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翌朝、早い時間に我われは鹿児島を後にした。町自体は田舎くさくてあまり活気が感じられなかったが、景色だけは素晴らしかった。
将来、ここにポルトガル船が来航するようになったら、町ももっと活気が出るに違いないし、福音宣教はさらに進むものと思われた。
夕方には市来鶴丸城に着き、待っていたヴァリニャーノ師らに事の次第を報告した。島津家の十字架の印の旗については、誰もが感嘆の声を挙げていた。
その翌日、我われは船が待つ市来湊へと向かった。
ここでゴンサーロ・ヴァスともお別れである。それは同時に、ゴンサーロ・ヴァスとその子のペトロの別れの時であった。私の国ならこういう状況の時、子供は泣きくれて大変になる。だが、ペトロは気丈にも泣かなかった。
「お父上とお別れだよ」
私がお節介にもペトロを慰めようという気で声をかけた。だが、ペトロは言った。
「バテレン
通訳なしでもこれくらいは聞きとったのか、聞いていたヴァリニャーノ師も驚きの表情を隠さずにいた。
確かに我われは皆故国を捨て、親兄弟と離れてこの国に来ている。父や母と別れる時の覚悟は、今ペトロが引用したキリストの言葉そのものだ。
だが、大事なことを忘れていたのを、ペトロよりもその父親の姿に思い知った。父親のゴンサーロ・ヴァスの方が目にうっすらと涙をためているのを我われは見たのだ。
我われは気丈夫に、『
馬はゴンサーロが乗って帰る一頭以外は、すべて我われに寄贈してくれた。そこで私とトスカネロ兄が鹿児島まで乗っていった馬にはヴァリニャーノ師とフロイス師、もう一頭はメシア師に乗ってもらった。
鹿児島までの道とは景色がうって変わって、広々とした平らな土地を道はほぼ真っすぐに続いていた。開放的で、それでいてのどかである。山は遠くの方に低い丘が見えるだけだった。
しばらく行くと道は下り坂になり、目の前に海が広がって見えた。港まではさらに海沿いの道を北へと進む。こうして市来湊までわずか一時間半の旅だった。
我われの船はすぐに分かった。乗り込むと早速出港である。ここでは見送りの人は誰もいない静かな出港だった。風もいい風で、船は順調に進んだ。
振り返ると長い砂浜が続く海岸線が大きく湾曲して、その先端はるか遠くが坊の泊の港と思われた。だが前方に目を向けると、砂浜の海岸は出港した市来湊までのようで、大きく突き出た岬が視界を遮っていた。
その岬の先を回るともう砂浜が続く海岸ではなく、丘陵地帯が間際に迫るこの国独自の海岸となり、いくつもの岬を回ることになった。岬の先端から次の岬の先端までまっすぐに進むと、陸地はかなり遠のいてしまった。
そのような風景を見ながらその日一日は穏やかに航行し、夕暮れに船頭が予定していた港へと船は入っていった。このあたりは少しは平らな土地が広がり、遠くに平野を取り囲んでいる丘陵もさほど高い山ではなかった。
船はゆっくりと港につき、錨を投げたり帆を下ろしたりで、停泊の準備に入ったので、我われも下船する支度をしていた。その時、港の方から、
「バテレン様方あ!」
と、呼ぶ声がした。すぐにフロイス師が船べりからのぞくので、私もその背後から声の主を見てみた。さほど身分は高そうにもない初老の痩せた男が、こっちに手を振っている。
そこでヴァリニャーノ師が顔を出し、
「主の平和」
と、日本語で言った。男は両手を合わせてヴァリニャーノ師を仰ぐしぐさをした。この地の
だが、来ているのは一人だった。これまでも、どの港でも我われが到着したことはすぐ知れわたるようで、実際そのような情報はすぐに伝わるような小さな港にしか我われは寄港していなかったが、夕方か夜になると何人かの
だが、我われが港に着いてまだ錨を下ろしか下ろしていないかの時にもう港まで
とりあえず我われが降りると、その男は早速小走りに我われの方に近づいてきた。
「ヴィジタドールのバテレン様は?」
と聞くので、ヴァリニャーノ師が一歩前へ出て、そのものに笑顔を見せた。
「わざわざ港まで、かたじけのうござる」
と、ヴァリニャーノ師はそれだけ日本語でいうと、あとはポルトガル語で、例によってフロイス師に通訳してもらっていた。
「よく今日我われがこの時刻に到着すると分かりましたね」
「長崎より知らせが来ておりもしたので、今日の夕刻にはバテレン
今朝出港してきた市来湊ではなく、長崎からというのが驚きだった。
「あたやお仕えする店の奥方の
「長崎の商人のロレンソ?」
フロイス師が少し首をかしげた。ヴァリニャーノ師が、フロイス師を見た。
「知っていますか?」
「名前は聞いたことがあるような気がします。安土にいるロレンソ
それを聞いてヴァリニャーノ師は、使いの男を見てほほ笑んだ。
「分かりました。明日、早速お伺いしましょう。早奥方様にお伝えください」
「
それを通訳する前に、慌ててフロイス師は口をはさんだ。
「明日もこの港にいるのかどうか、船頭と相談してからでないと分からないではないですか」
ヴァリニャーノ師は、フロイス師にも笑顔を向けた。そして
「大丈夫。『
と、言った。
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