Episodio 4 信長生誕祭(Azuchi)
1
彗星出現という異変があったのとは裏腹に、私の日常は落ち着いていた。
この頃になると私も
私にとってこの時間がいちばん楽しかった。
この学生たちが、私にとっては真の友ともいえるような気がした。彼らは幼児洗礼のものも多く、大人の
だから他の何にも染まっていないだけにのみ込みは早く、『
私は福音宣教という使命を帯びてこの国に来ているのだが、一般の異教徒の大衆に『
これとて立派な福音宣教である。将来、この中から日本のキリスト教を担う中核が現れ、またその頃にはヴァリニャーノ師の念願であった日本人司祭も誕生しているかもしれない。
中でも三好殿の家臣であったハンディノ
学生たちは真面目ではあったが、実に茶目っ気もあった。
一度は授業中にどうも密かに笑いながらこそこそと隣の学生と何かしている学生がいたので、机間を巡視するふりをして話しながらそっとその学生に近付くと、彼らはあわてて何かを隠した。私がそれをそっと取り上げると、そこには私の似顔絵が描かれていた。極端に鼻を高く描いてはいるがよく似ていたので、私はそれを全員に示し、
「これはものすごい才能ですね」
と、笑いながら言うと、教室の学生たちも全員で一斉に笑った。絵を描いていた学生は照れながらやはり笑って、頭を掻いていた。
私は教壇に立つ傍ら、日本の古典を学ぶ時間では私も学生たちとともにともに学んだ。日本人の修道士が講師で、教材としては今から三百五十年ほど前の日本の宮廷を題材にした「
町の方では市街の整備が盛んに行われていた。日曜日にミサに来たヤスフェの話だと、城内でも信長殿の家臣の屋敷の新築
羽柴筑前殿といえば私がかつて
ヤスフェの話だと、信長殿は家来たちが城内の自分の屋敷を拡張して立派なものにすることを奨励しているのだという。それだけとりあえずは世の中が収まった
我われはそんなことを話し合っていた。だが、
ヤスフェからそんな話を聞いた日曜日の翌月曜日はあの彗星騒ぎからちょうど一週間で、すでに彗星は見えなくなっており、五月も下旬になっていた。
だが、その日から毎日雨で、いよいよこの国特有の雨季――
雨季とはいってもこの国の雨季は
そんな二、三日雨が続いた中の五月二十四日の木曜日に、復活祭後四十日目にして天に昇られたキリストを記念する
その後、六月になるまではしばらく晴れの日が続いていた。
その六月に入った日、兵の数一万以上はいるだろうと思われる大軍隊が安土に到着した。町中が大騒ぎだったのでその声が
軍隊は信長殿の三男で、我われとも親しい
キリストの教えに理解を示し、ほとんど洗礼を受ける準備は整っており、あとは父信長殿の許しを得るだけということになっている三七殿は
その神戸の城に三七殿はいた。前にヴァリニャーノ師とともに安土を離れる際には心づくしの送別をしてくれた三七殿だったので、今回私は安土に着いたらすぐに会いたかったのだが、そういうわけで彼は安土には不在で会えずにいた。
その三七殿が安土に帰って来たということで私はすぐにその屋敷を訪ねたかったが、いくらなんでも到着してその日にというのは遠慮された。
だが翌日、我われ司祭三人は信長殿より城へと招かれた。その日はちょうど土曜日で
三七殿訪問は先延ばしにせざるを得なかった。だが、三七殿がなぜあのようなおびただしい数の軍隊をひきつれて安土に戻って来たのか、そのことがいささか気にはなっていた。
我われが大手から登っていくと、普段はほとんど
彼らは大手からではなく、すでに崩れた石垣の修復工事も終えていた
「何があったんでしょうね」
と、私がオルガンティーノ師に問いかけたが、オルガンティーノ師はおどけたように肩をすくめただけだった。
この日は天主閣の最上階に通された。すぐに信長殿は現れ、いつものにこにこ顔で我われの上座に座った。
「実は以前バテレン殿が、お国では生まれた日を毎年祝うしきたりがあると申しておったが、今日五月十二日が予の生まれた日なのだ」
「それはおめでとうございます」
率先切ってオルガンティーノ師が祝いの言葉を述べ、私とフランチェスコ師もともに、
「おめでとうございます」
と頭を下げた。五月十二日とはこの国の暦による日付で、実際は六月二日だ。
「もともと我が国では生まれた日を祝うという習慣はないが、やはり誕生を祝われるのはうれしいものだな。これを機に慣例としたいと思う」
「それはよいお考えでございます」
と、オルガンティーノ師もニコニコ顔だ。信長殿も満足げにうなずいた。
「ときに上様」
私は、先ほど見た光景について聞いてみることにした。
「お寺の方がものすごい人だかりとなっていますが、何がありましたか」
信長殿は、高らかに笑った。
「予の生まれた日を祝うよう、近隣に触れを出した。あの寺に詣でて、予の誕生を祝うのだ。そなたたちはナタルと称して、そなたらキリシタンの教えの開祖の
また信長殿は高笑いをした。だが、その信長殿の言葉には、私は思わず身震いしていた。
「よろしかったらバテレン殿たちも、寺を見てから帰られてはいかがかな」
三人は少し困った表情で互いに顔を見合わせた。悪魔崇拝の場所に踏み入れるなど、それだけで罪となる。ところが機敏に信長殿はその我われの躊躇する様子を見てとったようでまた笑った。
「心配はいらぬ。そなたたちが仏像を忌み嫌っておるのは知っている。だが、あの寺では仏を祭ってはいない。予を祭る寺だからな」
私は「え?」というような表情をしてオルガンティーノ師を見たら、師も同じような表情だった。フランチェスコ師もそうだった。
それから信長殿は若い
我われ三人はだれもが気が進まなかったが、信長殿の機嫌がいいときに逆らうなどという愚を行う者はだれもいなかった。ただ、信長殿が
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