンキスタドールかいずれにせよちゃんとした動機があれば、彼こそ徳川殿を利用したといえなくもない。そうなると、互いに利用し合っていた? それもお互い了承の上で……??

 すると、早くから明智殿と徳川殿の間には密約ができていて、信長殿の徳川殿暗殺計画はすべて明智殿を通して徳川殿に筒抜けになっていた……???

 あの安土城での腐った鯛事件も、あれは徳川殿毒殺のたくらみだったのを、明智殿は徳川殿に事前に鯛には箸をつけぬよう耳打ちしていたのか。

 そういえばその前日、徳川殿を安土の近くまで出迎えに行ったのは明智殿だった。その時にいくらでもこのような話はできるはずだ。そうだとすると、まだ箸もつけていない鯛を腐っているなどと徳川殿が言い出した謎も解ける。

 そして本能寺は……本当なら昼に徳川殿が都について本能寺の屋敷に入り、口実を作って信長殿が外出した隙に一気に都になだれ込んだ明智殿が徳川殿を討つ、そういう手はずだったのではないか? だが、明智殿はそれよりもずっと早い早朝に都に着いた。手違いなどではない、それが計画だったのだ……。しかしまだすべてが憶測だ……本当のところは分からない……。

コニージョ神父パードレ・コニージョ

 いきなりオルガンティーノ師から名前を呼ばれて我に帰った。

「先ほどから何の考えごとをして歩いているのかね?」

 少し揶揄の笑みを含ませてオルガンティーノ師が言った。

「あ。いえ、その」

 わたしはたじろいだ。

 もう本丸から二の丸への橋も渡り、勘助の屋敷も近くだ。

 たしかに今はそのようなことよりも、今後我われがどうするかの方が重大な問題だ。

 まず、我われはこれからどこへ行けばいいのか……。そして信長殿という大きなスポンソル(スポンサー)を失った今、イエズス会は、少なくともこの安土・都布教区はどう福音宣教を進めていったらいいのか……。

 そして信長殿という柱を失ったこの国はこれからどうなっていき、その中で我われはどうするべきなのか……そういった重要課題が山積みされているのにあえて明智殿の真意のことばかりを考えているのは、一種の現実逃避ではないかという気もした。

 そういったいわば謎ときに熱中していれば、目の前のうんざりするような重大案件から一時でも目をそむけることができる……そんな逃げの心があるのか……考えるのに疲れた。

 勘助の屋敷に着いた。間髪を入れずオルガンティーノ師は、我われ三人の司祭のほかに四人の修道士も一部屋に集めた。早速、これからの我われの身のふり方の協議となった。

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